第15話「この中に一人…」
「なぁ、お前ら。名前は何ていうんだ?」
幌馬車を超人的な怪力で牽引するレイが、村を案内するという子供二人に名を尋ねる
「おれはレオ! こっちはおとうとのトラ!」
「よろしくな! にいちゃん!」
「おう、レオとトラ! お前ら兄弟かぁ……」
「やんちゃな兄弟なんですね」
レイとリズはたくましく平原を走って案内する二人の兄弟を微笑ましく眺めていた。
しばらくして、レオとトラの兄弟に案内され、平原の奥、山の麓に位置する村にたどり着く事が出来たが、その村は少々異様であった。
山の木々から切り出したであろう木の丸太を利用して、村の周りを尖らせた防柵で張り巡らしている。
村の入口と思わしきところも、門と櫓を設置しており、事情を知らない人間からすれば戦が始まるのではないかと勘違いするだろう。
だが、レイとリズは二人の兄弟によって知っている。
これが件の魔獣への対策であるという事を。
「……とんでもない事になってますね」
リズがどこか他人事のような物言いをする。
レイは最初に目覚めた時、出会った村が巨大な魔獣に襲われているところに遭遇した。
あの時の村人達が恐れているところを見れば、ここの村人達が厳重に村を防備している事もなっとく出来る。
もっとも、それがどこまで通用するかはわからない。
「……っ!? おい、誰だ!?」
櫓から村人がこちらを見つけて叫ぶ。
その見張りにあたっていた村人の声に反応して、続々と門から村人が手に尖らせた木の棒で作った槍やナイフを手にしている。
流石にこれは穏やかではない。
レイはゆっくりと牽引の鞍を降ろして、刺激しないようにする。
「みんなー! つよいにーちゃんつれてきたぞー!」
「レオ! トラ! お前ら何処に行ってたんだ、馬鹿野郎!」
村人の中から父親らしき男が出てきて、二人を叱りつけた。
二人の兄弟は、思わずビクッとすくみ上がり、涙目になる。
「わ、わるかったよ! でも、まじゅうをなんとかしてくれるにーちゃんがきてくれたんだよ!」
「はぁ? コイツがかぁ?」
兄弟の父親がレイに近づいて胡散臭い目で値踏みしている。
「ハッ! どうせタダ飯目当てにいい加減な事言ってんだろうよ! すぐに追い返せ!」
「ま、待ってくれ!」
追い返されそうな流れになって、レイは必死に彼をなだめた。
「俺は本当に、この村に来るっていう魔獣をなんとかしたいんだ。だから、何かを恵んでもらう必要ないから。寝るところも食い物も馬車の中にある。村の外でも良いんだ、ここで魔獣を食い止めさせてくれ」
兄弟の父親はレイを見て、その後方の馬車の御者台に座っているリズを見て、しばらく考えたうちに切り出した。
「村の連中と話して決めにゃならんが……、村の外にいるだけなら構わん。ただし、村の物は何ひとつくれてやるつもりはないし、村の中に一歩たりとも入れてやるつもりはない。それで良いな?」
「あぁ、それで良い!」
村にも入らず、村の物も要らない……そんな奇特な奴がいるとは信じられなかったが、レイがそれで納得しているのだから信じるしかなかった。
兄弟の頭をゲンコツで殴り、泣きわめく二人の首根っこを掴んで、父親は村の中へと入っていった。
門の外で様子を伺っていた村人達も、それで納得したのか、ぞろぞろと中へと入っていく。
途中、リズはその村人の中に、妙な視線を感じていた。
その視線を探るが、村人の中に紛れてしまってわからない。
「めちゃくちゃ警戒されてるじゃないですか」
「まぁ、俺たちはあの子の母親だっていう魔獣と遭遇出来ればそれで良いんだからな。ジイさんのお陰で、この馬車さえあれば何処だろうと寝泊まれるしな!」
「その代わり、この馬車が無くなると不自由極まりない野生の生活に逆戻りですけどね。……ところでレイ、気になった事があったんですが……」
リズは先程の妙な視線についてレイに打ち明け相談した。
「それってどういう事だ?……ん~、よくわからん!」
レイは考える事が苦手なのか、すぐに考える事を放棄する。
それは悪い癖であり、成長して改善して欲しいところだとリズは呆れた。
そして自身の推測を説明する。
「あの村人達が私達に向ける視線はほとんど同一なはずなんです。でも、その視線の中に、まるで『邪魔者が来た』と言わんばかりの悪意のようなものがありました。……たったひとつだけ」
「……ん、どういう事だ?」
レイは頑張って考えようとしている。
「あの村の中に部外者がいるんですよ。本当の村人ではない……。おそらく、スパイ。その人物が魔獣を手引きしているんですよ。だから村が襲われているんです!」
スパイって何だ?と、レイは言おうとしたが、きっとリズは答えてくれないだろうと思って諦める。
「つまり……あの村の中に異星人がいるから、村は襲われている、と」
「多分、そういう事です! 少しは分かるようになってきたじゃないですか~」
「いやぁ、それほどでも……って、オイ。君、今俺を馬鹿にしなかったか?」
「馬鹿にしてませんよ? それより今日はここに逗留するんですから、薪とか集めてきてください~」
「クッソ~……」
リズに馬鹿にされはぐらかされ、不承不承言われたとおり薪になるものを集めに、周りを散策する事にした。
異星人による計画的な襲撃ならいっときも気が抜けない。
誰に言われるまでもなく、リズは御者台でブランケットを羽織りながら何か不審な動きがないか見張る。
ふと、馬車の中から人間の男の子が降りて、一目散に辺りの茂みを調べている。
「あ、モックン! 危ないから馬車から出ないで下さい!」
子供の人間態に擬態した魔獣――モックンは自分が呼ばれたと気付くと、笑顔で無邪気にリズに手を振る。
『キュイ! キュイ!』
「あ、あはは……」
あの笑顔には逆らえず、リズもモックンに手を振り返した。
かわりに見失わないように、モックンの姿をじっと見張る事にする。
どうせ魔獣は巨大なのだから現れればいやでもわかる。
モックンはいくつかの茂みを探すと、ようやくお目当ての物を見つけたのか、彼らの独特の鳴き声を上げて喜び、近くのレイと、御者台のリズの隣に座ってそれを手渡す。
「これって……木苺? これを私にくれるんですか?」
『キュイ!』
モックンは笑顔で頷く。
果汁が詰まった紅色の粒が集まったような実を、リズは口に運ぶと、強い酸味が口腔に広がっていく。
「美味しいです! モックン、ありがとう!」
『キュイ!』
リズに褒められて嬉しそうなモックンは集めてきた木苺を全部リズに渡し、その中のひとつを摘んで自身も舌鼓を打った。
「これ食べられるのか?」
「美味しいですよー。もっと食べたかったら、ちゃんと働いてください?」
「クッソ~……」
木苺に舌鼓をうつリズに煽られ、レイはしぶしぶ薪拾いを再開する。
その途中、食べてみた木苺の酸味の効いた味に病みつきになって、もう一度木苺を味わうべくなるべく早く薪を集めてきた。
「ちゃんと乾燥した薪集めてきました?」
「……多分な!」
レイは村の外に停めた馬車の近くで、草の生えていない石や土だけの場所を選んで、そこに集めた薪を置く。
「それじゃ、作ってください?」
「さっきから君、手を動かしてないんだが?」
「私は王族の王女ですよ? そんな手が荒れて汚れるような真似は出来ません。怪我したらどうするんですか?」
「はぁ~……。……口の減らねぇ女だな……」
「何か言いました?」
「別に……」
レイは昨晩と同じく、薪を燃焼させる為の着火剤を作る作業を始める。
薪を手頃なサイズに細長くするため、太い薪はボウイナイフを使い、ガントレットでナイフの峰を叩いて割っていく。
丁度良いサイズまでカットすると、注意して先端を切り落とさないように、ナイフの刃を薪で薄皮を剥くように削っていく。
先端を切り落とさないようにしていくと、ナイフで削った薄い木片が自然と丸まっていき、それらを切り落とさないように一本の薪にいくつもつくっていく。
フェザースティックとよばれるもので、これで火が着きやすくなる。
納得のいく物が幾つか出来上がると、拾った石を使って焚き火の土台を作っていく。
焚き火の土台に細さの様々な薪を交差させるように置く。
そしてフェザースティックを一本手元にもってくると、そこにボウイナイフの牛革の鞘に備え付けられていた金属のスティックを取り出し近づけていく。
その金属のスティックにボウイナイフの峰の手元に近い、エッジの角度がついたところで一気に擦ると、勢いよく火花が飛び出した。
『キュイ!?』
モックンは突然の火花に驚き、リズの後ろに隠れてしまう。
金属のスティックはマグネシウムで出来ており、バリのある金属で勢いよく擦る事で火花を飛ばしスパークする事が出来る。
何度かフェザースティックの真上でスパークさせると火花が薄い木片に着火し、火を起こす事が出来た。
レイがほっと安心すると、それを他のフェザースティックにも燃え移らせてから、焚き火の薪に火が消えないように気をつけていれる。
焚き火の中で火が薪に移り、他の細い薪を投入して火が安定して燃え続けるのを確認して、やっと作業が終える事が出来た。
「あー、疲れた」
「火を着けるだけで何を大げさな事を言ってるんです?」
「うるさいなー。でも、ジイさんがくれた道具のお陰で、簡単に火が着けられるようになってよかったよ」
「これでも面倒な方ですけどね」
火花が馬車に飛ばないように火力を調整しながら、レイは石を置いただけの椅子に座って火の番をする。
そこに、ブランケットを羽織ったリズが剥いてカットしたりんごを持って、レイの口に押し付けた。
条件反射でそれを口に入れてしまってから、それがリズの仕業だと気付く。
「なんだよ、昨日の晩は匂いが付くから火のそばには来たくない、とか言ってなかったか?」
「そうですよ? でもこの子がですね、興味あるって……」
リズの後ろから、モックンが怖がりながらも興味を隠す事ができず、火に近づいていく。
呆れてレイはモックンを抱きかかえると、膝の上に乗せる。
「熱いだろ~? 危ないから近づくなよ。俺昨日火傷したんだからな。このおねーちゃんが助けてくれたけど」
そう言って通じるのかどうかわからないが、昨晩の失敗談を聞かせる。
そんな二人の姿に、リズは胸が熱くなるのを感じた。
何、コレ……尊いんですけど!?
まるで……親子!?
まるで感動に似た感情がリズに沸き起こり、二人の光景をいつまでも見ていたいと思っていると、
「なぁ、ちゃんと見張ってるんだろうな?」
と、レイから釘を刺された。
「み、見張ってますよ! 私だって自分の仕事はちゃんと出来ます!」
そう慌てて答え、周りを見張る。
辺りは夕焼けが訪れていた。
カットされたりんごを三人で食べながら、火を囲み、薪が燃えて割れる音を聞きながら、ゆったりとした時間が流れていく。
三人は火の回りをウールブランケットを二箇所敷いて、そこで暖を取りながら待ち続けた。
すぐにモックンはレイにくっついたまま眠り、擬態を解除してしまう。
「おっと、危ない危ない……」
レイは羽織ったブランケットでモックンの姿が周囲に見られないように被せて隠す。
小さな身体が寝息を立てて呼吸で身体を揺らす姿をみると、魔獣もはやり生き物である事を、リズも、知識が何もないレイにも実感として湧いてくる。
願わくば、この子の母親とされている魔獣も穏やかな生き物であってくれたら良いが。
レイとリズはそう願わずにはいられない。
その姿を、遠くから特殊な双眼鏡を使って櫓の上から見張る男がいた。
村人にしては青白く、面長な顔をした人物である。
「あの二人……やはり邪魔だな」
懐から何か四角い金属の箱を取り出そうとすると、櫓の下から村人に声を掛けられる。
「おい、そろそろ見張りは交代の時間だ、ご苦労さん」
「ん? そうか、そんな時間か」
面長の顔の男は素直に櫓を降りると、交代する村人に会釈してその場を離れた。
「……ん? あんなやつ、村にいたっけか?」
面長の顔の男は火の明かりの届かない村の闇へと姿を消してしまう。
「明日だ……。明日、計画を実行に移す……」
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