第五章:火吹山の伝説
第20話「火吹山のドワーフ」
その山は『火吹山』と呼ばれた。
かつてその山の頂きが、火を吹いたからだと言われている。
山が火を吹いたのは一度だけ。
周囲の森や動物を焼き払い、生きとし生けるもの全てを灰へと変えた。
そして、命からがら生き延びた人々は、山の頂きに大きな翼を持つ赤い皮膚の鱗の生き物――ドラゴンを目にした。
人々はそのドラゴンが、この山に火を吹かせ、生命を焼き尽くしたと恐れ、その山から離れていく。
そして人間がその山を去ってからしばらくして、人間より背の低い人々が山に住むようになったのだ。
彼らが何者か、山を去った人間は名付ける事もなかった。
後に残るのは、山の伝説だけ。
その山は『火吹山』と呼ばれた。
坂を登り、平坦な山道を進み、山越えを目指すレイ達は、これ以上登り坂に出会わない事を祈りながら進んでいた。
幾度となく登り坂を登って数日、馬車が立ち往生しないように慎重に進む日々、いい加減うんざりしてくる。
馬車はモックンとレイが交互に休憩しながら牽引し、途中の難所をリズが念動力で浮かせて越えていく。
疲れては休憩し、体力が戻れば進み、難所にぶつかるとその都度知恵を絞って攻略し、休憩して眠りにつく。
そうやって進んで山越えを目指すが、別に頂上を目指すわけではない。
山の向こうに停まっているはずのギアスの船にたどり着ければそれで良いのだが、未だその頂上を通り過ぎてもいない。
頂上を迂回さえしてしまえば、あとはひたすら下り坂。
もっとも、その下り坂も注意して降りなければ転落するという意味では、登りと同様に慎重に進まねばならない難所である。
何度目かの坂を登り、平坦な道を進んでいくと、森や草といった緑あふれる自然はいつしか姿を消し、石や岩などの一面茶色と灰色で包まれた世界がおとずれた。
一瞬で世界が変わったような気がする。
草木の匂いが消え、土と埃が漂う淀んだ空気が立ち込める。
「何ですか、ここ……。あまり良い環境ではありませんね」
「なんか鼻が痛くなってきたな……」
レイとリズは二人して鼻を覆い、レイに至っては鼻の通りが詰まって気になるのか、鼻を揉みだした。
モックンも馬の姿のまま、クシャミを繰り返す。
「絶対空気良くありませんよ、ここ……。さっさと通ってしまいましょう」
山頂も間近の石と岩だらけの中腹を、崖と砂利に気をつけて迂回していると、先程の異臭の原因のひとつが見えてきて、リズは理解した。
「ははぁ……。あれのせいですね」
山の中腹に横穴を開けた鉱山道の入り口が見えてきた。
木の丸太で組んで補強した入り口に、横には掘り出した鉱石を精錬する溶錬炉があり、赤々と燃える炎で掘り出した鉱石を解かして型に流している。
そしてその鉱山で働く者たちの休憩所や寮といったものも、鉱山に併せて作られていた。
だが、なによりリズを驚かせたのは、その鉱山で働いているのが、人間ではなく『ドワーフ』であった事だった。
「れ、レイ! 見て下さい! 本物ですよ!? 本物のドワーフです!」
「は? え? どわーふ? 何? あの小さいジイさんの集団が?」
長いヒゲを生やした、成人の人間より少し低い程の身長しかない、老人のような外見でありながらその身体は屈強そのもの。
隆々とした筋肉でツルハシを振るい、汗を垂らしながらふいごで火を調整し、熱気に負けじと型に流し込んでいく。
かつて旧人類が文献で伝説として記した種族が、伝説ではなく、今目の前にいる。
母星の月のライブラリーの文献でしか知らない存在を、生で見ているのだ。
リズはたまらなく興奮し、はしゃいでいる。
当然、何の知識もないレイにとっては、ドワーフなど特別興味もないし、はしゃいでいるリズには若干引いている。
「ね? ね? ちょっと寄って行きましょう!? 休憩もしたいですし!」
「あぁ、うん……いいんじゃないか?」
「はい! モックン、お願いします!」
レイがドン引きしながら割とどうでも良く返事をすると、それを了承と受け取ったリズがモックンにお願いして進路を変えてもらう。
モックンが砂利で敷き詰められた鉱山に近づくと、さすがに作業をしていたドワーフ達も、レイ達の馬車が来たことに気付く。
「なんだ、ありゃ?」
上半身を筋肉で剥き出しにした黒い髭のドワーフが関心を持ち、近づいてきた。
「すみませーん! 休憩と見学させてくださーい!」
「はぁ? 見学だぁ?」
リズは御者台から颯爽と降り立つと、目を輝かせてドワーフ達を次々と見つける。
「わぁ~……。私、初めてドワーフさん達を生で見ることが出来ました~! 嬉しいです!」
「……はぁ、またドワーフって言われてらァ……。俺たちやっぱりドワーフなのかなァ……」
黒い髭の比較的若いドワーフは、リズにそう呼ばれると、ため息をついて作業に戻っていった。
その彼の言い方に、リズは違和感を感じた。
「あれ? ドワーフさんじゃないんですか?」
「さぁ、知らねぇな。俺たちは他の種族の奴らに滅多に会ったことないもんでな。自分たちがなんて種族かは知らんし、興味なんかない。聞きたい事があんなら、長老ンとこ行きな!」
「長老さん……ですか?」
「鉱山の奥で、誰よりも仕事してるぜ」
それを聞くと、リズがはしゃいでレイとモックンを手招きする。
仕方なしに御者台から降りるレイと、馬から元の魔獣姿に戻ったモックンが、その手招きに応じてリズの後をついていくように鉱山へと共に入っていく。
馬が魔獣姿に変わった時は、さすがに他のドワーフ達も驚いたが。
道中、ツルハシやシャベルで掘り進み、採掘作業をすすめるドワーフ達にリズは会釈をしながら、鉱山の奥へと進んでいく。
掘り出した石や岩が地面にゴロゴロと転がり、尚且坑道は奥に進むに連れて下へと下がっていく。
転倒しそうになる足元に気をつけながら、リズ達は奥へと進んでいく。
坑道は掘り出した鉱石を運ぶ一輪車や台車が行き交う大きな通路と、その脇をいくつも作って枝のように掘り進んでいる狭い通路に分かれていたが、大きな通路は木で補強されてまた他の通路より幅が広いので、迷う事はなかった。
道中の一輪車で鉱石を運ぶドワーフによると、長老がいるのはその一番奥で間違いないようだ。
進むに連れて、どんどん匂いがきつくなり、三人とも鼻を押さえて進むが、吸う空気も悪くなってきたのか、咳き込むようになってきた。
「……なぁ、長老とやらの話を聞いたら、さっさとここを出るぞ。狭いし暗いし空気が悪いし、なんか嫌だ」
「わかりました……。私もあまり長居はしたくないです」
『キュイ……ケフンッ!』
鼻を押さえるモックンがあまりの匂いにクシャミをする始末である。
奥にたどり着くとそこに、大きな岩盤相手にツルハシで格闘している、禿げ上がった頭に巻いた白いバンダナを汗まみれにしている最も老け、そして誰よりも筋骨隆々のドワーフがいた。
「あのー、すみませーん! 長老さんですかー!?」
「なんじゃーい! 見てわからんかー? 今大事な仕事の真っ最中じゃー! 邪魔せんといてくれー!」
長老は硬い岩盤を攻略するのに夢中で、一切振り返りもせずに答えた。
「私達、ドワーフさん達の話を聞きたくて来ましたー!」
「なーにー? お前らはまたわしらをドワーフと呼んどる連中かー!?」
仕事の邪魔をされ、しかもドワーフ呼ばわりされた長老は腹が立って作業を中断し、振り返る。
すると、ドワーフと呼んだリズよりもその後ろの長身の男の姿が目に入った。
そしてその右手に白金のガントレットをはめている事に気付き、自身がドワーフ呼ばわりされた事などとっくに忘れ去ってしまった。
「あー!? お前さん、巨人族かー!?」
その大きな声を坑道中に響かせ、レイの存在に長老は驚いた。
「な、なんだ……また何か因縁があるのか……?」
以前にも似たパターンがあったような気がして、レイは近づいてくる長老に警戒心を抱く。
「その右手の甲冑の篭手の意匠と素材……この世に二つと存在せん。お前さん、伝説の巨人族じゃな!? 少なくとも関係あるじゃろ!?」
「お、おう……。巨人族だ」
「やっぱり……! という事は、わしが追っておる代物も伝説ではない! よーし、やる気がみなぎってきたぞー!」
そう言って勝手に納得していると、リズを無視して長老はまた再び作業に戻り、硬い岩盤と格闘を始めた。
先程の質問や問いに一切答えてくれなかったのが悔しいリズは、先程のレイとのやり取りで増えた疑問も含めて再び質問する。
「あのー! あなた達は本当にドワーフなんですかー!?」
「さぁー? ワシらは詳しい事は知らーん! 興味なんぞなーい!」
「じゃあ、さっき言ってた、『伝説』ってなんなんですかー!?」
その質問に、長老は生き生きとした笑顔で振り返って答えた。
「伝説の……『聖剣』じゃー!」
「せ、聖剣……?」
レイはその理解できない答えに呆気に取られるが、リズは目を再び輝かせた。
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