第6話「魔王降臨」

「いててて……!」


「我慢して下さい。あんな無茶な戦いをしたあなたが悪いんです。……なんで私がこんな事……」


 リズはぶつぶつ文句を言いながらも己の力の一つである治癒能力で、レイの脇腹を貫通した傷を治療している。

 普通なら重症か、もしくは死に至るような傷を負いながらも戦い、逃げる怪鳥を捕まえ、トドメをさした。

 常人なら不可能だが、あの牢屋の扉を蹴り飛ばす超人の力、そして巨人となって魔獣と戦う力。

 リズは間違いなくレイは巨人族だと確信していた。

 だが本人は何も分からない覚えていないのだ。

 巨人族である事実は、リズ自身に不安を抱かせたが、それでもこの地の人間を守る正義感で動くレイ自身に対しては不安はなかった。多少独善的でマイペースで困惑する事は多いが。


「巨人族のくせに、何も出来ないなんて……。ほんと、弱いんですね……」


「弱いって言うな。未熟と言え」


「はいはい……」


 傷が塞がるのを確認して、リズは立ち上がる。


「傷が治ったらさっさとここから立ち去るべきです。今の戦い……私達以外の誰かが見ていても不思議でありません。あそこまで巨大だと、遠くの場所からでも目撃されているはずです。……きっと委員会もあなたの存在に気付いているはず。ですから、あの怪鳥が解き放たれたと思います」


「賛成だな。また魔獣が現れたらたまったもんじゃない。さっきの戦いで俺のエネルギーはほぼ無くなったし、今は巨人に変身する事が出来ない。逃げるしかないか」


 砦が建っている岩肌の高台から更に降りた草のお生い茂る丘で合流していた二人は、四方を確認する。

 一方にはレイが以前助けた村があり、どこかアテにするのならそこしか考えられなかった。

 

「どこでもいいです。委員会の連中が来ないうちに……。……っ!?」


「ど、どうした?」


 気配を感じたリズは直ぐに砦から見下ろせる平原へと視線を巡らせた。

 

 それは透明であった。

 だが、よくよく目を凝らせば、透明ではあっても、円盤のような形が回転しているのがわかる。

 その回る円盤が遙か遠くの空から、この平原へと異常な速度で近づいてきた。

 円盤は上空で浮かびながらも、透明から銀色の美しい姿を現す。

 その銀色はこの世のものとは思えない色で、ところどころが七色に光っている。

 円盤から眩い光が地面に照射されると、そこから一人の男と、異形の姿をした兵士らしき者が数人降りてくる。


 銀髪の丹精な顔立ちをした男はこの土地の人間とはかけ離れたような格好で、たとえ外見が人間のように見えても異形の者たちと同類なのだと推測出来る。

 その銀髪の男は脇に黒鉄の甲冑の兜を抱えて兵士達を行き連れ、レイとリズの目の前に立ちふさがる。

 異形の兵士は、黒光りする大筒のような武器を、両手で構え、二人に狙いを付けて、回り込む。


「おい、なんなんだお前達!?」


「そ……その兜……は……」


 リズが目の前の銀髪の男に、恐怖で震え上がっている。

 だが、目の前の男はそんな事を一向に気にしていなかった。


「あぁ……ここが、千年振りの『地球』か……。空気は――大して変わっていないな。人間も相変わらず変わってはいないようだ」


「い、『委員長』……!」


 リズが恐怖で震えながらも負けじと睨み、目の前の男の名を呼ぶ。


「おやおやおや? こんな所にいたのか、『反逆一族の王女』よ。命惜しさに逃げ出したのが、よりにもよって地球とは……。そんなにココに住みたかったのか?」


「それが……お父様……いえ、我が一族の悲願です!」


「それがあの結果か? 虚しいな……『委員会』の方針に従っていれば、その悲願とやらを達成出来ていたのになぁ?」


「今住んでいる人達を排除してまでの入植だなんて、非道すぎます! これでは、入植ではなくて、侵略です!」


「それはここの原始人も同じだろう……。さて、そんな無駄な話をしに来たんじゃない。千年振りの『友人』に会いに来ただけなんだがなぁ……?」


 銀髪の男――委員長はそう言って、レイの方を見る。それも全身を舐め回すような視線でだ。


「ふぅむ……その姿は人間に擬態したものか? 私のように? それともそれは新しい『依代』なのか? 昔の事は何も覚えてない?」


「なんだ、お前は……? 俺はお前の事など知らん!」


「ふ~む、覚えていないのなら、自己紹介が必要だな……?」


 委員長はそう言うと、脇に抱えていた兜――鉄仮面を被った。


「『変身』……」


 怪しく禍々しい甲冑の兜である鉄仮面をかぶると、黒鉄の鱗のようなプレートが展開し、全身を覆って甲冑のようになった。レイのように。


「お前も……巨人?」


「では、改めて自己紹介しよう。私の名前は『ギアス・ゼル』、『星団委員会』の委員長であり、この星の原住民どもが呼ぶ『魔王』とやらであり……お前と同じ、『巨人族』だ」


 身体のサイズこそ等身大ではあるが、その姿はまさに巨人になったレイと酷似している。

 そして自らが、ここの人々が恐れている「魔王」だとハッキリと名乗った。


「お前がッ……! 魔王ッ!」


 レイはエネルギーのほどんど残っていないにも関わらず、ガントレットの右手で魔王―ギアスに飛びかかって殴りかかった。

 が――右手はギアスの顔に届かず、身体全部を念動力でビタリと固定されてしまう。

 レイの攻撃を止める事は造作もない事であったが、その右手のガントレットから白金のプレートが展開し、右腕だけが甲冑に変化している事に気がついた。


「なるほど……。千年前の戦いで力を失ってはいるが、それを取り戻す片鱗ぐらいはある……か。面白い。わざわざ会いに来てやった甲斐があったというものだぞ、我が友よ?」


 ギアスの手が少しだけ動くと、レイの首は巨大な手に鷲掴みにされたかのように強く締め、吊り上げられる。

 喉や肺から空気が絞り出され、血の巡りは悪くなり、顔は赤く体中がむくむ。


「ぐっ……! あっ……! はっ……!」


「レイッ!」


 リズは自らの念動力で、固定され締め上げられているレイを引き戻そうとするが、不可能だと分かるとレイの身体を後ろから抱きかかえ、ひっぱりあげようとする。どちらも当然不可能なほど、ギアスの力は強すぎた。


「おやおやおや? どうした王女よ? その巨人を助けてどうするつもりだ?」


「彼はあなたを倒す為に必要なのです! あなたは……私の両親を!」


「あぁ……その事か。君は知らないんだったな、ご両親の末路を……」


「っ!?」


 ギアスは兵士から金属の板が何枚も不規則に重ねられたプレートを指で何回か撫でると、そのプレートから青い粒子が扇状に飛び出し、そこに灰色の大きな石のような十字架と一体化した彼女の父と母が映っていた。


「お父様っ! お母様っ!」


「安心しろ、王女よ。彼らはまだ生きている……が、このままでは死んでいるのと変わらない。ご両親を助けるには私を倒しに母船に行くしかない……。だが……君では……無理だよなぁ?」


 ギアスのあざ笑うような仕草に、リズは堪えきれない怒りを溢れる涙とともにギアスにぶつける。


「ギアス! 私はあなたを……絶対に許さない!」


「なら、私の古き友の力を借りるしかないなぁ? ……もっとも、奴は今、目覚めたばかりで、本来の力のほとんどを失っている……。私を倒すなど、不可能だ」


 そのレイは首を締め上げられながらも、喉から声を絞り出す。


「魔王……いや、ギアス……とか言ったな……? なんで……お前はここの人間を……滅ぼしたいんだ……? 入植するだけなら……そんな必要……ないはずだろ……?」


「……まるで千年前と同じ事を言うんだな、貴様は。……良いだろう、答えてやる。……だから何だ? それのどこが悪い?」


「っ!?」


「野生の畜生を駆除してからの開拓なんぞ、昔からここの人間共はやっているぞ? つい最近奴らが見つけたとかいう新しい大陸の原住民も、奴らは力で支配したそうじゃないか? それとどう違う? 力の強い者が弱い生き物を駆逐して支配する、ごく普通の事だ。 奴らがやっている事を我々が行って、何故非難されるんだ? 理不尽じゃぁないか?」


 ギアスは、本当に悪い事だとは思ってもいないようだ。だが、その芝居がかった馬鹿にするような態度は、本当は楽しくて仕方がないとも思える。


「それが……本当だとしたらっ……俺はソイツらが許せない……! だけどな……それでもお前らが……同じ事をして良いっていうっ……理由には……ならない!」


 その時、ガントレットの水晶が光り、白金のプレートが全身を包むと、ギアスの念動力による拘束が解かれた。

 ギアスと同じく、等身大のまま、全身甲冑姿になったのだ。

 レイはそのまま自身の怒りを込めた拳をギアスの顔面目掛けて叩きつけようとしたが、強力な防御壁によって弾かれてしまう。

 拳が届かない事を悟ると、レイはすぐにリズを庇うように守る。


「おやおやおや……! エネルギー切れのガス欠だと思ったら……まだそれだけの力が残ってたか!」


 レイは甲冑姿のままリズの肩を抱いて守るように寄せ、四方八方の異形の兵士達、そして魔王ギアスから逃げる方法を探していた。


「~~~~~~~~!!」


「~~~~~~~~!?」


 異形の兵士達は謎の言語を喋り、レイや人間たちが見たこともないような長物の武器を構えて威圧する。大筒のように、あの丸い穴から何かが飛び出すのだろう。


「おいおいおい、みんな止せ……。私の旧友だぞ? ここは見逃してやれ……。古き友よ……お前に二つの選択肢をやろう」


「選択肢……?」


「ひとつは、私の考えが正しいと理解して、私の仲間になる。お前はまだここの人間たちの愚かさを知らんから、奴らの味方をしようなどと思うのだ」


「そんな選択肢、俺はっ……!」


「もうひとつは、やっぱり私を倒す。だが、今の未熟で弱いお前にそれは無理だ。あんな雑魚二匹相手にしただけでその有様だからなぁ? だから強くなれ……。強くなったお前と戦いたい……。そして……私はお前を倒す。……さぁ、どうする!?」


 選択肢は決まっている。だが、本気を出していない今でさえ、レイはギアスに手も足も出せない。強くならなければ、ギアスに勝てない。


「せいぜい考えてから決めるんだな。だが、あまり待たせるなよ? 委員会の連中は、はやくこの星に住みたくて仕方がないんだ。勝手に侵略行為を行うかもしれんなぁ~?」


「クソッ! そんな事……俺がさせん!」


「ま、せいぜい頑張るが良い、古き友よ……」


 ギアスが軽く手を上げて合図を送ると、奴らが乗り付けてきた円盤の船が上空に現れ、光がギアス達を持ち上げ、そのまま円盤の中へと入っていった。

 円盤はまたたく間に透明になり遙か彼方に消え去っていった。

 

 警戒を解くと、ガントレットによって展開した甲冑がまた白金のプレートの鱗に戻り、ガントレットの中に戻っていった。


「ギアス……俺はお前を必ず倒す。ここの人々の為にも……!」


――お前はまだここの人間たちの愚かさを知らんから、奴らの味方をしようなどと思うのだ。


 俺は……人間の味方だ……。


「あ、あの……」


「え?」


「いつまでこうしているつもりですの?」


 気付くと、レイはリズの肩を抱き寄せたままであった。危険は去ったのに、いつまでもこうされるのは恥ずかしい。それはリズの赤く照れている表情からも分かる。

 事態に気付き、レイはさっと離した。


「あぁ、すまない」


 特に感情や表情を変える様子が無いレイに、リズは少しだけ寂しい気持ちになっていた。

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