第四章:魔獣の親子

第14話「魔獣の子供」

 森の近くの起伏に飛んだ草地の平原で、リズは初めて朝露を凌いだマトモな朝を迎える事ができた。

 馬車の中の充分に広い荷台は、二人が寝転んでも充分すぎる程スペースがあり、ストーブすらあり、天井の幌にはその煙突を出せる切れ込みとそれを塞ぐ蓋の部分もある。

 今の地球の季節がいつか、委員会から逃げてきたリズには知る由もなかったが、そんなに寒い季節ではないだろう。

 夕方になるにつれて寒くなっていくのだから、段々寒くなっていく季節――冬ではないだろうか、とおおよその検討をつける。

 あのまま、寒くなっていく季節、食べる物も段々となくなっていく時に、徒歩と野宿を繰り返して、果たして委員会の船団にまでたどり着けただろうか。

 それを考えると、あのお喋りで偏屈なトップン星人の老人からの厚意は本当に有り難かった。

 未だ名残惜しい心地よさを与えてくれるブランケットを肩に羽織りながら、後部から外の様子を伺う。

 太陽は地平からはるか上空を上り、早朝ではなく、朝から昼前と言ってよい時間である事を教えてくれた。

 正直、寝すぎかと思ったが、連日の野宿から一変した就寝環境は、不慣れな地球での生活を癒やすに十二分過ぎる。

 もっと寝ていたいところだが、自分はともかく、ボディーガードたるレイには起きてこの馬車を引いてもらわなければならない。

 といっても、そのレイは昨日の巨人化での戦いで費やしたエネルギーを補充する為に、睡眠を貪っている。

『泥のように眠る』という表現は、これこそ正しいと思える程の爆睡っぷりである。

 仕方なく眠らせることにして、リズは後部から平原に降り立ち、辺りを見回す。

 上空の四方を見回して、目的の透明化した船団を目を凝らして確認する。

 透明に擬態はしていても、その存在を知っている者からすれば、その形を把握する事が出来る。

 相変わらず遠くにいるが、それでも方角さえ間違っていなければたどり着けるはずだ。

 あとは進むのに何か障害が無ければ良いが……。

 リズは上りになっている起伏の平原を上がり、辺り一面を見回す。

 特に何も問題はないように見えるが――。

 と、遠くで小さな子供の男の子が三人、こちらに向かっているのが見えた。

 だが、よく見ると別に何か意図があってこちらに向かっているわけではなかった。

 服装を見ると、村か小さな町の平民の子供だろう。

 だが、その子供達の行動で、あの三人の間で何が起こっているのかが分かった。

 先頭の子供が泣きながら、必死にこちらに向かって走って逃げている。

 そして後ろ二人の子供が石を投げ、木の棒を振りかざして追い立てている。

 ――つまり、あの先頭の子供は虐められているのだ。

 それに気付いたリズはすぐに、動いた。


「こらーっ! やめなさーい!」


 先頭の虐められている子供はリズの存在に気付くと、急いで彼女に駆け寄って後ろに隠れてしまう。

 すぐに虐めっ子二人がリズのところに追いつく。


「そいつわたせよー!」


 虐めっ子がリズに引き渡すように要求するが、二人共虐めっ子特有の陰湿さや意気地の悪さといったモノはなく、どこか怖がっているのか、顔に緊張感があり険しかった。


「イジメはダメです! どんな理由があろうと、イジメは許しません!」


 後ろに隠れてしまった子供を守るように両腕を広げ、リズは虐めっ子に毅然と諭した。


「そいつはまじゅうのこどもだよ! ころさなきゃみんなしんじゃうんだ!」


「え? 魔獣の子供?」


 リズは思わず後ろに隠れたその子供を見ると、その子は姿を人間の子供から、白いモコモコの毛皮で覆われた二足歩行の生物――魔獣へと姿を変えた。


「へ、『変身魔獣』?」


「ほらな! いったとおりだろ? そいつはまじゅうなんだ!」


 子供が投げた石を、リズは防御壁を張って防ぐ。

 そして魔獣の子供が正体を現した事で興奮しだした人間の子供達を必死に抑えた。


「やめなさい! 魔獣といっても子供でしょう!? 乱暴はだめです!」


 魔獣の子供に防御壁を張って匿いながら、リズは暴れる虐めっ子の子供を抑え、子供はそれに抗い、もみくちゃになっていった。

 あまりの騒々しさに、レイは寝床から這い出てきた。


「……何やってんだ、君ら?」


「あ、レイ! 起きたなら手伝ってください!」




「……そうか、魔獣の子供かー」


 レイは子供達をそれぞれ両手で首根っこを掴んで持ち上げながら、ボロボロになったリズから仔細を聞いていた。


「そいつのおやが、おれたちのむらをおそってるんだ!」


「だからおれたちが、まじゅうをたおすんだ!」


「なるほど、そういう事だったのか……」


 レイの両手にぶら下がりながらも抵抗する子供の話も聞いて、全てを理解した。


「でもなお前ら、倒すならその魔獣を倒せ。なんで子供を倒すんだ? こいつはお前らの村を襲ったのか?」


「いつかおおきくなったら、こいつはぜったいにおそうよ! そのまえにおれたちがたおすんだ!」


「でもまだ大きくないし、まだ襲ってないだろ? こいつ逃げてたって話じゃないか。お前達の方が強いって思ってるから逃げたんだろ? お前達の方が強いって事じゃないか」


「おおきくなるまえにたおさなきゃ、みんなしんじゃうんだ! なんでわかんないんだよ!」


「俺は弱いやつに暴力振るう奴は、例え子供でも理解するつもりはない。倒すなら大人の方だ。少なくとも、今の子供のコイツは村を襲うような奴じゃないぞ?」


「おおきくなったらわかんないよ!」


「俺もお前らが大きくなって人を殺すような悪い奴になるかもしれないって思ってるぞ? じゃあ、今からお前らを子供のうちに殺してやろうか? ん?」


 台詞の最後が若干恐ろしく聞こえたのは子供達の気の所為ではない。

 その証拠に、掴まれた首に力がこもる。


「は、はなせひとごろしー!」


 子供達が暴れると、レイは二人を地面に放り投げて解放する。

 そして、身体を屈め、手を広げた。

 

「男なら! 強い相手に立ち向かえ!」


 子供達は起き上がり、レイに向かって立ち上がった。


「このやろー!」


 二人の子供はそれぞれレイに立ち向かって突っ込むが、レイはそれを掴んでは投げ、掴んでは投げ飛ばす。


「まだまだそんなものか~!? 腰抜けぇ~!」


 レイは笑いながら大人気なく子供二人をあざ笑う。


「くっそ~! バカにしやがって~!」


 子供二人と、大きな子供ひとりによる相撲を、魔獣の子供は防御壁に守られながら見つめていた。


「……ね? バッカみたいですよね? あの人……」


 魔獣の子供の隣に座ったリズは、レイに呆れながらも感心していた。

 子供達は魔獣の子供を追い立てる事をすっかり忘れ、レイとの相撲に夢中になって興じている。


「……でもね、カッコいいんですよ、そういう所が……」


 魔獣の子供がレイを見上げると、リズの頬が少し赤く、見ている目が優しそうにも見えた。

 その意味するところが、魔獣の子供にはわからなかった。


 しばらくして、三人とも疲れて、相撲はすっかり終わっていた。


「わかったよ、にーちゃん……こうさんだよ、もー……」


「お前ら、なかなか諦めなかったな。なかなか根性あるじゃん」


 レイは子供達二人に親指を上げてサムズアップする。


「そっち、終わりましたー?」


 リズがこちらの相撲が終わった事に気付いて、続けるのかもう止めるのか尋ねてきている。


「終わったー! ……お前ら、もうアイツを虐めないよな?」


「うん、わかったよ……」


 レイはリズ達にOKサインを出して手招きする。

 魔獣の子供はリズの後ろに隠れながら、レイに近づいていく。

 それでも、子供達が動くと、すぐにリズの真後ろに隠れてしまう。


「ほら……お前ら?」


 レイが促して、子供達はバツが悪そうに前に出てきて、手を差し出した。


「ごめん……」


「わるかったよ……」


 その子供達の謝罪の言葉に、魔獣の子供は少し警戒心を解き、リズの背中から顔を出した。

 そして彼らが自分に危害を加えない、謝罪しているというのを感じ取ったのか、その手を握った。

 もしかしたら、その手を出すという行為の意味はわからないかもしれないが、その気持ちは受け取ったと思う。

 子供達は自分たちの手を握り返してくれた事に安心して顔を明るくする。

 その光景を、レイとリズは顔を合わせて微笑んだ。




「この子……『変身魔獣』なんですよ、たしか名前は『モックン』。その子達、『村を襲った』って言ってましたけど、本当は襲ったりしないほど、温厚な魔獣なんですよ? 変身する特徴だって、敵から身を守る為の能力なんです」


 この魔獣――モックンを最初に見つけた時の姿は人間の子供だったが、それも身を守る為に擬態していたという事だろう。

 他の異星人なら地球人に擬態する事は不思議ではないが、異星人ではない魔獣がそもそも擬態するという事自体が特殊なのだ。


「なぁ、お前ら。お前らの村を襲った魔獣って、どんなやつなんだ? 本当にこいつの親か?」


 子供達はお互いの顔を見合わせて、自分たちの見ている限りの事を話した。


「なんどもおそってきたんだ……。いろんなすがたのおおきなまじゅうが……」


「むらをおそってるとちゅうにすがたがかわるんだよ! おおきなクマかとおもったら、おおきなイノシシになったんだ! それで、すがたがかわるとき、いっしゅんだけソイツとおなじしろいモコモコのすがたになるんだ」


「だからお前ら、コイツをみつけた時、襲った魔獣の子供だって思ったのか……」


『キュイイッ! キュイ~ッ!』


 突然、しろいモコモコの可愛い生き物が何かを訴えるように鳴き叫んだ。


「え? 『僕のお母さんはそんな悪い事しない。きっと何か理由があるんだよ』……って言ってます」


 リズの翻訳によってモコモコの魔獣――モックンの伝えたい事を理解する事が出来た。


「って、君、その子の言葉がわかるの!?」


「えぇ、意思の疎通を取ろうとする温厚な魔獣の鳴き声は解析されていますから」


 リズが当然のように魔獣の鳴き声を理解した事に驚くレイと、平然と答えるリズ。

 だが、その答えを聞いてもレイには全く理解出来なかった。


「うん、わからん!」


 レイに分かる事はたったひとつだった。


「よし、お前ら! 俺たちをお前らの村まで案内してくれ!」


「え? どうすんの、にーちゃん?」


「決まってるだろ? 村に現れるその魔獣をぶん殴って、大人しくさせる! これ以上お前らの村に被害は出させない!」


「ええ!? そんなことできんの!?」


「やるしかねぇだろ! お前らの村の為にも、コイツのためにもな!」


 レイは唖然とする子供達にサムズアップすると、幌馬車の牽引の鞍を肩に乗せ、馬車を移動させ始めた。


「ほら、行くぞー!」


「す、すげぇ……! なぁ、ねーちゃん、あのにーちゃんナニモンだよ!?」


 リズは苦笑しながら、でも少し誇らしげに答えた。


「見ての通りの……お節介焼きですよ」


 レイとリズ、そして子供の魔獣――モックンは、村の子供達二人に案内されながら、彼ら二人の村へと向かっていった。

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