第二章:魔王と王女

第4話「魔族の王女」

 謎の黒い影の正体が女の子だと分かると、男はホッと息を撫で下ろした。


「はぁ……なんだ、アイツ驚かせやがって……」


「あなたは誰、って聞いてるんです」


 少女は自分の質問に答えてくれなかった事に苛立ったのか、すこしキツめの言い方で聞き直した。


「あぁ、悪い……。俺は……記憶喪失なんだ。自分が誰かも覚えてない。すまない」


「そうなのですか……。私はリズ。魔女とか言われて、奴らにここに放り込まれたのです」


 魔女?

 そう言われて男は多少胡散臭さを感じた。

 こんな年端もいかない少女を魔女だと言うのは無理があるだろう。

 だいたい何だ、その言葉遣いは?


「奴らのこの砦にうっかり近づいて、スケベそうな男たちに襲われそうになって……。ソイツらを吹き飛ばしたり、身を守る為に防御壁を貼ってたら、魔女とか言い出して……。散々追いかけ回された挙げ句、疲れて気が緩んでるところに縄で縛られて、槍で突っつかれながらここに打ち込まれたわけなんです。」


「ん?吹き飛ばした?……防御壁?なんだそれ?」


 男は少女―リズの言い分の中にいくつか気になる言葉を見つけた。


「あぁ、そうですね。吹き飛ばしたっていうのは……」


 リズは檻の外に向かって差し出した手のひらを力強く握りしめると、地面の砂が石、置いてある鎖やらが震えながら宙へと持ち上がる。


「こういう念動力の事で……。防御壁っていうのは……」


 リズは目を閉じ念じると、青白い光の球体がリズと男を包み、覆う。その境目で地面の砂や石が押し出され、床に円形の跡を作り出している。


「こういう、念じた対象だけを防御出来る力の事です」


「あー、なるほど、奴らに魔女だと言われるわけだ」


 男は一瞬で納得した。


「ほんと、この惑星の人間って生き物は原始的な蛮族なんですね。自分と同じ種族のメスだって分かった途端に襲いかかってきますし。自分たちが理解出来ない力で反撃されたら魔女だとか。知能も文明も発達してないにも程があります」


 言葉の端々にここの人間たちを侮蔑するような発言が並ぶが、少女は彼らとは違うと言いたいらしい。


「少なくとも、ここの砦の連中は蛮族とか言われても仕方がない奴らだが……。君はそんな力が使えるし、人間ではないのか?」


「えぇ、あんな原始的な生き物と同じ扱いは無礼ですよ?私は人間なんかではありません。奴らの言う魔族の……王族です!」


 最後らへんはどこかドヤ顔で言っていた気がするが、きっと気の所為ではない。


「なるほど、魔族か。本当はもっと驚いた方が良いんだろうが、先にあんな力を見せられたし、先にデカい魔獣とかいう化け物を倒したし、かえって驚かないな……」


 男の薄いリアクションに、リズは肩透かしを喰らい、なんだか腹が立つ。


「あのですね、これでも私は人間たちに魔族とか呼ばれてる者たちの王族なのですよ? 少しは敬うか何かしたら如何です?」


「俺は魔族を見るのこれが初めてなんだが、いまいちどう反応して良いのか戸惑う。しかも王族だろ? ……すまん、お前たちがどういう存在なのか良く分からんから反応できん!」


「はぁ~~……」


 リズは大きなため息をついて座り込んだ。


「……もう良いです。説明します……」




「私はここの人間たちが魔族と呼ぶ種族の王族です。といっても、種族はいくつもあって、私達の一族は少数民族で肩が狭いのですけど」


 彼女―リズと男は牢屋の床に座りながら、魔族の由来について話をした。


「私達は住む場所を探してここに来たのです。元々住んでいた土地は住めなくなったので……。そんな行き場を無くした種族が集まったのが『委員会』。あの人間たちが『魔王軍』とか呼んでいるモノの正体です」


 村人や兵士達の話や反応と、リズの話す『委員会』がとても同一とは思えない程の落差があった。

 少なくとも自分が戦った『魔獣』はリズの語る『委員会』と似て非なる存在だ。


「住む場所を探しているだけなのか?じゃあ、あの魔獣とかいうのは?人々を襲っていたぞ?」


『魔獣』という単語を出した途端、リズの顔は曇る。どうやらあまり語りたくない話題のようだ。


「魔獣は……委員会が解き放ったんです、人間を殺す為に……」


「なんでそんな!? 住む場所を見つけるだけだろ!?なんでそんな事を!?」


「委員会は原始的で野蛮な人間と共存するつもりがないからですよ! 文明に落差がありすぎるんです! 委員会の大半は人間と同じ水準で生きていくのに反対しているんです! だから……!」


 整理してるんですよ、地上を……。


「――っ」


 男は言葉が出なかった。

 人々が魔族や魔獣を恐れている理由が分かった。

 共に生きていくつもりはないのだ。

 最初から根絶やし。

 先住民は狩り尽くして、空いた土地に入植する気なのだ。


「酷い話ですよね……。最初から交渉するつもりなんて無いんです。先住民の抵抗が意外と強かったからって、あっさりあんな怪物を投入するんですから……」


 リズは一番したくないであろう話に触れ、心を傷ませ顔を歪ませながらも語る。

 それは彼女自身は、委員会の方針とは相容れない考えだという事だった。


「君は平気……ではないみたいだな」


 リズは頷く。


「当然です。幾ら文明も知能も劣る原住民だからって、やっていい事と悪い事があります……。入植するなら、それなりの礼儀と礼節を守り生きていくのが筋なんです。……そう、私の父は言っていました」


「父親……?」


「はい、私の父は私達の種族の王で、委員会のひとりでした。ですが、委員会の権限は種族の数の比率で決められてしまうんです。大多数の民族の入植が最優先課題ですから。……父は必死に交渉による入植を委員会に訴えましたが、他の多数の委員が『武力による制圧』を支持しました。……みんな、一分一秒でも早く入植したいんです。……その気持は分かります、でもっ……」


 リズはここまで何度も涙ぐみ、言葉を詰まらせる。その先がなんとなく男には理解しかけてきた。


「……君の父は……もしかして……」


「……粛清されました。母も……。私をこの地に逃がして……。生きているかどうかわかりません……」


「そうか、辛いことを話させてすまない……」


 彼女は必死に逃げ惑い……そしてここに迷い込み、捕まったのか。


「…………」


 男は周りを見回したが、適当な物がなかったので、指で綺麗にリズの頬を走る涙の雫を拭い取る。


「話してくれてありがとう。おおよそ理解できたよ」


 自分の頬を勝手に触られ、涙を拭き取られる。

 リズは今まで一度だってされた事のない恥ずかしい行いに、思わず顔が赤くなる。


「――な、何をするんですか無礼者っ!」


「――っ!?」


 男はリズの念動力に後ろの檻の柵まで吹き飛ばされ、背中をしたたかに打ちつける。


「……~ったぁ……。何をするんだ!?」


「王族の王女たる私になんて無礼な! 市井の民が私の頬に触れるなど!」


「あぁ、そういう事か。悪かった、悪かった」


 とくに反省した様子もなく、打ちつけた背中をさすり立ち上がる。


「今度そのような無礼な行いをしたらタダではすみません事よ!?」


「あー、ハイハイ」


 フッ、と男は鼻で笑う。

 元気はそれなりに取り戻したようだ。リズも自分の服の裾で懸命に涙を拭く。


 すると、地下の牢屋にも響く甲高い大きな鳴き声が聞こえてきた。

 そのあまりにも大きな声に、声の主の大きさを推定すると、その主の大体の検討がつく。


「おい……今の鳴き声、またアレか?」


「また……解き放たれたみたいです……」


 黒鷲砦の前方の空を、大きな翼を持った鳥が向かっていた。

 鳥の姿をしているが、羽のようなものはなく、茶色い鱗に覆われた皮膚がむき出しになっていた。

 大きく鋭く伸びるクチバシが槍のように尖り、空気を割いていく。

 ――鳥のように空飛ぶ巨大な魔獣―怪鳥。

 その怪鳥が音速を超え、地上のありとあらゆる物を吹き飛ばしながら黒鷲砦に向かってきた。


 砦内で浮き足立ち慌てる兵達を団長・ユリウスは得意の怒号で叱りつける。


「やかましいッ! 貴様らッ! さっさと迎撃せんかッ! バリスタ用意ッ! 大砲装填ッ! 狙って撃ていッ!」


 兵士達は慌てながらも訓練通りに、バリスタと大筒で迎え撃つ準備をする。

 しかし、怪鳥の動きは兵士達が考えているよりも早く、狙いが逸れる。慌てて撃つも、矢はどれも怪鳥に掠りもせずに空を描き地面に刺さる。

 大筒も狙う撃つが間に合わず、撃っても届かず怪鳥より遙か手前で弾は落下してしまう。

 バリスタも大筒も、巨大な二足歩行の魔獣を想定した対策であり、今回の鳥のように素早く飛ぶ魔獣は想定外であった。


「ダメです! 全然当たりません!」


 兵士の情けない泣きつくような声に、ユリウスは唯一の取り柄ともいえる怒号で叱咤した。


「阿呆がッ! 当たるまで何度も放つのだッ!」


 怪鳥は黒鷲砦の上空を旋回し、甲高い鳴き声を上げる。


 主から引き離された白金の篭手は、砦の宝物庫の中で甲高い警告音を出し、水晶から白い光を点滅させている。

 その時、地下牢にいる男は、届くはずのないその篭手の音が聞こえた気がした。


「……俺は行く。なんとかこの地下牢を脱出して……外の魔獣を倒さなければ!」


「行くって言ってもどうやってここから出るんですか!?」


「君の力で吹き飛ばせないのか!?」


「さっきから試しているけど無理なんです! 私の念動力は固定されているものは苦手なんです。この檻の柵は砦の天井や床に打ち付けてビクともしないですし……」


 行きたいのに行けない。苛立ちがつのる。


「クッソ! 俺は、行かなきゃいけないんだ!」


 八つ当たりのように男が檻の扉を蹴ると、ぐにゃりと大きく曲がった。


「っ!?」


「!?」


 今の現象が信じられず、男とリズは思わず顔を見合わせる。そしてそれが偶然ではない事を確かめるように、もう一度男が蹴りを入れると、扉はよりいびつにねじ曲がった。三度蹴った頃には、扉は形を維持する事が出来ず、ついには折れ曲がりひしゃげて吹き飛んだ。


「…………えっと」


「はぁ~~~???」


 気まずそうにリズを見ると、心底呆れた表情をしていた。




「そんな力があるなら、最初からこじ開ければ良かったんです!」


「仕方ないだろ!? 俺だってこんな力があるなんて知らなかったんだ!!」


 男とリズは地下牢をこじ開けて脱出すると、砦の脱出を目指していた。途中、兵士に遭遇する事もあったが、男の拳とリズの念動力で簡単に吹き飛んでいく。


「俺は魔獣を倒す! 君は自由になったんだから好きにしろ!」


「はぁ!? 王女である私をこんな蛮族のど真ん中に放置するだなんて、見上げた紳士ですわね!?」


「悪いが俺は自分が紳士だった記憶がない。っていうか、紳士って何だ? ん? こっちか!」


「あっ! お待ちなさい!」


 騎士団長室の手前に宝物庫があった。その中の木箱の上に無造作に置かれた篭手が白く光を点滅させ、警告音を鳴らしている。


「よう、また会えたな」


 男が再会を懐かしむようにはめた篭手に、リズは反応を示した。


「……! あなた、その『ガントレット』が何か分かっているのですか!?」


「これか……? 俺が眠っていた祠にあったんだ。何故かは知らんが、これを着けると俺は巨人になって、魔獣と戦える」


「そ、それがどういう謂れの物か、知らずにあなたは着けるんですか!? ご自分が何をなさっているのかちゃんと理解していますの!?」


「……良く知らん。知らんがこれで巨人になって魔獣と戦える。今はそれだけで充分だ」


 目的の篭手―ガントレットを回収すると、男はさっさと宝物庫を去る。リズも渋々男を追い掛ける。

 男は翼の魔獣を相手にするために外を目指す。外はバリスタの矢と大筒の砲撃音、そして兵士の怒号と悲鳴が入り混じっている。


「あなたは本当に何者なんです!? なんの為に戦うんです!?」


 男が進む中、後ろからリズの質問が矢継ぎ早に飛ぶ。

 無視して外に出ると、怪鳥がクチバシで兵士をついばみ、飲み込んで捕食している。

 矢や弾は当たらず、兵士を踊り食いしながら旋回しており、完全に砦を格好の餌場にしていた。

 男は立ち止まり、ようやくリズの問いに答えた。


「俺も自分が何者かはわからん。だが、目の前で非道が行われているのなら、俺はそれを排除する。人々が泣くのを俺は我慢ができん。それだけだ」


「――っ! あなたは……もしかして……」


「あぁッ!? 貴様ァーッ!?」


 リズを遮るように、ユリウスが男の目の前に現れた。


「やはり正体を現したな魔物めッ! 貴様らがこの魔獣を呼び出したのであろうッ! このような非道、許しは……へぐぅ!?」


 面倒くさいユリウスの口にガントレットの拳を叩き込み、鎮める。


「お前は例外だ。一度はブチのめしたかった」


 この無自覚な独善さ。

 リズには覚えがあった。

 このような独善的な考え方を持つ『種族』が、かつていた。

 まさかここで会うとは思わなかった。


「この魔獣を倒して、あなたはどうするのです!?」


「さぁな! 倒してから考える!」


 この潔いまでの独善ぶりにイライラさせられる。


「あぁ、もう……!『レイ』!」


「……は?」


「『レイ』……あなたの名前です。どうせ覚えてないのなら、私が名付けます」


「……『レイ』、か。シンプルで悪くない」


 男―レイはリズに向かって親指を上に突き出す。

 レイは、水晶の光るガントレットを眼前に構え、空高く突き出した。

 ガントレットの光が広がり、白金の鱗が全身を覆い甲冑となって纏っていく。

 そして光の中でぐんぐんと巨大化していった。

 

 その巨人になった姿をリズは見つめていた。


「……やっぱり、伝説の巨人族。レイ……あなたは、私の敵なのですか?」

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