第7話「俺の原点(ルーツ)」

「……どうするんですか、これから?」


 魔王――ギアスが去ってからも未だ残る恐怖に、リズの心は慄える。

 自分が巨人族を恐れている根本的な理由は、ギアスそのものであった。あの圧倒的な力を前に、各種族は恐れ、従っている。委員会は合議制とはいえ、結局は委員長たるギアスの判断で全てが決まる。反逆しても、結果リズの両親のような目に合う。

 同じ巨人族であるレイを敵かもしれないと恐れた理由は、同族だからであるが、しかしまた同時にギアスと同じではない。独善的とはいえ、守るために戦うレイはギアスとは違うし、少なくとも自分を無意識とはいえ守ってくれたのだ。敵ではないと信じたい。


「倒す為に強くなるしかないだろう。でも、どうすれば良いのか分からない。俺は、俺が何者なのか知らなくてはいけない」


「それはそうですが……手掛かりは――」


 その時、思わぬ怒声が黒鷲砦から響いた。


「弓構えぃッ! 矢ぁ引けぇぃッ! 憎き魔族共を討ち果たせぃッ!」


 口の周りがボロボロになっている騎士団長ユリウスが、兵士達に弓を引かせているのだ。


「あ、アイツ!? 俺たちは味方だぞ!?」


「少なくとも、あの野蛮人は違うでしょう!? 文字通り、私達に『弓引いて』ます!」


 命の恩人たる二人に向かって、矢は雨のように放たれた。


「クッソ!」


 レイは咄嗟に甲冑を展開させて、リズを守るように抱き庇う。少しでも当たらないように左腕を上げてガードするが、矢はその左手を貫き、背中に突き刺さる。


「ぐぁっ!」


「レイっ!」


「早くっ! 防御壁貼ってくれ!」


「ごめんなさいっ!」


 リズはあまりの事に防御壁を貼るのを忘れており、それを見抜いていたレイに咄嗟に庇われていた。

 防御壁をレイを含む周囲にドームのように貼ると、矢傷を負ったレイを引っ張り、出来るだけ砦から身を隠せる場所まで距離を取って逃げていった。


「クッソッ! 村の時とは大違いだな! 守った相手を敵扱いか!」


 砦からは姿が見えない痩せた森の入り口まで身を隠すと、二人はようやく安心して気を抜いた。

 レイは甲冑の隙間から貫通した左手と背中の矢を抜こうとするが、なかなか上手くいかず、この矢を放った連中に怒りが湧く。


「あの人間たちにすれば、私達はやはり魔族――敵なんですね。多分……どこに行っても……」


 不安を口にするリズに、レイは反論する。


「そんな事はない! 俺が初めてあった人間は、俺を歓迎してくれた。貧しいけど、俺に飯までご馳走してくれたんだぞ!? あんな奴らばかりじゃない!」


「そう……でしょうか」


 貫通した左手の矢に触れただけで痛みが走り、レイは苦戦している。

 そんなレイを見て、リズは提案をする。


「私が手伝います。……少々痛みますが、我慢して下さい?」


「え? あ、ちょっと待っ――」


 リズの念動力によって矢は引き抜かれ、そのまま遠くへ飛んでいった。


「いっでぇっ!!」


 心の準備をする間もなく引き抜かれ、あまりの痛さに大声が出る。

 ようやく矢が引き抜かれたので、全身の甲冑はガントレットに仕舞われる。

 痛みが走る背中を擦ろうと手をのばすと、リズの手に触れた。


「……ごめんなさい。私がボーっとしていたせいで、こんな傷……」


「ん、別に気にするな」


 リズが何回か背中の矢傷を撫でると、瞬く間に完治し、その手は左手に移る。

 レイの左手を労るように、リズの触れる手は優しかった。


「……お母様が言っていました。私達の種族が持っているこの力は、種族本来の物ではないと。世代を重ねる毎に、他の種族との生存競争に負けないように、遺伝子操作によってどんどん与えられていったのだと」


「そう……なのか」


 遺伝子操作ってなんだ?と、聞いてみたかったが、それを聞くのは憚られた。


「その為、無駄に長命になり、子孫を残す機会もなくなり……高齢社会となって種族の数はどんどん少なくなっていったのです」


「この土地に入植したら……何か変わるのか?」


 リズは首を振る。


「分かりません。変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。……でも、お父様もお母様も、いつもこう言うのです。『それが我らが種族の、たった一つの望み』だと」


「そうか……」


 レイにはリズの種族が入植にこだわる理由がまだ分からなかった。リズの語る事も、本人達にしか通じない話だろう。それでも、この地に住みたいというそれなりの思いがあるのは伝わった。


「でも、そのお父様もお母様も、委員会のやり方での入植は望んでいません……。それを抗議したらあんな目に……。……私は、父と母を救いたいです。そして、我が種族の悲願を果たしたい」


「それは、この土地の人間たちと共存するっていう事か?」


 レイは確かめるように、リズに問う。

 リズは、今にもこぼれそうな涙を堪えながら、強く頷いた。


「じゃあ、座ってなんかいられない。立ち上がるか!」


 リズの癒やす手を、すっかり完治した左手で強く握りしめると、レイはリズを引っ張り上げるように立ち上がった。

 レイの力強く熱い手に、リズは人生の中で経験した事のない胸の苦しさを感じた。


「な、何か手掛かりがあるんですか?」


 リズは胸の苦しさをなんとか落ち着かせながら問いかける。


「まぁ、心当たりのありそうな人間に聞くしかないだろ」


 しばらく草がお生い茂る丘や平原を歩くと、レイには見覚えのある村に行き着いた。

 作物が萎れているのも、ところどころの家が崩落しているのも見覚えがある。


「お~い、みんな~!」


 痩せた畑ではあっても、そこで働くしかない農奴達が畑で耕していると、聞き覚えのある声が遠くから聞こえる。


「お、おい、ありゃ巨人様じゃないか!? 生きてたのか!?」


 村の男衆が村の英雄の姿に気がつくと、村中の人間を集めて、レイの元に嬉しそうに駆け寄った。


「巨人様! あの嫌味な兵士どもに首跳ねられたかと思ったぜ!」


「俺は巨人だからな。五体満足に生きてるよ」


 男衆の冗談にレイは笑顔で答えた。

 レイの思わぬ人望ぶりに、リズは意外だと関心している。


「おい、村長! こっちだ、こっち! 巨人様のご帰還だよ!」


 村の女に手を引かれ付き添われ、杖をついた村長はレイの姿を見ると、感動してすがりついた。


「おぉ、巨人殿! ご無事で……ご無事でしたか……!」


「おいおい、大げさだな。俺は無事だよ。みんなは大丈夫か?嫌がらせとかされてないか?」


 男衆が気にせず手を降る。


「平気平気。アンタを連れて行っただけで満足しちまったよ。今も変わらずの農奴暮らしさ。壊れた家を直しながらな。生きてりゃどうとでもなるさ」


 案外たくましく生きている村人達に、レイはすっかり安心した。

 談笑もそこそこ、リズに背中をつつかれ、レイは本来の目的を思い出して切り出す。


「あぁ、そういえばみんな、何か巨人について知ってるか? 俺は自分が巨人らしい事しか知らないんだ。何か手掛かりとかあるか?」


 ――巨人の伝承。

 村人たちは聞いたことのある、数少ない言伝ての伝承から巨人にまつわる話を必死に絞り出した。


「あぁ~……確か……大昔にも、巨人と化け物が戦ってたっていう話を聞いた事あるような……」


「二体の巨人が魔物の軍団と戦っていた……だよな?たしか……?」


「いや、二体の巨人同士が戦って相打ちになったって、俺は聞いたぞ?」


 どれもこれも言伝てに伝わった物ばかりで、正確な話はわからない。もしかしたら全てが伝承されていくなかで解釈が変わったのかもしれない。

 だが、どれも共通するのは『二体の巨人』、『大昔も巨人は魔物と戦っていた』という事だ。


「……もしかして、千年前も、今と同じ事が起きていたのか?魔物が現れて、人々を襲った?」


「そうやもしれません……。そして巨人殿、あなたが今ここにおられるのは、何かの運命かもしれません……」


 村長の言葉こそ、真理なのかもしれない。

 レイとリズは、名残惜しそうな村人達に別れを告げ、村を後にした。


「参考になるんだかならないんだかわからないような伝承を聞いて、何か分かったんですか?」


 リズのナチュラルに嫌味に聞こえる質問に、レイは頭を掻いた。


「わからん。結局、元いた場所を調べるしかないか」


「元いた場所?」


「あれだよ」


 レイは丘を上り、廃墟となっている祠をゆび指した。


「俺はあそこで目覚めたんだよ」


 祠はほとんど地下と言って良い程下を階段で潜り、石壁の狭いだけの部屋だった。

 本来は地上に何か祭壇やら建物やらあったのかもしれないが、風化し跡形もなく消えたのだろう。

 レイが眠っていた石棺と甲冑を着た騎士の石像を残すのみとなっている。


「あの石像……あなたですか?」


 リズが指摘した石像の姿は、レイが巨人になった姿と似ているという。

 自分が甲冑に身を包んだ姿を己で見る事が出来ない為気が付かなかったが、そうなのかもしれない。


「わからない……何も覚えていない……」


 その時、ガントレットの甲に埋め込まれた水晶が白く光り、部屋全体を包みこんだ。


「!?」


 辺り一面を包む光りに目が眩んだ二人が、光りに慣れてゆっくり目を開けると、ボロボロであった部屋が光り輝く美しい大理石造りの部屋となっていた。


「これは一体……?」


「綺麗です……」


 そして石像から光の粒子が二人の前に集まり、人の形を作っていった。

 その姿は、あの石像の甲冑をした騎士であり、巨人に変身したレイの姿でもあった。

 二人は、言葉が出なかった。


『この私の姿を見ているということは、私の身体は新しく再生され、目覚めることが出来たという事だ。この私は後世の私自身に伝える為に残したメッセージだ。この私に、意識や人格はない』


「ど、どういう事だ、これは?」


 思わずリズに聞いてしまうが、当然リズにも分からない。


「メッセージですよ。あなたに伝える為に、予め用意していたんでしょう……」


 レイは息を飲んで、この『メッセージ』を受け取る心の準備をする。


『今の君は、何もわからず不安になっているかもしれない。なぜ自分は何も覚えていないのか。なぜ自分は巨人に変身出来るのか。全てを話そう」


 メッセージの騎士は、言葉を選んでいるのか、少し沈黙の間があった。だが、意を決して、口を開く。


『私の名前はクロム・レイ。この星――地球から遠く離れた星からやってきた異星人だ』

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