第16話「再会、母よ…」

 朝靄が残る早朝、すっかり燃やす薪もなくなり鎮火した焚き火の周りで、疲れて眠りこけていたレイの懐で眠っていたモックンが目を覚ます。

 本来の白いモコモコの魔獣姿のまま、モックンはすっかり懐いてしまったレイを起こそうと身体を揺らすが、当の本人は気持ちよく眠ったままだ。

 つまらなくなって、自分に優しくしてくれたリズを今度は起こそうと身体を揺らすが何やら寝言をブツブツと呟くだけで起きる気配は無い。

 平原は朝靄で視界は悪く、村の櫓からはこちらが見えなくなっている。

 それを知ってるか知らでか、ひとりで起きてしまったモックンはつまらなくなり、村の外の馬車から更に遠く離れた麓の山に入ってしまう。

 山の入り口の林で、自分が食べられそうな木の実を拾っては摘み食いし、その味覚に舌鼓を打ち、ひとりで喜んでいる。

 更に林の奥に入り、更に木の実を得ようとしていると、林の奥から何やら生き物の鳴き声が聞こえてきた。

 それも普通に生息している原生生物のものとは違う鳴き声であった。

 モックンには、それが何の鳴き声なのか、本能で理解した。


 お母さんがいる。


 本能で母がこの林の中にいることを理解すると、すぐに木の実そっちのけで、鳴き声のした方向へと走っていってしまった。


「う~ん……尊いです……。私があなたのお母さんになってあげ……ん……?」


 寝言をブツブツと呟いてるうちに、リズは目を覚ました。

 主に朝の空気が冷える寒さによってであるが、思わず目覚めた後、くしゃみをしてしまう。

 夢の中で自分に甘えてきたモックンを現実でも抱きしめてあげたいと思い、その姿を探す。

 悔しい事に昨日はレイに一晩中甘えてそばを離れなかったので、今日こそは自分に甘えて欲しいと思う。

 レイとモックンのまるで親子のようなやり取りは見ていて鼻血が出そうになるほど尊かったので、それはそれで悪くはなかったが。

 とりあえず、モックンを探すが、レイに懐いてそのまま懐で寝てしまったはずのモックンの姿が無い。


「あれ? モック~ン? どこにいるんですか~?」


 ここにはいない。

 リズがそう自覚した途端、恐ろしい想像をいくつもした。

 村人に捕まったのではないか、森や山の獣にでも襲われたのではないか、もしや昨日危惧した異星人と思わしき人物に拐かされたか。

 色んな可能性が頭を過り、いそいでレイの身体を揺らして起こす。


「レイ! レイ! 大変です! あの子が、あの子が!」


「ん……? なんなんだよ……。あの子が……って、あれ? あの子は?」


 レイもようやく目を覚ましてから昨晩まで自分のそばにいた子がいない事に気付く。


「ん~~! いないんです~~! 目を覚ましたらあの子が~~! もし誰かに見つかったら大変ですよ~~!」


「おい、手分けして探すぞ! 叫んで呼びたい気持ちはわかるが、絶対呼ぶな? 俺たちが魔獣の子供を探してるなんて村人に知られたら一大事だ」


「もしかしたら既に村に……!?」


「俺たちの事情を知ってるのは、あの兄弟だけだ。あの二人を見つけて協力してもらうんだ。他の村人には絶対気付かれるなよ!」


 二人は二手に分かれてモックンを探す事にした。

 リズは気付かれないように村に。

 レイはその自慢の身体で常人の何倍も早く走り、辺り一面を駆け抜け探し出す。


 そのモックンは山の麓の林をどんどん奥へと進んでいた。

 レイとリズが心配して探している事も知らず、より危険な林の奥、聞き覚えのある声のする方へ歩いていく。

 モックンの心の中にあるのは、別れてしまった母との再会だけであった。

 

 レイはその身体から繰り出される俊敏な足の速さに自分で自分に驚きながらも、モックンが見つからない事に焦っていた。

 子供達があの子を思わず虐めていたように、人々を襲う魔獣という生き物を人間はおおいに恐れるだろう。

 あの兄弟たちは言葉と身体と魂で理解させたが、村の大人達はそうはいかない。

 下手したらモックンを見つけた途端、あの尖らせた木の槍で殺してしまうかもしれない。

 そう思うとゾッとして、彼らより早く探しだしたい気持ちに駆られる。

 レイは再び走り、モックンの姿を探す。


 リズはそろりそろりと、村の周りを囲う防柵を避けて、村に近づく。

 村は魔獣対策として、あまりにも防備を固めていた。

 全て山の木を切り出して作ってはいるが、頑丈な門に、等間隔に防柵を置いた擬似的な壁、村の四方の角には櫓。

 そして農作業をしている農夫以外は警備で巡回をしている村人。

 いくらなんでも領主から土地を与えられそこで貢納を納めるだけの荘園を、ここまで支配されている農民である彼らが必死で守るのか。

 現在の地球の文明が、かつての旧史の中世時代と同じならば、彼らにそこまでの義理はないはずである。

 リズは村の壁たる第二の防柵をくぐり、村の中に入っていく。

 村人は警備に当たっている者以外まだ寝ているようだ。

 まだ朝靄が残る早朝なのだ。

 だがいずれ日は高く上り、空気も暖かくなっていく。

 そうなれば村人も自然と目が覚めるだろう。

 であればその前に、村にモックンがいないか探すべきだが、もしモックンが村に闖入してしまったのなら、とっくに警備で巡回している村人に見つかっているだろう。今頃大騒ぎだ。

 しかしその様子がないとすると、モックンはこの村に闖入したわけではないし、まだ見つかっていない。

 村の様子を見て安心したが、だとするとモックンは外にいる事になるが、レイがひとりで探してもその間に別のところに行っている可能性もある。

 自分も外に行って探したいが、レイのように短時間で広範囲に探せる程足は早くはない。

 レイに言われた『協力者』を探してみるか――そう思った時、あまりにもタイミングが良かった。

 リズの前に、親に黙って家を抜け出し遊びに出かけようとしていたレオとトラの兄弟と遭遇したのだ。


「あ、君達~。良いところにいました~」


「あ、あんときのねーちゃん。どうしたんだよ?」


「実はですね、朝からあの子がいないんです。君達が虐めてたあの子が……」


「あー、あいつ?」


「……一緒に探してくれませんか?」


 兄弟は顔を見合わせると、笑顔で答えた。


「いいよ。おれたちやまにいってあそぶつもりだったし」


「山?」


「うん。このむらからすぐちかくなんだぜ?はやしにはいっぱいきのみとかとれるし、いつもあそんでるんだ。きっとあいつがいくとしたらそこだぜ?」


「お願いします、案内してください!」


「しょーがねーなー。こっちだよ」


 レオとトラの兄弟も大人達に見つからないように、こそこそと村から出て、リズについて来るようにジェスチャーして、三人で山へと向かっていった。





「こんだけ探してもいないとなると……やっぱりあの山か……?」


 村の近くの山。

 その手前には奥が見えない程深い林。

 森での碌な目に合わなかった経験が脳裏に蘇るが、意を決して村に気付かれないように遠回りをしながら山の麓の林へと近づく。


「あ、レイ! あの子はいました!?」


 林に入るところで、後ろからリズと、レオとトラの兄弟に遭遇した。


「いや、さっぱりだめだ。残るはここしかないと思って来たんだが……君は?」


「村にあの子はいませんでした。いたら今頃騒ぎになっていますし。そうしたら、丁度この子達に出会ったので、山に案内してもらっていたんです」


「まかせろよ! このやまはおれたちのにわさ!」


「お? そいつは頼もしいなぁ!」


 レオの得意げな顔に、レイは彼の背中をぽんと叩いて褒める。

 一行が意を決して林に入ろうとすると――奇妙な鳴き声が林の奥から聞こえてきた。


「おい……今の?」


「モックン……? モックン!」


 リズはいてもたってもいられず、ひとりで林の中へと入ってしまう。


「おい、リズ!?」


 レイ達もすぐにリズの後を追い、林へと入っていく。




『キュイ! キュイ~!』


『キュワ! キュワ~』

 

 林の奥の一角で、親子は再会を果たしていた。

 だが、それはあまりにも心苦しい光景であった。

 金属の檻にモックンとは一回りも大きい、大人の人間サイズの同じ姿の母親が閉じ込められており、悲痛で弱々しい声を上げて、檻越しで自分の我が子に縋り付いている。

 モックンもやっと念願の母との再会を果たせたが、檻が邪魔をしている。

 一旦母親から離れて檻を開ける方法を探したが、普通であれば見つかるはずの扉の取手すら見当たらない。

 四方の檻は寸分たがわす同じシンプルなまでの無機質な金属の棒による柵。

 子供のモックンにはどうやって開けていいのかが分からない。

 ほとんどパニックのように泣きわめきながら、母親の入っている檻を掴んで揺らそうとするが、それでも檻のあまりの重量に、少しも揺れない。


『キュワ……キュワァ……』


 我が子が必死に自分を助けようとしてくれている事に感謝しながらも、心苦しい母親は切ない声を上げる。


『キュイ! キュイ~~!』


 その声が、四人に届いた。


「モック―ン!」


 リズが息を切らして、モックンと檻に入れられた母親らしき魔獣の姿を見つけると、思わず安堵して顔を下に荒れた呼吸を落ち着いて整える。

 そうしている間にも、レイが追いつき、モックンと母親の現状をひと目見て理解した。


「今、出してやるからな……!」


「モックン……。もう大丈夫ですよ」


 リズが顔を上げて、モックンに安心するように言い、レイがモックンの母親に近づくと、その目の前を黄色い光の弾が横切り、レイの足元に当たって消えてしまった。

 光の弾が消えた跡には、黒く焦げた匂いがする。

 レイとリズはすぐに、光の弾が飛んできた方向を見る。

 四人がいる場所より高い坂の上に、白く面長の顔の人間がいた。


「おい……そこの魔獣に近づくな」


 手に銀色の小さなクロスボウを手にしているが、クロスボウには見えない。

 レイにはハッキリと分からなかったが、リズには見覚えがある。

 異星人が使う光線銃――ブラスターだった。


「やっぱり……異星人の仕業だったんですね……?」


「ほう? 俺の正体にすぐに気付くとは……。さては、お前らも異星人だな?」


 面長の顔の男――異星人がブラスターの銃口をこちらに向けて、ゆっくりと降りてきた。


「モックンの母親を捕まえて、どうする気だ?」


 レイも険しい表情で睨みながら、異星人を警戒する。


「あぁ、この魔獣は色んな生物に変身する事が出来るからな……。侵略兵器にするにはもってこいだ。……だから拐った。クソの役にも立たないチビ助がくっついてたみたいだがな!」


 ブラスターの銃口がモックンに向き、火を吹く。

 レイがそれに気付いてモックンを振り返ると、モックンの近くにいたリズが咄嗟に抱きかかえて庇い、防御壁で光弾を弾き飛ばしていた。


「……大丈夫でしたか?」


『キュイ……』


 間一髪防御壁は間に合い、二人共一切の怪我は無かった。

 レイはほっと安心すると、二人に銃口を向けたこの異星人に激しい怒りが湧いた。


「お前……!許さねぇ!」


「邪魔なんだよ、お前ら。俺の侵略計画の邪魔なんだよ。おい、コレが何か分かるか?」


 異星人は懐から金属の箱のような物を取り出した。


「これはな、リモコンだ。この魔獣はすでに俺が改造してこのリモコンで制御できるようにしてある。今まではテストだったが、俺の計画がバレた以上はもうこれからが本番だ」


「貴様っ……!?」


「俺の侵略計画のスタートだ」


 異星人はリモコンのアンテナを伸ばすと、ボタンを押す。

 すると、檻の中のモックンの母親は、まるで操り人形のように不気味に直立不動になる。

 そして檻を突き破るほど、どんどんと巨大化していった。


「みんな、危ないから離れてください!」


「にげろー!」


 リズがモックンとレオとトラの兄弟を連れて林から逃げるように脱出する。


『キュイ! キュイ!』


 モックンがひとり、走りながらも巨大化し村へと進撃し始めた母親の安否を心配する。

 レイはモックンの母親を戻すべく、異星人を探すが既に姿を消した後だった。


「おれたちのむらが……おそわれる!」


「操られているだけなんです、あの異星人に!」


「でも、このままどーすんだよ!?」


 レイは怒りで右手のガントレットが震えていた。


「君達は、あの異星人を見つけてくれ……。奴の人間に化けた姿を知っているのは、君達だけだ。探し出して、あの母親を止めてくれ」


「レイ……あなたは、どうするんですか?」


「君達が見つけるまで……俺があの母親を食い止める!」


 レイは彼らから離れて、水晶が光るガントレットを目の前に掲げた。


「変身!」


 ガントレットから白金の鱗が展開され、全身甲冑姿になりながら、進撃するモックンの母親と同じ大きさにまで巨大化し、白金の巨人になった。


「にーちゃん、すげー!」


「きょじんだー!」


「えぇ、彼は……レイはすごい人なんです」


 だが、リズは知っている。

 彼がその姿でいられるのも、わずか数分である事を。

 つまりそれが、異星人を捕まえて魔獣の進行を止めるまでの、タイムリミット。


「急ぎましょう。彼が村を守っている間に、私達であの異星人を捕まえて、モックンのお母さんを助けるんです!」


「おう!」


「うん!」


『キュイ!』


 必ず、私達が見つけます。

 だから、それまでの辛抱です。


 リズはレイにモックンの母を託し、己の使命を胸に走り出した。

 異星人の技術といえど、リモコンで操っている以上、直接確認しながら操作しているに違いない。

 この山に近く、進撃する場所を確認できる場所。

 山の中の林は姿を隠すには丁度良いが、木々で視界が悪い。

 となれば、異星人がいる場所は一箇所。

 ――進撃する、村だ。

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