第5話「怪鳥を討て!」

 怪鳥は巨人になったレイの頭上を警戒するように周回している。巨人に変身し戦える状態にまでアドバンテージを持ってきたが、実際にどう倒すか思案していた。

 四十メートルの巨人とはいえ、相手は遙か上空。つま先立ちになって手を伸ばしても届かない。思わずよろけてバランスを崩しかける。


「何をやっているのですか!? 相手は空を飛んでいるのですよ!? あなたも飛びなさい!」


『と、飛ぶ!? 飛べるわけないだろ!』


「いいえ! あなたが巨人族なら飛べるはずです! さぁ、飛びなさい!」


『さぁ、飛びなさいって……。飛び方を知らんのだ!』


「あぁ……もう」


 リズ曰く、巨人族は空を飛べるらしいが、その飛び方を知らないか忘れているレイにとっては、能力としては飛べたとしても飛び方を習得しない限り飛べないのと同じことだ。

 飛べるならあの怪鳥を捕まえる事が出来るのに……。

 そう思っていると、巨人となったレイの背中目掛けて、砲弾やバリスタの矢が飛んできた。


『痛っ! いたたたたっ!』


「巨人だー! 魔族の巨人を撃てー!」


 怪鳥に食い荒らされパニックになった兵士が、巨人になったレイを敵だと思って攻撃し始めている。四十メートルにもなれば砲弾も巨大な矢も豆鉄砲程度にはなろうが、それでも痛いものは痛い。


「っ!」


 リズは念動力で大筒を操り、兵士を吹き飛ばし、バリスタ目掛けて大筒をぶつけて破壊する。


「静まりなさい、下郎! 今、誰が何のために戦っていると思っているんですか? 目の前の巨人が、何の義理もないあなた達を守ろうと必死に戦っているのに、その背中を撃つ非礼がありますか!? 無礼者!!」


 リズは念動力ですべての大筒を空中に浮かせその支配下に置くと、更に自身の力で操っている大筒に火薬と砲弾を詰め、いつでも砲撃出来る準備を整えた。

 その一連の動作に、兵士はみな怯えきる。


「魔女だ……やっぱりあの女は魔女だ……」


「えぇ、私は魔女です。この魔女とあの巨人に仇なす人間全て、私の敵です。もし邪魔をしたり逆らうつもりなら、この大砲の砲弾を直接その身に受けてもらいます!」


 リズの鬼気迫る脅迫は、その場にいる兵士全員を縮み上がらせるには充分過ぎた。


『おい! 頼むからあまり怖がらせないでくれ! これじゃ完全に俺たちが悪者じゃないか!』


「あら? 『一番の敵は無能な味方である』……こんな言葉は存じません? 後顧の憂いを払って差し上げただけです」


『俺が記憶喪失だって事、忘れないでくれ。 何にも知らないんだからな』


 背後の無能な味方からの攻撃が止み、意識は全て前方上空にいる怪鳥に向ける事が出来る。だが、それでもあの空を回遊する鳥を捕捉出来る方法が思いつかない。


「空が飛べないのでは、捕まえる事は出来ませんね」


『撃ち落とせないか?』


「矢や砲弾では距離が届かないでしょう?」


 レイが何か良い方法が無いか、後ろを振り返ると、その隙に上空を回遊していた怪鳥はレイ目掛けて一気に急降下してくる。空を飛んでいた時は遠近感で錯覚を起こしていたが、レイに近づけば近づくほど、怪鳥の大きさが際立つ。四十メートルサイズになったレイとほとんど同等の大きさであった。

 胴体はレイ程あり、翼は当然大きく長い。足など、その力強い指で掴まれたら二度と離さないのではないかと思える程だ。

 襲いかかった怪鳥を寸でのところで避けると、怪鳥はそのまま上昇し、再び回遊する。

 バランスを崩したレイは、石造りの砦の壁にまんまと倒れ込み、壁の一部を壊してしまう。

 急降下する怪鳥の風圧と、倒れて崩れ飛んだ石をリズは防御壁でなんとか防ぐ。


「危ないでしょう!? 私を潰す気ですか!?」


『すまん! 完全に油断した』


 怪鳥はレイが油断した隙を狙って急降下して飛び込んだ。だが、無理はせず捕まえきれないと判断した時はすぐさま上昇して逃げ去る、ヒット・アンド・アウェイ。

 つまり、怪鳥が狙って急降下してきた時が、逆に怪鳥を捕まえられるチャンスでもあるのだが、それは自分が怪鳥の攻撃をまともに食らう可能性も高い。

 どちらにせよ、怪鳥を捕まえる事が出来るチャンスはそれしかない。

 今出来るベストを尽くすしか無い。

 レイは崩れて尻もちを着いた砦の残骸から身体を起こそうとした時、右手の崩落した砦の壁の残骸に意識を向けた。

 ……案外、使えるかもしれない。

 立ち上がると同時に、右手に掴んでいた石壁の瓦礫を怪鳥に投げつける。

 怪鳥はそれを余裕で避けると、鋭いクチバシを先端にし、自身をまるで槍そのものにして、レイを狙い急降下した。

 投げた瓦礫を避け、それで隙が出来たと思い込んだ怪鳥が自分を狙うのは予想通りだった。

 あとは捕まえるだけだったのだが、クチバシで突き刺す戦法だったのは予想外ではあった。

 

『ぐっ、あああああああ~~ッ!!』


 槍のようなクチバシがレイの左脇腹を突き刺し、貫通したその傷口の前後から鮮血を吹き出させた。


「レイっ!」


『ぐ……クッソ! 捕まえた……ぞ……!」


 怪鳥が逃げないようにクチバシと首を鷲掴むが、抵抗が激しく完全には捕まえられない。大きな翼がレイの顔を叩き、力強い足が大地を何度も蹴り、抵抗は激しい。

 レイは暴れる怪鳥がクチバシを引き抜かないよう、自ら怪鳥のクチバシを脇腹の奥に突き刺していく。


『んぐっ……! んん~~っ!』


 痛みが増し、苦悶の声が漏れるがそれでも我慢する。クチバシが脇腹に刺さっている今、レイは怪鳥を捉える事が出来るのだ。


『リズッ! 砲弾をコイツにッ!』


「王族の私に指図など! 言われなくてもお見舞いしてさしあげます!」


 リズの念動力で支配下に置いた大筒が全て怪鳥へと向く。距離も崩落した砦の壁。届かない距離ではない。

 空中に浮いた何本もの大筒が念動力によって次々と砲撃し、その砲丸が重量を伴って怪鳥の皮膚へと食い込む。

 怪鳥の甲高い悲鳴が上がる中、レイは瓦礫を掴むと、怪鳥の頭に叩きつける。瓦礫となった石壁はもろくはあるが、数はいくらでもある。打ち付けては壊れ、次々と形が維持されている瓦礫を次々と拾い、それを打ちつけるを繰り返す。

 だが、右腕のガントレットの水晶が赤く点滅し警告音を出すと、いよいよ時間が足りなくなって来たのを予感する。


「この音は!?」


『限界が近いって事だ! もうすぐ元に戻ってしまう』


 力が弱まった瞬間に、怪鳥はクチバシを抜き取ると翼を広げ、飛び去る準備をする。

 十中八九逃げ延びるつもりだろう。今ここで仕留めないと、この怪鳥はまた再び人々を襲う。それはこの砦の兵士かもしれないし、あの村の人々かもしれない。

 怪鳥の足が地面から離れる瞬間、無意識にレイは怪鳥を逃さぬように背にしがみついた。

 それでも構わず、怪鳥はレイをしがみつかせたまま、大空へと羽ばたいていく。


「れ、レイーッ!」


『う、うぉおっ!?』


 レイの身体は怪鳥と共に地上から離れ、空へと舞い上がっていった。

 空に舞い上がる度に身体全体にかかる浮遊感と内臓を持ち上げられるような気持ち悪さ、そして空気の薄さで意識が薄まっていく。

 怪鳥はレイに構わずどんどん上へと上昇していくと、地面がどんどん小さくなり、村も砦も何もかも確認できないほどになる。

 レイが力尽きて身体を離すまで飛び続けるのか、それとも振り払って地面に叩きつけるのか、どうするつもりかはわからないが、今ここでこの怪鳥を仕留めなくてはいけない。

 ガントレットの警告音の間隔がどんどん短くなっている。このままではこの大空で変身は解除され、人間の身体のまま地面に落下する事になる。それはもう致命的である。


『悪いが……空の旅はもう充分だ!』


 ガントレットの白い光を右手に集中させ、手刀にして怪鳥の右の翼の根本に打ちつける。

 白い光の手刀はそのエネルギーで怪鳥の翼を焼き切り、大きく切断すると、レイは右の翼と怪鳥の左肩を鷲掴み、手刀で切り裂いた切口に足を押し付け、一気に怪鳥の身体を引き裂いた。

 怪鳥の鮮血が上空で舞い上がり、レイの兜と胸を染め上げる。

 そしてそれは、怪鳥の飛行がこれで最後である事を示していた。

 レイは息も絶え絶えとなった怪鳥と共に落下する。

 ガントレットの点滅の速さから変身解除はすぐそこまで来ていた。

 雲を突き抜け、見覚えのある砦や村が見えてくる。

 レイは身体を傾け、近づこうとしたその時――約束された時が来てしまった。


「これはマズい……」


 光の粒子が空へと伸び、一本の光の筋になりながら、レイは人間態へと戻りながら落下していた。

 身体の全てのエネルギーは巨人での活動時に全て使い果たしており、ここから自力で動くのはほぼ不可能である。

 どんどん近づく地面は即ち死を意味し、浮き上がる内蔵の感覚はその恐怖を増長させる。

 そしてレイは死よりも無念な事があった。

 自らが未熟なまま戦っていた事がだ。

 記憶喪失で何も分からず自分に出来る事をしたつもりだったが、まだ足りなかった。あまりにもギリギリ過ぎた。

 だから、こんな形で敗北に等しい形で死を迎える。

 もっと強くなって人々に死と恐怖を与える魔獣や魔族と戦うべきだったのだ。

 訳も分からず衝動で戦い衝動で動き、そして何も考えず死を迎えるのは、愚か以外何物でもない。

 だが、全ては遅すぎた。

 レイは覚悟をする。

 だが、そこに大地に、レイに向かって走る少女がいた。

 リズが、大空に向かって両手を高くあげながら走っている。


 受け止める! どこに落下しようとも、私の力で受け止めてみせます!


 リズは自分の念動力でレイの落下を受け止めようとしていた。

 自分の念動力が届く範囲は限られていたが、それでも有効範囲内にギリギリでも良いから入るように、レイの落下地点を予測し、駆け出している。

 彼女の行動と覚悟を理解したレイは、痛みほぼ動かない身体を少しでも傾け、元いた場所―黒鷲砦付近に移動出来るように落下位置をズラそうとする。

 空気の味が変わった。先程の地上と同じ味と匂い。つまり地面までもう間もなくだった。


「砦に近づいた……!? こっちに来れたんですね!?」


 思わずリズは独り言になってしまうような言葉を届きようがないレイ相手に呟いた。

 レイは苦痛に歪みながらも、自身が砦付近に落下する事を確認し、笑みで顔が歪む。

 あとはリズに頼るほかない。

 リズは念動力でレイを受け止める準備をする。遠くでは分からないが近づけば近づくほど、落下予測地点と実際の落下地点のズレを修正するのは難しい。

 両手を天高く掲げながら、待つ。


 ……っ!? 大きくズレた!?


 予測落下地点よりズレたのを目測で判断すると、すぐにレイに向かって駆け出す。

 せめて、念動力が届く範囲まで入れば良い。

 地面が近づくたび、速度が上がっていくようにも感じる。

 もうここまでくると、レイに出来る事は何もない。

 リズを信じて、身体を預けるしかない。

 その目に映ったのは、リズが両手を差し出して、飛び出す姿。

 リズの受け止める手は――わずかではあったが届いていた。


 地面が大きくめり込みながら、レイはその身を大地に放り投げられていた。

 痛む身体を抑え、疲労困憊ではあったが身体を起き上がらせると、飛び出し地面にうつ伏せに倒れ込んだリズがいる。

 彼女が身体の痛みに悲鳴を上げながら起き上がると、大きい手が差し出されていた。


「助けてくれてありがとな」


 その好意に甘えるかどうかリズのプライドが少しの間問答をしていたが、結局はため息をつきながら手を借りた。


「別にあなたの為ではありません」


 リズの憎まれ口に、レイは苦笑いした。

 黒鷲砦の外で落下したレイ。

 その周りには、落下で絶命した怪鳥の死体の細胞が破壊され小さくなっていた。

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