第8話「巨人・クロム」

「私がこの星で長い眠りに就く事になった理由を話さなくてはいけない」


 かつてこの星は、栄華を極めた地球人が多く暮らしていた。

 だが、彼らは自らの文明の代償として、自らの住処であるこの星を汚し、結果彼らは自らの未来を閉ざしていったのだ。

 汚れた地球で生きられなくなった彼ら地球人は、絶滅した。


 地球人が滅亡した地球だったが、それでもこの星は生きていた。

 温暖期から氷河期になり、長い年月を経て、地球は自らを癒やし、新しい生命を生み出した。

 古い地球人が絶滅してから何万年もの歳月を経て、新しい地球人が生まれていったのだ。

 彼らはかつての地球人がそうしたように、自らの知恵で文明を築き、また自らの選択で滅んでいく。

 いくつかの文明が生まれ滅びたとしても、地球人という種族は決して滅びる事はなかった。

 地球人はまた自らの文明によって栄えて増えていくはずだった。


 ――そんなある時だ、地球とは異なる星の生命体――異星人が地球を侵略しに来たのは。


 私――クロムと、同じ巨人族の友人――ギアスは、各星を巡りパトロールしている最中、宇宙の様々な異星人たちが集まり、地球を侵略している事に気付いた。

 我々は、地球と地球人を守る為に、異星人たちと戦った。

 この星は我々の母星とは遠くに存在するせいか、宇宙での戦いとは違い、この地球での戦いは膨大なエネルギーを消費した。

 地球では苦労しながらも、異星人や異星人の放つ獣と戦い、彼ら地球人を守り続けた。


 ――だが、ある時からだった。

 私と同じ志だと思っていた友人・ギアスの心が変わっていったのは。


『我が友・クロムよ、虚しいとは思わないか? いくら奴ら異星人を倒しても、地球人は我々に感謝すらしない、侮蔑の言葉すら投げつける。……一体、誰が何のために戦ってるのか、分かっているのか……?』


『それは違うぞ、友よ。我々は彼らを救いたいから戦うんだ。見返りを求めてはいけない。彼らから侮蔑を受けるのは……我々がまだ未熟な証拠。一人前の戦士になれていないからだ』


『我々巨人族は『独善的な戦闘民族』……そう他の星の奴らからは揶揄されてきたが……。クロムよ、お前を見ているとその通りだと納得するな。確かに我々は独善的だ。我々が勝手に正義を決め、勝手に大義名分を決め、勝手に戦う相手と守る相手を決めるのだからな』


 ――私はその時の、ギアスの言葉が忘れられない。


『我々の正義が正しいと誰が証明してくれるのだ? 守るべき相手からも侮蔑されながら終わりの無い戦いの果てに、何がある?』


 私はその友の問いかけに、答える事が出来なかった。

 この私自身、その疑問に同意しかけていたからだ。


『たとえこの戦いに我々が勝って地球人を守りきったとしても……かつて絶滅した地球人と同じ運命を辿るだろう。自らの手で自らを滅ぼす愚かな種族だ……。虚しいな……虚しいなァ……』


 そして私は友を止める事が出来なかった。

 彼は我々巨人族の中にある『光の力』を捨て、『闇の力』に魅入られたのだ。

 ギアスの姿はみるみるうちに変わり、『闇の巨人』へと姿を変えてしまった。


『……いずれ自ら滅びの道を進む愚かな種族だ。私がその手助けをしてやろう。……愚かな地球人に、生きる権利などない』


『やめろ、ギアス! 我々にそれを決める権利はない! 種族の未来は、彼らに任せるべきだ! 例えそれが滅びゆく未来でも!』


『それが……くだらんと言っているのだ!』


 ギアスの拳が、私の頬を撃ち抜いた時、私は彼の感情が読み取れた。

 怒り……悲しみ……、そんな負の感情で満ち溢れていた。


『私を止めたければ、私を殺すしかない。そうしなければ……私は地球人を滅ぼすぞ?』


『やめろ……やめてくれ、ギアス!』


 ――我々もまた、愚かだったのだ。

 どれだけ文明や知性や力があろうと、同じ種族の異なる考えに対して、対話で解決する事が出来なかった。

 結局のところ、力でしか解決出来なかったのだ。


 我々の戦いは長時間に及んだ。

 傷は我々だけでなく、他の生命にまで及んだ。

 長い戦いで我々は最後まで戦いぬき、相打ちとなった。

 薄れる意識の中、傷ついたギアスが遠くの空へと消えていったのが、私が見た彼の最後の姿だった。

 傷ついた私は、地球人と同じ大きさにまで縮小する事で辛うじて生命エネルギーを維持する事は出来たが、傷を癒やす事までは出来なかった。

 そんな時だった、私を匿ってくれる地球人達と出会ったのは。

 彼らは慎ましやかだが、逞しく大地に根付いて生きていた。

 そして彼らは異星人の脅威から守ってくれたと、私に感謝してくれたのだ。

 私は言った。


『私はこの身体を維持する事が出来ない。長い眠りに就いて、この身体を再生しなければ、君たちを守る事が出来ない。そしていつか目覚める事が出来たら、また再び君たち地球人を守りたい』


 彼らは言った。


『祠を作り、そこで眠って身体を休めて欲しい。そして守り神として、この地で我々を見守って欲しい』、と。


 そして彼らによって作られた祠に、私は今、メッセージを残している。

 生まれ変わった私自身へのメッセージとして。

 ……彼らが作った私の石像は、少々美化しすぎていて見ていて恥ずかしいが。

 メッセージは私の『光の力』で作った水晶に残していく。

 生まれ変わった私自身が道を迷わぬように。

 そして、この私の右手を、形見としてここに置く事にする。

 水晶と右手、これをひとつにして、私は眠りに就く。

 目覚めた時、例え力を失ったとしても、私が巨人だった時の力で、例え一時的にであったとしても、私本来の姿に戻れるように。

 ……なぜ右手なのかは……そうだな、やはりギアスに殴られた時の彼の右手が今でも印象に残っているからだろうな。

 彼を止める事が出来なかった自分への戒めでもあり……もし彼が生きていたら、この拳でぶん殴ってやりたいからかな。

 可能であれば、もう一度彼に会って伝えたかった。

 

 地球人は愚かかもしれない。

 自ら滅びの道を歩む種族かもしれない。

 だが、一度滅んでも、再び生まれたように、可能性がある。

 私は見守りたいんだ。

 地球人は何処から来て、何処へ行こうとしているのか。


 願わくば、生まれ変わった君にも見届けて欲しい。

 地球人は、この星で生きるに値する存在であるかを。


 私は……値すると思っている。

 何故なら、彼らに出会わなければ、ここでこのメッセージを残し、君に託す事が出来なかった。


 力を失い、巨人『クロム・レイ』としての記憶も消え、何も無い状態で目覚めるかもしれない。

 だが、気にする事はない。

 君は今、生まれたばかりなんだから。


 これから先、君の目で見て、感じて、考えて、未来を決めて欲しい。


 さらばだ……未来の私よ。

 この星を……地球を……君に託す。


――――――――――――――――――――


 巨人・クロムからのメッセージが終わると、祠は元の風化した古びた部屋に戻っていった。

 先程までの大理石の綺麗だった部屋が嘘のように。


「今の話……わかりましたか?」


 顔色を伺うように、おずおずとリズはレイに切り出す。


「わからん……。地球とか宇宙とか異星人とか……はじめて聞く言葉ばっかりで意味がわからん! 俺は巨人族で……異星人? なのか? あー、もう、よくわからん!」


 考えても考えても分からないレイは、髪をぐしゃぐしゃに掻き乱して混乱している。

 その様子があまりにも可笑しいので、リズはクスりと笑ってしまった。


「気にする事ないですよ。クロムさんだって言ってたじゃないですか。『君は今、生まれたばかりなんだから』……」


 最後、メッセージのクロムを大げさに真似するリズに、思わずレイは笑った。


「そうだな! 大体、『俺は何者だ』、とかあんまり興味ないんだ。あのギアスに対抗出来る力の手掛かりを知りたかっただけだ。……まぁ、余計にわからなくなったけどな」


 悩む事をすっかりやめたレイに、リズは安心した。


「……失っているだけで、いずれ取り戻しますよ、本来の力を。鳥だって、飛び方を練習しなければ、永遠に飛べないんですから」


「……今の俺は鳥以下だな」


 祠を出た時には、辺りはすっかり暗くなり、地上は闇に包まれ、空は満天の星々に埋め尽くされた。


「おお……! なんだコレ!? 俺初めて見たぞ!」


「星……見たことないんですか?」


「あぁ、昨日始めて巨人に変身してから疲れて朝までずっと寝てたから……。星っていうのか、このキラキラしたやつ!?」


「恒星……光り輝く星です。そして光らない星もあります。それがこの地球や……私達異星人が住む星も。光る星も光らない星も、この宇宙のいくつも無数にある星のひとつひとつなんです」


「な、なんだかよくわからないけど……すごいな。星も、宇宙も……」


 首が痛くなる程見上げた星々の中に、大きく丸くくっきりと姿かたちが見える灰色の星があった。


「なぁ! あれは!? あの大きな丸い星はなんだ!?」


 レイに指で指された星を見た時、リズは切ない顔をした。


「あれは……月です。私の……故郷なんです」


「……え?」


「クロムさんが言ってましたよね、かつて栄華を極めた地球人はこの星を汚し住めなくなって絶滅した、と。……一握りの、地球から宇宙に脱出出来た地球人が第二の故郷として入植したのが、あの星……月なんです」


「じゃあ、君は地球人?」


「いえ、月の環境に適応し、他の異星人との生存競争に負けないように遺伝子操作された私達の種族は、もはや地球人ではありません。私達の種族は『月星人』……私達の望みは……『故郷である地球への帰還』です……」


 リズは、悲しそうな顔をしたまま、月を見続けていた。

 望まぬ形とはいえ、かつての故郷であるこの星に降りて、この地球と、新しく生まれた地球人にどんな印象を抱いたのか……。


 ま、ろくな印象じゃあないんだろうけどな。

 ここでろくな目に遭ってなさそうだし。


「月に帰りたいんじゃないのか?」


「確かに今はなんというか……ホームシックになってます。でも今は、父上と母上を助けたいです……!」


「そっか……」


 ホームシックって何だ?って聞いたら怒られるんだろうな。


「その為には、何もわからない生まれたてのあなたに助けてもらうしか術がありません」


 一言二言余計な気がするが気のせいか?


「私にギアスを倒す力はありません。けれど、あなたを手助けする事ぐらいは出来ると思います。お願いします、助けてください」


 リズは意を決して、レイを正面から見据え、頭を深々と下げた。

 レイは改めて頼まれると、なんだか気恥ずかしくて頬を掻く。


「いや、その……改めて言わなくても……最初からそのつもりだし……うん、まぁ、気にするな」


「……はい!」


 レイとリズが改めて覚悟を決めると、途端に二人とも同時に腹の虫が鳴った。


「やっべ……そういえば変身してから何も食べてなかった……」


「わ、私は……地球に降りてから何も食べてないです……」


「だ、大丈夫か、それ!?」


「月星人は少ない食事で生きられるようになってますので……。といっても、もうそろそろ……」


 二人は闇に包まれた地上を見る。

 明かりも何もない状態で歩いて、食料が見つかる可能性はゼロだ。


「……明日、明るくなってから、何か探すか……」


「そう……ですね」


 二人はお互いの空腹を笑いながら、祠の中に戻った。


「今日はここで寝るしか無さそうですね。正直、市井の徒などと共に寝るなど王族としては不愉快極まりませんが、贅沢を言ってはいられませんね」


「王族に戻りたかったら月に帰るかー?」


 祠の部屋の対角線上にレイとリズは離れて寝る事になった。

 リズの憎まれ口に多少レイも返せるような余裕が出てきた。


「明日、食料を見つけたとして……これからどうするのです?」


「簡単だよ。ギアスを倒す。奴の居場所目指して進む。……わかんなくなったら、君に聞くよ」


「あんまり人をアテになさらないでください? 月星人の王族だと言っても全てを知っているわけではありませんので」


「……君さっき、俺を手助けするって言ったよな?」


「出来る事と出来ない事があります。出来る事であればお助けしますが、出来ない事は致しません」


「あー、はいはい、ありがと。すっごい助かるわー」


「……あなた、王族たる私を馬鹿にしてません?」


「してないしてない、寝たいだけ……」


「……私と一緒だからといって、変な気は起こしませんよね?もしその時は、私の力でねじ上げますよ?」


「しないしない……。っていうか寝かせてくれ……」


 レイは身体の疲れから本気で睡魔に襲われていた。

 瓦礫と言ってよい祠の床はでこぼこで快適に眠れたものではないが、それでも睡魔が勝り、眠りを誘ってくる。


「レイ……」


「……なんだ?」


「……これから、よろしくお願いしますね」


「…………うん…………」


 返事を最後に、レイは眠りに落ちていった。

 寝落ちたレイから、中央の巨人像に視線をリズは移す。

 この巨人、クロム・レイから生まれ変わったのが、レイ。

 レイと名付けたのはリズの偶然だったが、もしかしたら必然だったのかもしれない。


「……レイ、あなただけは……英雄(ヒーロー)でいて下さい……」

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