幕間
第19話「二人のココロ」
この数日間、レイの口数がめっきり減った事に、リズは心を痛めていた。
理由は分かっているし、自分も同じようにショックを受けている。
だが、一番辛いであろうモックンが無邪気に――時に、二人を気遣うように接してくれるので、あまり表に出さないようにはしている。
それはレイも同じだとは思うが、レイの場合、人生経験が他の同年代の人間より遙かに少ない。
レイが目覚めた祠でわかったのは、レイは先代の巨人・クロムが自らの身体を再生させる為に生まれ変わった存在だという事。
基本的な人格は、先代から引き継いでいるようだが、ほとんど何も知らない幼児か、学を知らない蛮族といったところか。
クロムからレイに生まれ変わり、第二の人生を歩んでから、まだ数日しか経っていない。
何を知っていて、何を知らないのか。
モックンの母を呪縛から解放する為とはいえ、手に掛けてしまった事をどう乗り越えるのか。
そして再び魔獣と戦う事が出来るのか。
リズにはそれが不安であった。
目指すべき委員会の船団が、高い山の頂きに隠れてしまった時、リズは思いっきりため息をついてしまった。
「迂回するルートはなさそうですね……。この馬車を引きながら、山を越えるしかなさそうです……」
リズがため息をついた理由をレイが理解したのは、馬車が砂利と岩が転がる坂道を登らなくてはいけなくなった時だ。
馬に変身しているモックンは息を切らしながらも、必死に馬車を引くが流石に限界がある。
その事にすぐに気が付いたレイは、馬車を後ろからその超人的な怪力で押して助ける。
「モックン、馬車がルートを逸れないように引いてコントロールしてくれ! 俺からじゃ前は見えない」
モックンはレイの言葉を理解したと知らせるように馬の鳴き声でいなないた。
「それじゃあ、私も手伝います」
「手伝うって……。かなりの力仕事だぞ?」
「私には念動力があります。物体が固定されていなければ、念動力で動かす事は可能です」
「よし。じゃあ、頼む」
あまりにも淡白に答えるものだから、リズはなんだか調子が狂う。
「あ……はい」
リズが念じると幌馬車が浮き、押す力は軽くなり、モックンも鞍に掛かる負担がほとんどゼロになって喜んでいる。
「だいぶ楽になったな。よし、このまま進むぞ」
念動力で幌馬車を浮かすのも、リズには重労働であった。
通常の馬車より大きく重量のある幌馬車を浮かすには、相当力を酷使する。
坂の頂上付近で、力の行使に限界が来たのか、突然念動力で浮かされていた馬車は地面に深く沈み込む。
と、同時に押していたレイと、引いていたモックンにも相当の負荷が掛かる。
特に幌馬車を押していたレイへの負担は、幌馬車全重量を支えるのと同じである。
レイは突然の馬車からの重量負担に、腰を落とし、背中と肩で幌馬車をほとんど斜め下から支えた。
「リズっ……! 大丈夫か!?」
「すみません……。大丈夫です……」
リズの辛そうな声に、後ろを振り向けないモックンは気が気ではなかった。
御者台に横に倒れそうになりそうなのを、リズは手をついてそれを堪える。
なんとかレイが馬車を押し上げたおかげで、坂を登りきる事が出来ると、レイはホッと息をついた。
前に回って牽引し続けたモックンを抱きしめると、モックンは元の魔獣姿に戻ってレイに抱きしめ返す。
「坂を登っただけなのに、大げさですよ?」
御者台で汗を流しながらやせ我慢しているリズが言う。
「まだ登り坂はあるかもしれないのに……」
「じゃあ、少し休憩するか」
モックンから鞍を外したレイは、そのまま馬車をひっぱり、森の入り口付近の太い木にロープを巻きつけて留めておく。
「おい、大丈夫か? ちゃんと降りられるか?」
御者台から降りようとしているリズの足元がおぼつかないので、思わず心配して声を掛ける。
「馬鹿にしないでください。これぐらい手を貸してもらなくても……っ!?」
「――っ!」
体力を消耗したリズは自らの身体を支える事が出来ず、バランスを崩して御者台から転落してしまう。
が、いちはやくその兆候に気付いたレイが両腕でリズの身体を受け止め、事なきを得る。
もっとも、その衝撃で二人して地面に倒れ込んでしまったが。
「いって……。おい、大丈夫か?」
地面の土と砂の匂いがリズの鼻を突く。
だが、それよりも、レイの顔を間近に見て、そしてその身体から出る汗の匂いを感じ取ってしまった事の方が、リズには重要な問題だった。
同時に、自分も先程の労働で汗をかいてしまったのだから、レイもリズの汗の匂いを嗅いだ可能性がある。
思わず顔を真っ赤にするぐらい、恥ずかしい事であった。
平手も出そうになったが、自分を助けたせいでこうなったのだ。
あまりにも理不尽というものだろう。
「おい……本当に大丈夫か?」
リズが返事をしないものだから、レイは不安になって、自分の声がもっとハッキリ認識できるように大きく声を掛けた。
「すみません……ありがとうございます……」
顔を思わず隠しながら、リズは立ち上がり森の奥へと進んでいった。
「……なんだ、アレ?」
レイとモックンは見合うと、お互い首を傾げた。
森に入ってそう遠くない場所に、崖の裂け目から水が溢れ出る滝が現れ、その水音が訪れる者の心を落ち着かせている。
「良さそうなところじゃないか。ここで休憩にするか」
「そうですね。それじゃあ、レイは焚き火の準備をしておいてください」
「え……君は?」
「私は汗をかいたので、この滝で水浴びをします。あなたは身体が温まるように焚き火の準備をしておいてください?」
「また俺か……」
「終わったらあなたも入ればいいじゃないですか。……あなた、充分臭いですよ?身体洗った事ないんですか?」
そう言われると、レイも返答に詰まる。
渋々滝壺から離れると、もはや手慣れた行為である焚き火造りを始める。
モックンは誰に言われるまでもなく、この森で取れる食べ物を探しだした。
一緒に旅をし始めてから、少々過保護な二人から遠くへ離れるなと厳命されているため、レイが焚き火台を作り始めた場所からそう遠くない近場で見つけられないか、円を描くように周回して見て回り始める。
レイが滝壺から離れるのを確認すると、この地球に降り立って偽装の為に拝借した村娘の粗末な服を、初めて脱ぐと、白く透き通る肌を、やっと安心して外気に晒すが出来た。
この地球にきて初めての開放的な姿になった事で、心もだいぶ落ち着いてくる。
そして勇気をもって、溢れ出る水が溜まって出来上がる滝壺へとつま先をちょんとつける。
冷たい……でも慣れなきゃ……。
慣れるまでの我慢だと分かっていても、冬が訪れる時期の山の水はじゅうぶん冷たい。
水浴びから上がったら焚き火で身体を温めるのはやはり正解だったと思う。
刺すような刺激に耐え、リズはその身体を水の中へと沈めていく。
何度も削って作ったフェザースティックにマグネシウムの金属棒を擦って火花を起こして種火にし、それを焚き火台に移して火を安定させる。
そんな作業もすっかり慣れ、レイは焚き火を完成させた。
「火を見張っててくれ」
周囲で食べられる木苺を拾い集めていたモックンにそう言うと、モックンは素直に頷き、焚き火の前で集めた木苺をひとつ口に入れて、その味を楽しみはじめた。
「おーい、リズ。焚き火完成させた……ぞ……」
レイは滝壺に訪れ、リズを呼びつけようとするが、そこで目撃した光景に目を奪われた。
金髪の長い髪を、丁寧に水につけた手で解かしているリズ。
水滴が白い肌によって弾き、輝いている。
あの普段の村娘の服からは絶対分からなかった細い身体のラインも、今はハッキリと確認できる。
身体を洗っている最中、その心中はどこにあるのか、物憂げな表情をしていた。
レイは胸に沸き起こるこの感情をどう表現して良いのかわからなかった。
わからないが、目が離せないのはわかる。
ふと、リズが誰かの視線を感じて後ろを振り返ると、呆然としているレイがそこにいた。
「……おう。焚き火完成したぞ?」
どう反応して良いのかわからず、レイは片手を上げて挨拶し、用件を伝えた。
次の瞬間には山中に絹を裂くような甲高い悲鳴が響き渡り、レイの顔面に石が飛んでめり込んだ。
そして倒れ込んだレイの臀部目掛けて念動力で飛ばされた石の数々が次々とヒットする。
「い、いだだだだだだ!! しり! 尻ッ! 尻だけはやめてくれ!」
元の村娘の服をさっさと着たご立腹のリズが、焚き火で暖を取りながら木苺を貪る。
「まったく……王族の肌を見るなんて、不敬罪で死刑ですよ、本来ならば!」
「すまん……。だが焚き火が出来たら来たんだぞ?」
「私が戻ってからで良いんじゃないんですか?」
「……あぁ、そうだな」
レイとリズが不機嫌そうにしているのを、モックンは不安げに二人の顔を伺っている。
「全く……私とした事が……。私は女で、あなたは男。そんな簡単で単純な事すら忘れていたなんて、一生の不覚です。この先、私は自分の身が危険で夜も眠れません……」
「いや、なんでだよ。俺は君を守るぞ?」
「……そのあなたが私に危害を加える可能性が今出てきたと、言ってるんです」
「いや、だからなんでだよ……? なんで俺が君に危害を加える可能性があるんだ……?」
「……え? ……ん? あの……私の話、理解出来てます?」
「は? 当然だろ? 俺は君を守るし、君に危害を加えない。当然だろ?」
なんだか会話が噛み合わない。
特にそう感じるのはリズで、レイ自身は自分がおかしい事を言っているとは微塵も思っていない。
もしかすると、レイは本当に『そっちの意味で』リズを襲うつもりは無いのかもしれないと、リズには思えてきた。
すると、次の疑問が湧く。
「あのー……ちょっと質問なんですけど、レイ。あなたは人間の女性に大して何か特別な気持ちを抱いた事ありますか?」
「は? なんで女性限定なんだ? 男は?」
「あ、いえ……それはそれで別の問題で、かえってややこしい事になると言うか……」
「別に何も感じた事はないぞ? 人間が魔獣に襲われたら守らなきゃいけないとは思うが、他は特には……」
「そう……なんですか」
リズは今、遠回しに『異性に対してどう感じているのか』聞いてみたのだが、答えはこれである。
もしかして、目覚めたばかりで、そういう感情が無いか未発達なのかもしれない。
あるのは、クロム譲りの正義感だけ。
……だとすると、ほんの少しだけ期待をしてしまっていた自分が恥ずかしい馬鹿だと言うことになり、リズは少し悲しかった。
「あ、いえ、だとすると、本当にあなたは私に危害を加える可能性はないのですね、安心しました。さすが巨人族です」
途中から自分で言っていて悲しくなってきた。
巨人族とはそういうものかもしれない。
他の異星人の異性に対して、何の感情も沸かない。
そう考えると、リズの胸は苦しかった。
「……あ、そういえば、さっきのアレは違うのかな?」
「えっ?」
レイが思い出したかのように、ポツリと漏らした。
「ほら、さっき。焚き火が出来たから呼ぼうと来た時。……リズを見てると胸が苦しくなって、でもずっと見ていたいって気持ちになった。……なんなんだ、コレ?」
「……へっ!?」
レイの唐突な心中の告白に、リズの顔は真っ赤に、熱くなった。
そのレイがじっと目を細めて、自分の顔を近くに寄せ、見つめてくる。
「ん~……今も多少なるな。なぁ、なんなんだ、コレ?」
「し、知りません……」
リズは自身の膝に顔を埋めて、レイの質問に知らぬ存ぜぬを貫き通した。
「リズは俺よりなんでも知ってるんだろ? なら分かるはずだ! 俺の身体が何かおかしいのか!?」
「知りません知りません……!」
膝に顔を埋めながら、否定するように顔をブンブンと横に揺さぶった。
だが、嬉しかったのも事実だ。
可能性としては、ずっと今の今まで一緒にいたからかもしれない。
あの砦で出会って以降、ずっとひとりでいた事はほとんどない。
だからかもしれない、自分もそうであるように。
「そうか……。知らないか……。……俺も水浴びとやらをしてくる」
レイはそう言って諦めると、虎の子のガントレットをリズの前に置き、自らの粗末な布の服をその場で脱ぎ捨てた。
「!? ……ちょっ!? なんでここで服を脱ぐんですか!? ――ってぇええ!?」
「? どうした?」
リズが諌めている最中に、レイはどんどん服を脱ぎだし、皮の靴も放り投げると、平然と全裸になった。
当然前でぶら下がっている物も見ようと思えば見えてしまうので、リズは必死で手で目を覆う。
「ちょっ!? あなた!? 王族とかはともかく、人前で裸になって恥ずかしくないんですか?」
「は? なんで?」
そのレイの一言で、リズは全てを理解した。
巨人族の異星人、クロムの生まれ変わりであるレイは、巨人族として必要な物以外は何も知らない無学なのだ。
巨人族として他者とコミュニケーションはとれても、常識を知らない。
そして知らないなりに真似をして合わせるが、何故そうするのかが分からない。
あとは本能の赴くままに生きている。
巨人族が嫌われている理由がまたひとつ理解出来た。
彼らは独善的な正義感を持つ蛮族なのだ。
戦う事にしか興味がないと揶揄されるのもわかる。
「もういいか? そろそろ寒くなってきた……」
レイは冬前とはいえ日中でも冷たくなった空気に身体が晒されて我慢の限界だった。
足音が遠のいて、やっとリズは覆った手を下ろすと、再びレイの身体を見て驚愕した。
その身体のあちこちに傷跡が痛々しい程出来ていた。
おそらく、全て目覚めてから今まで巨人として戦ってきた時に負った傷だろう。
左手と背中に自分が癒やした矢傷もある。
あの全ての傷を負って、彼は今ここにいるのだ。
ギアスを倒して、地球侵略を止めさせる為。
リズの両親を助ける為に。
その為に、彼はもっと傷を負うのだろう。
そう思うと、心が痛かった。
自分に出来る事は何があるだろうか……?
「つめたぁあああああ……!」
滝壺の冷たさに絶叫しているレイに呆れながら、自分に何が出来るか考えていた。
「うぅ……寒ぅ……。水浴びなんてするもんじゃあないな……」
「ちゃんと身体洗いましたか? ちゃんと汚れを落とさないと、意味ありません」
「そんな余裕ないっ……!」
焚き火で冷えた身体を温める為に、リズやモックンより近くで焚き火の熱気にレイは当たる。
山の中の森はすっかり暗く、木々の隙間から星が見えていた。
「あの……レイは大切な人はいますか?」
「は? なんでそんな事を聞くんだよ。俺は目覚めてから数日だぞ?」
「まぁ、そう……なんですけどね……」
自分でもなんでこんな質問をしたのか。
あの日以来、レイはあまり口を開かなかったのに、今日はひと騒動起きたおかげか、喋るようになってくれたのが嬉しかったのか。
「……リズとモックン」
「へ?」
『キュイ?』
リズの素っ頓狂な声と、星を眺めて数を数えていたモックンがこちらを向いて聞いてきた。
別に呼んだわけじゃないと、レイはモックンに言って星を数えるのを続けさせた。
「俺が大切な相手は君らだよ。それ以外はいないな」
「ま、まぁ、そうですよね」
自分をモックンと同じとはいえ大切な存在に扱ってくれる事が、リズには嬉しく、胸が熱くなった。
「私もですよ。あなたに、モックンに……お父様や……お母様」
思わず両親を挙げてしまい、その安否が不安になって、声が歪む。
そんなリズにレイは励ます。
「……絶対助けような」
「……はいっ!」
今度はレイがリズに尋ねてみた。
「両親を助けたら、リズはどうするんだ?」
その質問に、リズは少し表情を曇らせた。
「おそらく月で……顔も名前も知らない許嫁と結婚するのだと思います」
「そうなのか」
リズが話している事を理解できていないレイはわかったように相槌を打つ。
その様子から、言っている事が理解出来ていないと看過したリズは独り言のように続けた。
「知らない相手の妻となって、その方の子供を生んで……母親になって……。年老いて死ぬまで月で不自由に暮らしていくんです。王族なんていっても……自由なんてないんですよ」
「そう……なのか?」
リズの声のトーンが沈んでいる事を察知したレイは、伺うようにリズに尋ねる。
「ですから、不謹慎ですけど……今が人生で一番自由があるんですよ……。ふふっ……」
笑顔でそう答えるが、本心のようにも聞こえるし、楽しそうであると偽装しているようにも見える。
「……本当は、月なんかに戻らずに……。この地球の色んなところを見て回る旅をしたいんです!」
「今やってるじゃないか」
「やってる事は同じかもしれませんけど、目的が全然違います! もっとこう……目的はないですけど、地球上の知らない世界を見て回りたいんです……! ほんと、わがままですよね!」
えへへと、作り笑いをするリズの目尻に涙が浮かんでいるのは気の所為ではないと思う。
「じゃあ、全てが終わったら行くか、一緒に」
「……へ?」
唐突なレイの提案に、リズは面食らって素っ頓狂な声を上げる。
「リズは本当は旅に出たいんだろ? 月に戻らず。じゃあ、そうすれば良い」
「で、でも……そんなワガママ、お父様やお母様がガッカリします……」
「知ったことか! 大事なのは君がどうしたいかだ! 月に戻って不自由に暮らすのか!? 地球で自由に旅がしたいのか!? どっちだ!?」
レイはリズを正面に捉えて逃さず、はっきりと問いただした。
「……しょ、正直に生きていいんですか? 大勢の人に迷惑を掛けちゃうような生き方をしても……」
「リズが本当はどう生きていきたいか、それだけ考えれば良い!」
自分が今まで迷っていた事……。
それを目の前で、逃げられないようにハッキリと決めさせられる。
それは本当に怖い事であったが、いつか答えを出さなくてはいけない事なのだ。
自分がどこの星の生き物であろうと、一度の人生は一度切りだ。
長い寿命であるなら、それこそ、後悔のない生き方がしたい。
「……つ、月に……」
「うん……?」
リズは自分を正面に捉えて逃さなかったレイを――抱きしめて宣言した。
「月に帰りません! 両親を助けて、このまま地球で……ずっとずっと……あなたと一緒に旅をしたいです!」
その覚悟を決めたリズの宣言は山中に響き渡った。
「お、おう……! そうか! 決めたか! 良かった良かった!」
レイは戸惑いながらも、リズの決めた生き方を誇りに思い称賛した。
自分がなぜ抱きつかれているのか、よくわからないが。
リズはリズで、レイの反応を見て何も分かっていない事を理解していた。
「な、なぁ……なんでくっついているんだ?」
「寒いからです」
「あぁ、そっか。めっきり寒くなったな」
「なので、今日はあなたにくっついて寝ます。私を温めなさい」
「えー……」
「何か不満でも? 王族たる私を抱いて眠れるんですよ? 月では恐れ多い行いを許しているんですよ?」
何かリズの理屈はおかしい気がするが、確かに温かいし、気持ちよく眠れるかもしれない。
「じゃあ、モックンもおいで。寝る時間だぞー」
横になって星を数えていたモックンはいつのまにかウトウトと睡魔に負けてしまっていた。
まだ朦朧と意識のあるうちに呼ばれたレイとリズの側まで寄ると丸まって眠ってしまった。
「モックンあったけぇ~。じゃあ、おやすみ~」
レイも睡魔に負け、リズとモックンをブランケットで包むと焚き火の前で眠ってしまった。
リズはモックンの暖かさもさることながら、レイの身体の暖かさを感じて眠る事に、幸福感を感じてしまった。
いつだったか、幼き日に怖い夢を見て、父親の寝室で眠っている父の横に潜り込んだ事を思い出す。
あの時の父のような安心感を感じる。
その面影をレイに見るが、自分がいった事を多分ほとんど理解していないんだろう。
それでも、迷っていた自分に対して正直に生きろと諭したのは、レイの本心からの行動なのは間違いない。
辛いことがあっても、傷ついても、決して歪まない、歪んでほしくない。
あの時、あの砦で出会ったのは、運命だったのかもしれない。
もしそうならば、望みはもうひとつしかない……。
お願いです、この人を私から奪わないで下さい……。
リズは願いを込めて、親愛の証をレイに額につけ、自分はブランケットに潜ってしまった。
寝ぼけたレイは、自分の額に何かされたような感触はあったが、それが何かわからないまま、意識を奈落へと沈ませていく。
また夜が過ぎていく。
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