女子会・略奪・誕生日


「それでは、絢音ちゃんの失恋に、一同粛々と……乾杯」


 るりのどんよりとした掛け声にも、絢音は勢いよく持っていたグラスを突き出した。

 対するるりと、それから愛佳はテンションも低く、動きも緩慢だった。


「ちょっと、なんであんた達が暗いのよ」

「いやぁ、だって絢音ちゃんがどれくらい落ち込んでるのか、わかんなくて」

「振られた直後はびーびー泣いてたもんな」


 愛佳の言葉に、絢音はがくんと肩が落ちるのを感じた。


 今日は絢音、るり、愛佳による、『絢音の失恋残念会』だった。

 ファストフード店のテーブルを三人で占領して、絢音を慰める。

 そんな名目の集まりだったが、実際のところ、絢音はもう、わりと立ち直ってしまっていた。


 正しくは立ち直ったと言うより、気持ちを切り替えた、と言う方が近いかもしれない。

 雪季と遥が今後別れることがあれば、むしろそのときが自分にとっては最大のチャンスになる。

 それまでは自分を磨いて、できるだけ遥の側にいよう。

 絢音はそう考えられるようになっていた。


 が、愛佳の言葉は精神に刺さる。

 絢音は、せっかく復活した心が少しだけ弱るのを感じた。


「なぁんだ。じゃあ、もう平気なんだね、絢音ちゃん」

「ええ。ごめんね、心配かけて」

「ううん、気にしないで。むしろ、あんまり応援してあげられなくてごめん。雪季ちゃんも友達だから、肩入れできなくて……」

「いいのよ、そんなの。るりの気持ちはよくわかってるから」


 事実、るりはあの件の最中、雪季に対しても絢音に対しても、ほとんど恋愛についての協力をしなかった。

 相談に乗ってくれることはあっても、直接的なサポートすることはなかった。

 だが絢音は、そのスタンスを取るるりの気持ちは理解していたし、その姿勢が正しいだろうとも思っていた。


「んじゃ、この会意味ねぇな。解散」

「ちょっとちょっとー! 愛佳ちゃん、それはもったいないでしょ!」

「話題がねぇだろ、話題が」


 愛佳は不服そうだった。

 まあ、無理もない。もともとこういった集まり自体を、愛佳は好まない。

 それでも一応来てくれるというのが、彼女の憎めないところなのだとは思うけれど。


「いえ、話題ならあるわ」

「お! なになに絢音ちゃん! 月島君強奪作戦会議?」

「おお、それはちょっとおもしろそうだな」

「そんな物騒な作戦、ありません」

「ちぇっ」

「えー」


 呆れたものだ。

 絢音は首を振り、手元の飲み物を少しだけ口に含んだ。


「もうすぐ、あるのよ」

「あるって……なにが?」

「……遥の、誕生日が」

「……へぇ」

「ふぅん」

「ちょっと! なによその気の抜けたリアクションは!」

「い、いやぁ。だって、思ってたのと違ったから……」

「しょーもない話題だな」

「しょうもなくないもん!」


 月島遥の誕生日。

 それは絢音にとって、非常に重大な問題だった。

 最近の絢音の悩みは、ほとんどこの問題に由来していたと言っても過言ではない。


「なにがそんなに大事なの?」

「だ、だって……わからないのよ、私」

「なにがわかんねーんだよ」

「……プレゼント、渡してもいいの……?」

「やっぱりしょーもねぇじゃねぇか」

「しょうもなくないってば!」

「えぇー、いいんじゃないの? 逆に、なんでダメ?」

「だって! ……彼女いる男の子にプレゼントって……なんか、ダメじゃない?」

「ダメじゃないよー! 渉くんだってサッカー部のマネージャーの子に貰ってたもん、プレゼント!」

「そ、それって、るりは気にならないの?」

「ならないならない! 渉君モテモテだし、そんなのしょっちゅうだよ!」

「そ……そう」


 なんだか、るりはあまり参考にならない気がする。

 絢音はふぅっと一息ついてから、今度は愛佳に向き直った。


「愛佳はどう思う?」


 絢音は最近になってやっと、愛佳のことを名前で呼ぶようになっていた。

 都波さん、と呼んでいた時期が長かったためか、まだ少しだけ、違和感がある。


「どうでもいい」

「そんなこと言わないでよ……」

「別にいいだろ。そもそもお前、なんで遥にプレゼント渡すんだ?」

「えっ……それは、まぁ、幼馴染だし……」

「なら、べつに彼女とか関係ねぇだろ。あいつに彼女が出来たら、お前は幼馴染じゃなくなんのか?」

「……なくならない、けど」

「それに、雪季がそんなこと、気にすると思うか? 渡したいなら渡せ。それで万が一雪季が怒っても、お前はなにも悪くねぇ。ま、怒るわけねぇけどな」


 愛佳はなぜか、それを完全に確信している様子だった。

 いや、たしかに絢音も、似たようなことを思ってはいたのである。


 世間一般として、恋人のいる男に女がプレゼントを渡すのが、良いか悪いか。

 それはわからないが、その答えに関わらず、きっと雪季は気にしない。

 それは、ほとんど間違いないことだった。


「わかった……渡す」

「けっ。だからしょーもないって言ったろ」

「……ありがとう」


 愛佳の言葉は、いつも明白で簡潔だ。

 こちらの気持ちをわかっているのか、わかっていないのかは不明だけれど、冷たい口調の中にも、真剣さと思いやりを感じる、ような気がする。


「そうだ。私、ちょっと気になってるんだけどね」

「なによ、るり」

「絢音ちゃんって、月島君と雪季ちゃんが別れるまで、待つの?」

「えっ? も、もちろんよ。気持ちが変わらない限りは、だけど……」

「……奪いにはいかないの?」

「う、うば!?」

「うん。誘惑からの略奪愛!」

「し、しないわよそんなの!!」


 一瞬変な想像が頭をよぎり、絢音はブンブンと首を振った。


「なんで? モタモタしてたら、どんどん仲良くなっちゃうかもしれないよ!(もうアレまで買っちゃってるし)」

「まあ、そりゃそうだな。(アレも買ってるし)」

「そ、そんな不誠実なことできないわよ!」

「えぇー」

「後悔すんぞー、望月」


 不満げな二人の声にも、絢音は顔の前で両手をヒラヒラと振った。

 自分にそんな度胸はない。

 それに、そんな機会だって来るとは思えない。


「二人が一線超えちゃったらどうするの?」

「い、一線って……! そ、そんなのまだまだ先でしょ!」

「え、う、うん……そうだね……」

「もう。やめてよね、変なこと言って焦らせるの」


 るりと愛佳が、目線だけで顔を見合わせる。

 が、絢音はそんなことには気付かず、飲み物を飲んで頭を冷やそうとしていた。

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