第21話「伝説の聖剣の伝説」
「はぁ……結局何も教えてもらえませんでした」
あの後何度もリズは長老にドワーフや聖剣について尋ねたが、聖剣の伝説を確信した長老の耳には何も入らなかった。
何度聞いても邪険にされ、とうとう坑道内の空気の悪さに、我慢の限界を迎えた三人は新鮮な空気を求めて坑道の出口を目指したのである。
坑道の出入り口は他程空気が澄んでいるというわけではないが、坑道内より遥かにマシであるし、それだけで充分であった。
「ま、あそこで休憩している連中にでも聞いてみようぜ」
坑道を出て、深呼吸し、肺の中の空気を入れ替えた三人は、気を取り直して休憩所で休んでいるドワーフ達に話しを聞きに行った。
「それにしても……前もそうだったけど、リズはこういう時に目を輝かせるよな?」
「え? そ、そうですかぁ?」
レイの疑問に対し、リズは少し浮かれて笑顔で返事をする。
「月の宮殿にいた頃、座学や習い事の合間に、『図書館』で地球の旧文明について調べるのが好きだったんです。旧地球人が、私達月星人のルーツでもあるわけですし……。そうやって調べていくと、月の文明にはない、ユニークな文化や歴史があって、時間を忘れるほど調べたりして……。知ってますか? 昔の地球人は、『小説』とか、『音楽』とか、『映画』とか、心を揺さぶる文化があるんですよ!? それをひとつひとつ読んだり聞いたり観たり……時間が足りませんよぉ……。月星人が長命で良かったです!」
リズの興奮気味に話す内容に、レイは圧倒され若干引いたが、それでも楽しそうに語るリズを見るのは好きだった。
何を言っているのか、さっぱり理解出来なかったが。
「だから、地球の大昔の文献に書いてあったドワーフさんが、文献通りの姿で今目の前に本当にいるのが、すっごいビックリして興奮してるんです!」
「そうか……」
知的好奇心、というものなのだろう。
知識も何も無いレイには分からない感覚ではあるが、それが羨ましいとも思う。
「もっと地球にいたら、もっとすごい発見があるんだと思います……だから、私……」
「地球にずっといたい、か……」
「……はい」
休憩所では、労働を負えたり小休止しているドワーフ達が腰掛け、飯を食ったりエールを飲んだり、地面に引いた麻布の上で雑魚寝したりしている。
その休憩所で、ドワーフ達に食事を運んだり、採掘した鉱石を運んだりしているのを手伝っているのは、髭の生えていない女性のドワーフ達であった。
鉱山の泥や埃で汚れた洗濯物を洗って干す年配であるが男と同じく恰幅が良い女房や、休憩所で飯を運んだり、また男の代わりに自ら鉱山でツルハシを振るう年若いが同様に恰幅が良い女のドワーフもいる。
多少の仕事内容の違いはあれど、ほとんど同じ仕事を、男も女も、ドワーフは行っているのである。
自分たちがやりたい仕事を自分たちでやる、がこのドワーフ達のモットーのようだ。
レイ達は自ら興味本位で訪れていながら、それでも気前良くドワーフ達と同じ食事を振る舞ってくれる女のドワーフ達に感謝して、目の前の食事にかぶりつきながらドワーフ達の話を聞いていた。
ちなみに、レイ達はここで初めての肉料理を食べる機会に恵まれたのだ。
牛肉の塊を焼いたステーキであった。
リズはともかく、レイはわけもわからず、ドワーフ自らで作ったナイフとフォークを駆使してかぶりつき、その肉汁の旨さに悶絶し、打ち震えながらその肉を味わい嚥下する。
同じ牛肉の塊のステーキを豪快に食べるドワーフ達は、リズの質問に長老の代わりに答えた。
「長老、聖剣の伝説を本気で信じてんだよぉ! 確かに俺達の先祖から伝わる伝説だけどな、もう大昔の話だ、長老以外誰も本気にしてねぇよ!」
「あなた達は本当にドワーフさんなんですか?」
「さぁな。よくわかんねぇんだよ。俺たちの先祖は、千年前にこの土地にやってくるまで流浪の民だったって話だ」
話にしてくれているドワーフは鉱山の上、この山の頂上を見上げていた。
「先祖によるとよ、この山にはドラゴンが住んでたんだってよ。そのドラゴンが暴れん坊でよ、山の頂上から辺り一帯を口から出した火でまる焼きにしちまったらしい。人間も動物もいなくなったって話だ。そこに永住の地を求めて彷徨ってた俺らの先祖もいたわけよ。さぁ、一巻の終わりってところによ、現れたんだよ、救世主がよ……」
ドワーフは話す喉を潤わせる為にエールを飲んで、話に一呼吸間を置いた。
「救世主って……」
「巨人だよ」
「……っ!? ぶぇっほっ!?」
巨人というキーワードを聞いて、慌てて食べていた肉を喉に詰まらせたレイは、焦って咳き込み、目の前に置かれたエールで胃に流し込むが、それは意外とアルコール度が高く、思わぬ喉への刺激に再びむせかえる。
「おぇ……」
「落ち着いて下さい……」
「大丈夫かよ、兄ちゃん?」
「あ、気にしないで続けてください」
「お、おう。その巨人がよ、大きな剣を携えて現れたんだよ。その剣でドラゴン相手に激しい戦いを繰り広げて、最後は剣をこの山に置いたまま、ドラゴンを空高く連れ去って消えちまったんだとよ。この山に残ったのは、燃え尽きた山の頂上に、巨大な剣、そして命からがら助かった俺たちのご先祖様ってわけよ。ご先祖様はこの土地を永住の地に決めて、ここで暮らし始めたんだよ。山からは鉱石が採れる。それを加工して道具でも何でも作れる。山を降りて木が生えてるところまで行けば、肉が食える生き物には出会える。そしてドラゴンがいたせいか、この山に人間は一切近づかねぇ。時たまアンタらのような旅人に出会ってドワーフだと呼ばれる事もあるけどな。俺たちは自分達が何かなんて、気にした事もねぇ。そうやって先祖代々千年間生きてきた。これからも変わんねぇ。……ま、これら全部、親の代から聞いた話しで、本当かどうかは知らねぇけどな。尾ヒレが付いちまってるかもしれねぇし」
肉の塊を小さくしていきながら、ドワーフは自らのルーツを語っていった。
その話を聞いていくうちにリズはある程度、彼らの正体を理解し始めていた。
「あなた達は多分……千年前の第一次入植計画で地球に訪れた異星人さんなんだと思います。どこの星の星人かは存じ上げないですけど……」
「そうなのか? ふーん……あんまり興味ねぇな」
「でしょうね……」
むせ返っていた呼吸を整えたレイがリズに尋ねる。
「なぁ、千年前の異星人って事は地球を侵略しに来た連中って事か?」
「全てがそうというわけではありません。ほら、あのトップン星人のおじいさんがいたじゃないですか。あのトップン星人さんは地球侵略に興味はなくて、純粋に地球を調べに来ただけです。そもそも、千年前の地球侵略を『第一次入植計画』と呼んでいますけど、今委員会で行われている『第二次入植計画』と違い、まとまった計画ではなくて、各星の異星人さんが好き勝手に行っていただけなんです。便宜上、委員会はそれを『第一次』と呼んでいるだけで。武力ではなく、地球に溶け込むように入植した異星人さんも多く居たと聞いてます」
「そのひとつの異星人が……ドワーフ?」
「おそらくですが。彼らがドワーフと呼ばれ慣れないとも、別の本来の名前があったはずなんですが、千年の時間と共に忘れ去られていったんだと思います」
ん? じゃ、待てよ? と言って、レイは珍しく考えてから疑問を口に出した。
「っていう事は、千年前にドワーフのジイさん達の先祖を襲った、ドラゴンっていうのはもしかして……」
リズは頷いた。
「おそらく、地球侵略の為に送り込まれた魔獣だと思います」
千年前、巨人・クロムがこの山に現れドラゴンと戦った理由はそれしかない。
それに、長老は巨人の存在をしっているから、その巨人が使っていたらしい剣――聖剣とやらを探しているのだろう。
「長老が探しているっていう聖剣……それってもし見つかったら、今でも使えるのか?」
「えっ?」
レイが珍しく考えた事を口に出し、リズは思わず聞き返す。
「その聖剣が今も使えたら……ギアスを倒すことが出来るか……?」
「そ、それは……本当に見つけてみないと……なんとも……」
レイは目の前のエールをごくごくと飲み干し、決意を固めた。
「よし、決めた! その聖剣を掘り出して手に入れる! それでギアスの野郎をぶった斬る!」
「え、えぇ!? れ、レイ? どうしたんですか、あなた!?」
顔が真っ赤になったレイが笑顔で答える。
「聖剣を早く見つけてギアスをぶった斬って、はやくリズの両親を助けないとな!」
「え、あ、はい……」
「よーし、いくぞー!」
レイは休憩所から駆け出し、鉱山の入り口に置いてあったツルハシを掴むと、坑道の奥へと走り去っていった。
「え、えぇ……?」
「……おい、あの兄ちゃん、エール飲むの初めてか? ありゃ酔っ払ってんな」
「はぁ……」
エールのアルコールに酔っ払って、レイは勢い良く聖剣掘りに行ってしまったらしい。
リズは呆れて、自分たちに振る舞われた肉料理の空いた鉄板を片付けに、厨房の奥へ運んでいく。
モックンはドワーフの子供達と一緒に遊んでおり、問題は無さそうである。
リズが休憩所を手伝う事を条件に、三人はドワーフの里であるこの鉱山で一夜を過ごす事をドワーフ達に認めてもらえる事となった。
夜、幌馬車の中でブランケットに身体を包み、モックンと身を寄せ合って寝る時間になっても、まだレイは戻ってこない。
レイがいない夜を過ごすのは、彼と出会って以降、初めてであった。
そしてそれが寂しく心細いと思ったのも初めてであった。
リズはモックンを抱きしめながら、寂しさと心細さと戦いながら、早く眠りに落ちる事を願い、目を閉じる。
鉱山の奥では、変わらぬテンションで、長老とレイが硬い岩盤と格闘しながら、聖剣を掘る作業を続けていた。
さすがの硬い岩盤も、レイの怪力によってヒビが入り、少しずつ削られていった。
「流石、巨人殿じゃ~! じゃがの、聖剣は渡さんぞ? それが本来の持ち主である巨人殿であってもじゃ!」
「長老さんよ、なんでアンタそんなに聖剣に拘るんだよ!? 他の連中なんて本当だって信じちゃいなかったぞ?」
「なんで拘っとるかじゃと? そんなもの簡単よ! ロマンじゃよ、ロマン!」
あまりにも意外で、あまりにも肩透かしな答えに、レイの振るうツルハシは空振った。
「は、はぁ? ロマン?」
「ロマンじゃ、夢じゃ! それがあるから生きていける! 目標があるから生きていけるんじゃ! わしらの長老は先祖代々、その聖剣を見つけて守り抜け、という使命があった! だがわしの代になるまで、見つける事すら出来んかった! 山を削って削って探しとったら鉱石が採れて、他の若い連中はそれを採るのに夢中になっとるが、わしは違う! 聖剣じゃ! 千年前に巨人がわしらの先祖を助ける為に戦って奮った聖なる剣! その剣をこの山に置いたまま去っていった巨人に再び返すその日まで、わしらは山に埋もれてしまった聖剣を掘り出し見つけて、守るんじゃ!」
「じゃあ、見つけたら返してくれるんだな? 俺に?」
「イヤじゃ!」
その答えに、再びレイのツルハシは空振る。
「その使命がなくなったらわしはどうすれば良い? 若い連中と同じく鉱石を採って満足しろというんか? イヤじゃ! そんな虚しい人生、送りとうないわい!」
「じゃあ……見つけた後はどうするんだ? その後、ジイさんはどうするんだよ?」
そのレイの言葉で、長老のツルハシを振るう手が、初めて止まった。
「……どうすれば良いのかの。 正直、わしだって聖剣の存在を本気で信じとるわけじゃないんじゃ……。ただ、それが長老になった者の務め……。信じて進むから生きられる……目標なんじゃ。目標が叶ってしまったら、その次はどうしたら良いのか……考えるのが怖いんじゃ。だから本当は……聖剣なんぞ出てきてほしくないと思っとる……」
「ジイさん……」
長老は再びツルハシを振るい始めた。
「本当に出てこんでも良い……。ただ、『聖剣の存在を信じて掘る』……。それだけが、わしの生き甲斐なんじゃ」
生き甲斐を失わない為に、存在するかどうかわからない聖剣を探す。
長老の本当は虚しい目的を知って、レイは当初の本気で聖剣を見つけるという目的を失いかけた。
それをするのは、この目の前の老人から生き甲斐を奪う事ではないのかと。
ツルハシを坑道の壁に立て掛け、その場から去ろうとしたレイの右手のガントレットが――警告音を鳴らして赤く光った。
「な、なんじゃ、その音!?」
「ま、まさか――!?」
外が騒がしくなってきたので、リズは堪らず眠気眼を擦って馬車を出ると、寮を出てドワーフ達が空を見上げて大騒ぎをしている。
リズも気になって見上げると、彼らが大騒ぎをするのも納得した。
赤い鱗の肌をした赤い翼のドラゴンが、上空を旋回し、山の頂上に降り立つと、そのクチバシから炎を吹き出したのだ。
その身体には、いくつもの古傷が刻み込まれており、真新しいものはひとつもない。
「ドラゴンの……魔獣……!」
「リズっ!」
「あぁ……! レイ、戻ってきたんですね?」
「あぁ、コイツが鳴ったからな。やっぱり魔獣が来たのか。なんでまた!?」
「わかりません……」
心当たりがあるとするなら、今この山に巨人――レイがいるから?
あのドラゴンはレイに引き寄せられた?
「あの魔獣は、ドワーフのジイさん達が話してた千年前のドラゴンってやつか?」
「多分、そうだと思います……」
ドワーフ達も、千年前のドラゴンがやってきた、伝説のドラゴンが帰ってきたと、口々に出しては恐れている。
「あの……長老さんは?」
「奥でまだ掘ってる。……聖剣を見つけるって言って聞かねぇ」
「え、えぇ!? そんなこんな時に……」
「俺も説得したんだけどな……。……リズ、ここを頼めるか?」
「……はい!」
馬車から抜け出したモックンがレイを抱きしめる。
「はは、大丈夫だって。みんながアイツに食われないように、ブチのめしてくるからな」
そう言ってレイはモックンを抱きしめ返すと、彼の頭を撫でた。
「レイ、その……無事に帰ってきてください」
「……おう!」
レイはリズに向かってサムズアップすると、山の頂上に居座るドラゴン目指して駆け出した。
「おい、あの兄ちゃんどこに行くんだよ?」
ドワーフのひとりが、リズに、レイの行方を尋ねる。
「あのドラゴンと戦いに行きました。……千年前と同じように」
「千年前って……まさか」
駆け出すレイは右手のガントレットを前に差し出すと、甲の水晶が光り輝く。
ガントレットから甲冑が展開し、光の中で巨人へと巨大化していく。
そして光から白金の巨人が現れ、ドラゴンへと向かって駆け出していく。
ドラゴンも、白金の巨人――千年来の旧敵の存在を確認すると、山の上でぶつかりあった。
千年振りの、火吹山の戦いの幕開けである。
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