第17話「変身魔獣・モックン」

 リズ達が村へと急ぐ中、巨人へと変身を遂げたレイは、進撃するモックンの母親をどうしたら良いか逡巡していた。

 傷つけたくはない、だがそれで躊躇していては村に被害が出る。

 兎にも角にも、レイは後ろからモックンの母親の後ろから肩をしっかりと掴んだ。

 そしてこれ以上進ませないように力を込めて引き戻す。

 が、意外にも力強く、進む事を止めない。

 モックンの母親の進む力と、レイの引き戻す力。

 どちらも同等の力で打ち消し合い、膠着状態にになる。

 このままでは、どちらかが根負けするまで続く事になるが、そうなるよりも先にモックンの母親が肩を掴むレイを背中と肩を使い左右に揺らし、レイが右へバランスを大きく崩したタイミングで振り飛ばすした。

 手放さなかった事が仇となり、レイは勢いのまま山の方へと投げ飛ばされ、地面に打ち付けられた。


『クッソ……』


 ふと、リズ達を確認するが、その姿はない。

 もう平原を駆け抜け、村の方に入っていったようだ。

 レイは安心すると、負けじと再びモックンの母親の背中を腰から掴んで進撃を引き止める。




 リズがたどり着いた時には、村は蜘蛛の巣を突っついたような騒ぎだった。

 巨大な白いモコモコの可愛らしい魔獣が無表情のまま村へと進撃し、今度は巨人が現れてその魔獣を攻撃し始めた。

 村人には何がなんだかわからないが、魔獣が現れた以上は迎え撃つしかない。

 農夫すら槍を持って敵に向かって構えるが、その敵があまりにも巨大すぎて役に立つ気がしないが、それでも頼る。


「とうちゃーん!」


 レオが村人の群衆の中に父を見つけると呼び叫んだ。


「レオ! トラ! お前らバケモンが現れたってのに、どこに行ってたんだ!?」


 兄弟の父親が心配そうに二人を叱りつける。


「ごめんよ! でもでも、あいつをこのむらによんだわるいやつが、このむらにいるんだ!」


「はやくみつけないと、むらがめちゃくちゃになるよ!」


 父親は、はぁ~っとため息をつくと、兄弟にそれぞれゲンコツを食らわせた。


「バカヤロ! そんなわけねぇだろ!? この村のみんなは昔からここに住んでた、いわば『家族』なんだぞ!? なんでその村の家族が村を裏切るってんだ!?」


「で、でもぉ~……」


「でも、も、クソ、もねぇ!」


「……では、最近この村で見かけない人は見ませんでしたか?」


 叱りつける父親の前にリズが現れて切り出す。


「はぁ? 見かけないやつだぁ? ……?」


 そう言われて自身の記憶をめぐるが、その中に昔なじみの顔に混じって顔のはっきりしない人物がいたような気がするが、どんな顔だったかまでは覚えていない。


「そんな奴がいたとしても、覚えてねぇよ!」


 父親の中でも、その疑念は確信に変わっていた。

 だが、突然そんな事を言われてもハッキリとわからない。

 父親はリズに覚えていないと、突っぱねるしかなかった。


「そうですか……」


 リズの表情には、どんどん焦りが出てきた。

 あの異星人を見つけない限りは、モックンの母親は止まらない。

 リズは群衆から先程みた人間態に擬態した異星人の顔を探す。

 白い肌で面長の顔。

 群衆の色んな顔が目の前に現れて、目的の顔がどれだかわからなくなってくる。

 その時、リズの横にいつのまにか野犬が現れ、グルグルと喉を鳴らして群衆の方へと威嚇している。


「え……? い、犬?」


 そして何かを見つけると、ワンと吠え、群衆の中へと突っ込んでいった。


「ハッ!? まさか!?」


 群衆の中の一人が、野犬に噛みつかれ、悲鳴を上げた。

 騒動に気付いた群衆がバラバラに遠ざかっていくと、そこに面長の顔の男が犬に左手を噛まれ、地面に倒れて悶絶していた。


「クソッ! コイツ……!」


 面長の顔の男は左手に噛み付く犬の腹を強く蹴り飛ばすと、犬は悲鳴を上げながら手から離れると、本来の姿に戻っていった。


「も……モックン!」


『キュイ……』


 野犬から白いモコモコの魔獣へ戻ったモックンは、呻きながら地面に倒れて起き上がる事が出来ない。


「まさか、犬に化けて俺を見つけるとはな……。例えガキでも『変身魔獣』は伊達じゃなかったか……」


 面長の男――異星人は懐からブラスターを取り出し、モックンに銃口を向ける。


「やめてください!」




『やめろよもう……! あんな奴に操られてるんじゃあねぇ!』


 モックンの母親を後ろから腰に両手を回し、そのまま自身の腰と肩に力を入れて、持ち上げる。

 肩に担ぐように力を入れ、空中へと持ち上がると、そのまま後ろに転倒するように頭と背中を地面に向かって投げつける。

 いわゆる、バックドロップである。

 投げつけられたほうは、主に頭部と肩、そして背中にダメージを受ける。

 正直、モックンの母親にダメージを与えたくなかったが、こうでもしなければ進撃を止めないのなら仕方がない。

 レイは起き上がると、モックンの母親にマウントポジションを取り、その両肩を地面に押し付けた。

 ――その時、村の方でブラスターが発砲する音が聞こえ、レイはゾクッと嫌な感覚が全身に流れた。


『おい……大丈夫か!?』




 ブラスターの光弾は、モックンを貫く事はなかった。

 モックンの前に守るように立ちふさがったリズが、その念動力で自身に命中する前に、ギリギリで止めている。

 ブラスターの光弾の威力の強さに、リズの念動力では一点に押し止める事が精一杯だった。

 リズは気迫の表情で異星人を睨みつける。


「やめてくださいって……言ってるんです!」


 両手をかざして押し留めている光弾に念を込めて、リズはそれを押し返した。


「――!?」


 押し返された光弾は文字通り光の速度で異星人へと向かっていき、彼の持っているブラスターの右手首を吹き飛ばした。


「ぐああああ……!」


 右手を吹き飛ばされた異星人はあまりの痛さに地面に転がって悶絶する。

 リズはその隙に異星人を取り押さえた。

 一方で、地面にうずくまるモックンを兄弟が心配そうに介抱していた。


「さぁ! 観念なさい! モックンのお母さんを操っているリモコンはどこです!?」


 リズは異星人の答えを聞くのも惜しく、懐を改めてリモコンを探す。

 それらしき感触を見つけると、リズはそれを取り出し、モックンの母親の遠隔操作を止めようとする。

 が、そのリモコンを改めて見た時、彼女は言葉を失った。

 と、同時に、異星人がニヤリと笑ったような気がする。


「な……なんで、リモコンのボタンが……ひとつしかないんですか?」


 リズがその事実を知ると、異星人が地面に倒れたままケタケタと笑い始めた。


「そのボタンは……起動ボタンだ。一度押したが最後、二度と停止は出来ない。なんでか分かるか? その理由がないからだ。コイツは文字通り死ぬまで破壊し尽くす。そういう改造なのさ……」


 その衝撃の事実を伝え、異星人はリズを嘲笑うようにケタケタと笑い続けた。


「そんな……」


 リズはその事実を受け入れられなかった。

 それが本当なら、モックンの母親はもう……二度と元には戻らない。

 リズは地面に転がった異星人のブラスターを拾うと、グリップを掴んだままの千切れた異星人の右手を、半ばヒステリーの状態で引き剥がし地面に捨てると、その銃口を異星人に向けた。


「解除なさい! でないと、あなたを撃ちます!」


 銃口を向けられた異星人は己の運命を受け入れたのか、その語り口は非常に冷静だった。


「俺の話を理解出来なかったのか? アイツはもう止まらない。奴の意思を操る機械は脳の中だ。俺にも止める事は不可能だよ……」


「そんな……。なんで……なんでそんな酷い事が出来るんですか……?」


「地球侵略の為の駒なんだよ、魔獣なんて生き物はな……」




「レイーーッ!」


 村の方から巨人のレイに向かって、リズが叫んだ。


『リズ、無事か!?』


 目を凝らして見えるそのリズの姿は、無事ではあるがただ事ではない事が起きたようにみえる。


「む……無理なんです……」


『え……?』


「この異星人にも、モックンのお母さんを止める方法はありません……。もう彼女は……死ぬまで……」


 リズはその場に座り込み、そしてこの地球で決して誰にも見せなかった涙を、嗚咽を漏らした。


『そんな……』


 その絶望的な知らせを知って力が緩んだのか、モックンの母親はマウントポジションのレイを下から吹き飛ばした。


『ぐっ!』


 吹き飛ばされたレイが体勢を整えると、その目の前の光景にギョッとした。

 モックンの母親がその姿を巨大なゴリラへと姿を変えたのだ。

 どんな姿にも変えられる変身魔獣特有の能力である。

 ゴリラと化したモックンの母親は胸を叩くと、両手の拳を地面に付けて四足歩行で素早くレイに向かってくると、右腕を水平に伸ばし、それをレイの喉へと命中させて振り抜いた。


『――っ!? ッハァ!』


 喉にあった空気を一気に強制的に吐き出され、その場で一回転する程吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。

 呼吸を整え、膝をつき立ち上がると、再び戻ってきたゴリラ姿のモックンの母親に、再び右腕を喉元に叩きつけられ、勢いよく吹き飛ばされる。

 吹き飛び、転がった先は村のバリケードである尖った木で作った防柵であり、その防柵に背中や左腕が突き刺さった。


『ぐあっ!? ……ってぇ!!』


 起き上がり、突き刺さった防柵を抜き取って地面に捨てると、ゴリラ姿のモックンの母親は、今度はクマの姿に変わっていた。

 勢いよく突進してくると、レイはそれを腰に力をいれ、両手を広げて受け止めた。


『もう……やめろぉ……!』


 クマのヒヅメが空中を暴れ、その切っ先がレイの胸に触れて切り裂くと、鮮血が吹き出し、地面に滴り落ちる。


『お願いだから……やめてくれ……』




「にーちゃーん! がんばれー! まけるなー!」


 トラが傷ついてうずくまるモックンを介抱する傍らで、レオは喉がはちきれんばかりにレイに応援を続けた。


「……なぁ、トラ。もしかして……あの巨人、あの時のにいちゃんか?」


「……うん。ぼくたちをまもるっていってくれたんだ。でも……きっとつらいよ。こいつのおかあさんとたたかってるんだから……」


 そういって、トラはモックンの白い毛を撫でると、感極まってぎゅっと抱きしめた。


「きっとつらいよ」


 モックンは意識が朦朧とするなか、だきしめてくれたトラを抱きしめ返した。

 そこに何か確たる意思があったわけではない。

 抱きしめてくれたから、抱きしめ返した。

 そこに何ら他意はない。


「そうか……」


 父親はそれ以上何も言えなかった。


 リズはレイが必死にモックンの母を抑えながらも、攻撃を受けダメージでボロボロになって傷ついていく姿を、涙を流して見ているしかなかった。

 止める方法はもう無い。

 あるとしたら、ひとつしかないが、それはあまりにも残酷な答えだった。


 レイ……私は、どうしたら良いんですか?

 答えが出せないんです……。

 でも、はやく答えを出さないと……あなたが……。


 モックンの母親の攻撃に耐えるレイのガントレットの水晶が赤く点滅し警告音を出す。

 そろそろタイムリミットが近づいてきた。

 その現実を突きつけられても、リズは答えが出せない。


 モックンの朦朧とする意識の中、目に見える光景は、巨大化し変身した姿の母親が攻撃し、それに耐えているレイの姿。

 そして呆然と涙を流して立ち尽くすリズの姿だった。


『キュイ……』


 モックンは小さな声を漏らしながら、トラの腕の中から抜け出し、弱々しくも立ち上がった。


「お、おい! おまえ……」


 トラが驚いて引き留めようとするが、モックンは身体を震わせながらも、しっかりとその小さな身体を立たせて前に歩き出した。


『キュイ……キュイ……!』


 モックンはレイに攻撃を続ける母親に何かを訴えるように声を上げた。

 そのモックンの姿にリズも気が付いた。


「モックン……?」


 届けているのだ、言葉を。

 彼は信じているのだ、親子の絆を。

 モックンの言葉を理解出来るリズは感極まって溢れる嗚咽を必死に口で抑えた。


『キュイ!キュイ!……キュイ!』


 我が子の声が届いたのか、レイを攻撃する母親の手は止まり、元の白いモコモコ姿の変身怪獣・モックンへと戻っていった。


「ば、馬鹿な……!?」


 そのあり得ない状況に、何よりも驚いたのは改造を施した異星人であった。


「届くわけないのに……!」


 モックンは変身を解いた母親に必死に訴えかける。

 その言葉の意味を理解出来るリズは、溢れる涙を止める事が出来なかった。


 もうやめて。

 そんな事をするお母さんを見たくない。

 元の優しいお母さんに戻って。

 お母さん、大好きだよ。


 必死にそんな言葉を届けるモックン。


『キュワ……キュワ……』


 そして改造され支配されていた母親が口を開いた。


『キュワ……キュワ……キュワ……』


 その母親の言葉を理解した時、リズは絶句した。


「そんな……駄目です! 諦めないでください!」


 リズが自身の言葉を理解してくれていると理解した母親が、リズに向かって直接語りかけた。


『キュワ……キュワ……』


「駄目です! 駄目です! そんなの……もっと他に方法が……。この子がひとりぼっちに……」


『キュワ……』


 母親の目から涙が零れ落ちた。

 魔獣も涙を出すことをこの時、リズは自身も涙を流しながら初めて知った。


「レイ……聞こえますか?」


『リズ……どうした!? もう止まったのか? 全部終わったのか?』


「いいえ……終わってません。彼女が教えてくれました……自分が正気でいられるのは、あと僅かだと。それまでに……それまでに……」


 その言葉に、レイは耳を疑った。

 だが、リズの涙でその言葉が本当であると理解する。


「彼女は……自分がもうすぐ黒い意識に全てを飲み込まれると言っています。その前に……我が子を愛する母親であるうちに……自分を……」


 リズが涙で声を詰まらせながら、モックンの母親の望みを告げる。

 それはあまりにも残酷な望みだった。


『そんな……。そんなの、あんまりじゃないか……!』


 残酷な結末に、悲しみと怒りがレイの感情をうずまく。

 そして、村の中でモックンが涙を流しながら、健気に母親に語りかけている姿を見た。


『……わかった』


 ひどく沈んで入るが、それでも決意したレイが、リズとモックンの母の言葉を聞き入れた。


「モックン……」


 リズがモックンを抱きしめた。


「ごめんなさい……あなたのお母さん、助けられなくて……」


『キュイ……』


 リズの気持ちを理解したのか、モックンもリズをぎゅっと抱きしめ返した。

 

 レイは右手のガントレットの光る水晶をモックンの母へと向けた。

 母親はそれをゆっくりと笑顔で頷いた。

 レイが意を決すると、白く輝く光子エネルギーが水晶から全身を血液のように流れると、再び水晶へと集まっていった。


『フォトン……ビーム!』


 溢れ出る光子エネルギーの光線がモックンの母親の全身を覆い尽くし、その中で彼女は笑顔のまま消えていった。

 光線が消えると、そこに残っているのは焼け焦げた平原の草だけであった。

 もうそこに、モックンの母親の姿はどこにもいなかった。


『うぅ……うああああああああああ……!」


 巨人の咆哮は平原一面に響き渡った。

 その悲しみの咆哮を、リズも、レオもトラも、兄弟の父親も、村人も、そしてモックンも、聞く事しかできなかった。

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