第13話「老人よ、さらば」

 レイによって辛くも墜落を免れたグッド星人が、降ろされた円盤のドアを開いて降りてくる。

 そして、丸いヘルメットを被った宇宙服の異星人が二人、レイとリズ、そしてトップン星人の前に出てきた。

 表情の見えないグッド星人のボスがおずおずと口を開く。


「おい、巨人……なんで俺たちを助けた?」


 最初に言葉を掛けられるとは思ってもいなかったレイは、少し間を置いてから答えた。


「別にアンタらを殺したいわけじゃなかったし……。さっきも言ったが、アンタらは誰かを殺したわけじゃないし。俺は売られた喧嘩を買っただけだし。……結果的にアンタの飼い犬を殺したわけだし。俺の光線で巻き添え食らっただけだし……。別に死ぬこたぁねーって思っただけだよ」


 直接面と向かって言うのが照れくさいのか、明後日の方向を見て、なんだか韻を踏んだような言葉で、グッド星人に答えた。

 その様子が可笑しくて、リズはクスりと笑う。


「……はぁ~。……ったくよ、マジになってた俺がアホみてぇじゃねぇか……」


 グッド星人は全身の緊張を抜いて、全員ヘルメットを外した。

 その姿に、三人は驚く。


「お……お前も犬じゃねぇか!」


 レイが思わず口にした通り、グッド星人の素顔は犬そのものだった。


「は、はじめて素顔を見ました……」


 リズは今まで宇宙で公にされていなかったグッド星人の素顔を見る事が出来て、若干喜びを感じている。


「か、可愛いです……」


「うるせぇ! 可愛いって言うな!」


 グッド星人は思わず赤く照れながら否定する。


「おい……『ドッグ』星人よ」


「『グッド』星人だ! ワザと言ってるだろ、ジジイ!?」


 トップン星人のワザとらしい間違いに、グッド星人は激昂する。


「……クソッ! だから俺たちは他の異星人の前でヘルメット取りたくなかったんだ……!」


 そう言って不貞腐れ、ヘルメットを被ってしまう。


「おい、若造。道具貸してやるからさっさと修理して帰れ」


「あ? ……い、良いのか?」


「フンッ! いつまでもわしの森にそんな邪魔くさいもん置いておくな。おい、巨人。道具を取るのを手伝え」


 怪我を癒やしたばかりのレイはトップン星人に良いように使われる。

 共にバンガローに入り、道具や機材やらをひとりで取りに行く羽目になった。

 呆然とその姿を見ていたグッド星人に、リズは微笑ましく笑った。

 思わず、顔を背けてしまう。


 日が暮れる頃には、グッド星人とトップン星人に指図され不慣れながらも手伝ったレイによって、円盤の修理が終わった。

 部下がテストで動かすと、安定して飛行できるまでに直っている。


「これなら母船に戻れるな。あンがとよ」


 グッド星人の差し出す握手に、レイは快く手を握った。


「良かったな。俺のせいで迷惑掛けた」


「気にすんな。元はと言えば俺らが原因だ。直してもらえるなんざ期待してなかったさ」


 円盤に乗り込もうとした時、グッド星人はレイに忠告する。


「注意しろよ。委員会はお前をずっと見張ってる。俺らがお前の居場所を見つけたのも、委員会からの情報だ」


「……!? そうか……道理でな」


「また俺らみたいな奴が来る。せいぜい、気をつけな」


 グッド星人は手を振って円盤に乗り込み、みるみるうちに空へと登っていった。

 リズはすっかり犬顔の彼らが気に入ったのか、円盤が見えなくなるまで手を振っていた。


「……ホレ、お前さんらも森が暗くなる前に出ていかんか。わしはお前さんらを家に泊めるつもりはないぞ?」


「あぁ、そうだったな」


「色々お邪魔しました」


 レイが森の出口を確認し、二人して出ていこうとすると、トップン星人がひときわワザとらしい咳払いをして引き留めた。


「お前ら……その……なんじゃ、邪魔じゃからアレ持っていけ」


 と、言ってバンガローのそばに置いてある幌馬車を指差した。


「えっ!?」


「え~~!? あの幌馬車持っていって良いんですか!?」


 案の定、リズは目を輝かせて幌馬車の中を覗く。


「すごいです! なんでも揃ってますよ!? 今の地球の文明には無い、鉄の鍋とかすごいじゃないですか!」


「ま、まぁ、ワシの星の技術でな、イチから作って用意して旅に出とったんじゃ。ここを拠点にしてな。今では邪魔なだけじゃい」


 トップン星人は照れながらも誇らしげにしている。


「でも、かなり大きいし……。ジイさん、これどうやって動かすんだ?」


「そんなもん、馬でも用意して引かせれば良いじゃろう」


「どこに馬がいるんだ?」


 トップン星人はレイを指さす。


「え?」


 リズを見ると、リズもレイに指を刺す。


「え?」




「おじいさーん、お世話になりましたー!」


 御者台に乗ったリズが大きな声でトップン星人に別れを告げる。

 かつて馬が牽引したであろう木製の鞍を、レイが一人で担いで引っ張り上げていた。

 超人的な力を発揮できるレイだからこそ出来る事ではあるが、それでもかなりの重労働である。


「じゃあな、世話になったなジイさん!」

 

 レイは汗を垂らし大きな馬車を引きながら、森を慎重に出ていく。


「おう! もう二度と来るんじゃないわい!」


「今度またお礼に遊びに来ますねー!」


「それまで元気にしてろよー!」


 トップン星人にもまた、見えなくなるまでリズは手を振り続けた。

 あのうるさくてお喋りで偏屈な老人がいなくなると、それはそれで寂しい。

 リズは御者台に座ったまま念動力で、広々とした荷台の中にある、土産に貰ったりんごをボウイナイフで綺麗に皮を剥き一口サイズにカットする。

 手作業ではなく念動力のお陰で綺麗に剥くことが出来た。

 念動力で浮いたままりんごを口に入れ、リズは舌鼓をうつ。


「おじいさんにいっぱい貰っちゃいましたね。これで寝心地の悪い野宿から開放されるんですね~」


 荷台に置いてあった古いが温かいブランケットを念動力で取り、身を包む。


「快適なようで何よりですよ、王女様」


 レイが牽引しながら嫌味を言うと、口元にカットされたりんごが運ばれてきた。

 思わず、食らいついてしまう。


「これあげるから頑張ってください」


 にこやかに励まされたレイは、すぐに代わりになる馬を見つけたくなった。

 森を出て、委員会の船団のある方角を確認しながら、レイは馬車を引き続ける。




「やーっとやかましい連中が出ていったわい……」


 トップン星人はバンガローのベランダでロッキングチェアを揺らしながら、夜の森の静寂で心を静めていた。

 だが、ふと目をこらすと、バンガローの前の広間に懐かしい円盤が停まっていた。


「……本当に、今日はよく異星人が来るのぉ……」


 広間に出ると、円盤から赤と黒と緑の不規則な柄で彩られたグロテスクな異星人が現れた。

 顔はどこかタコのようにも見え、大きな目玉と、目立つ飛び出した吸盤状の口が特徴であった。


「遅クナッテスマナイ、同志ヨ」


「……千年振りじゃのう、若いの」


「貴方ヲ迎エニ来タ。サァ、共二星ヘ帰ロウ」


 老人が首を振った事に、同胞は大いに驚いた。


「ナゼ……? 帰リタクナイノカ?」


「もう、こんな年寄りが帰ったところで、そう長生きは出来ん。わしは母星より、この地球で暮らした方が長くなっとる。もう……今更帰れんよ」


「ソウカ……スマナイ事ヲシタ」


「いや、わざわざ来てくれたんじゃ、嬉しいよ。ほれ、お前さんに土産じゃ。この千年間の地球で観測したデータをやろう」


 老人は千年間持ち続けた端末を差し出すと、同胞も同じではあるが最新の機種になっている端末を使い、データを受け取った。


「確カニ……。コノ地球ハドウダッタ?」


「地球人はダメじゃな。かつて滅んだ旧人類と同じ道を辿っとる。また地球人は遅かれ早かれ、この星を汚して滅びるわい」


「ソウカ……。愚カナ事ダナ……」


「だが地球は、住みやすい星じゃな。千年間色んな事があったが……ま、骨を埋めるに値する星ではあったな」


「貴方ガ幸セナラ、ソレデ良イ……サラバダ、同胞ヨ」


 観測データを受け取り、古き同胞のメッセージを聞き、若きトップン星人は円盤に乗って去っていった。

 もう、二度と会う事はないだろう。


「わしはもう少し……この星の行末を見守ってから死ぬとするわい……」


 老人はロッキングチェアに身を預け、眠るように目を閉じ身体を沈めた。

 そして、身体から力が抜けていく。

 森と共に、老人も静かになっていった。


「……わしゃまだ死なんぞ?」

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