第三章:森の老人

第9話「Survival !」

 朝、湿った風が廃墟となった祠に入り込むと、カビと土の香りが鼻腔を刺激し、自分たちがこの廃墟を寝床にした事を寝ぼけたまどろみの思考の中思い出す。

 リズはまだ景色が一面真っ青な大地を眠気眼のまま望むと、目覚めてしまったのがまだ早かった事に気が付いた。

 だが、睡眠より食欲の方に身体が求めていて、眠りにつきたくない。

 ボディーガードの役目たるレイはまだ惰眠を貪っている。

 巨人に変身した時に費やしたエネルギーを取り戻すべく、昨夜から泥のように眠り込んで、未だ目覚める様子がない。

 リズが調べたところによると、ここの人間は朝食を摂るという習慣が無い。つまり一日で最初に食べるタイミングはお昼である。ということは、この時間に食事が出来るタイミングではないのだ。

 一刻も早く、母星で得た知識をフル活用し、このへこんだ腹を満腹にしたい。

 にも関わらず、レイはリズにお構いなしに眠り続ける。

 とうとう腹が立って、廃墟に転がっていた石をレイに投げつけた。


「痛ってー……。普通、ヒトを起こすのに石投げるか……? それが月星人とやらの朝の起こし方か?」


 レイは痛む額を擦りブツブツ文句を言いながら、二人は森を目指して歩き出した。


「寝坊なんだから、当然です。王族が起きてもなお寝ているなんて、従者の風上にも置けません。このような処罰は当然です」


「は? 従者になった覚えはないんだが?」


「はい? まさか、王族たる王女の私の世話を一切しないつもりですか? あなた何様のつもりですか!?」


「何も無い、短時間だけの巨人だよ! 俺はあのイケスかない奴をぶっ飛ばしに行くだけで、君は別に俺について来なくても良いんじゃないか?」


「な!? 知識も何も無いあなたが、どうやって空に浮かんでる敵の船に乗り込むおつもりなんです!? 私の知識が無ければ、あなたはここで一週間と生きられませんよ!?」


「…………」


 確かに目的にたどり着くまで長い日数が掛かるだろう。

 リズ曰く、『巨人族は空を飛べる』らしいが、その方法すらわからない。

 現状、知識が一切ないレイにとっては、彼女の月星人としての知識に頼るしかない。


「……で、君はここに来て、今日で何日目だ?」


「……み、三日目です……」


「……ここに来て飯は?」


「一度も……。昨日の夜になってやっとお腹が減ったぐらいです……」


「じゃあ、一度もここで食べるもの手に入れた事がない?」


 リズは不貞腐れながらも、顔を背けながら頷いた。


「……ここでは何が食べられるか、それは知ってるのか?」


「そ、それはもちろん! 月星人は過去の膨大な知識を収集して覚える事も出来るんですよ!? 何が食べられて何がダメなのか、私の知識をもってすれば一週間どころか一年以上越せます!」


「あー、うん、期待しとく」


 彼女の言っている事がだんだん胡散臭く感じてきたが、その知識を頼るしかないのも現状だ。

 レイとリズは、現地の人々から危険だといわれる森に入っていった。

 森は実際、人を襲う獣や盗賊などがおり、非常に危険な場所であった。

 一応他の人間と違ってそれらに対応出来るレイとリズなら、危険度は多少低くなる。

 だが、危険がなくなるわけではない。

 木の枝に何か食べられそうな物がぶら下がっていないか、地面に落ちたり群生していたりしないか、二人は見回しながら森を進んでいった。


「なんであの村で食べ物を貰ってこなかったんですか? 貧民の食事とはいえ、少しはマシでしょう?」


「何度も頼れないだろ。あの村の人だって、今日を生きるのに精一杯なんだ。自分たちの食べる分は自分達で見つけなきゃ、このさき生きていけない」


「ふーん、律儀ですね。……で、なんでギアスの船目指して進むのに、この森を通るルートなんです?」


「村を通り越してもよかったが、一望した限り、何も無い。あれじゃ、その辺に生えてる草しか食べられそうにないぞ?」


「却下です」


「もうひとつは、あの恩知らずがいる砦を迂回するルートだ。食べる物はあの砦にあるだろうが、絶対に歓迎されない。飯じゃなくて矢を食らう事になる」


「大却下です!」


「残るルートが、この森。何か食い物になりそうなものがあるかもしれないし、俺たちの姿をあの兵士達に見られなくて済む」


「まぁ……一番マシかもしれないですね」


 二人は歩き、でこぼこな地面と草に隠れた落ちた枝や木の根にひっかかりそうになりながら、進み続けた。

 が、無い。食べる物がない。


「なぁ……何か見つかったか……?」


 レイがリズに声をかけると、リズは念動力で見つけた物を浮かしながら差し出した。


「…………どんぐりです」


「…………マジか」


 二人はあまりの空腹に、その場でのたうち回った。

 ひとしきり、空腹へのいらだちを発散させると、力なく立ち上がる。


「ここまで食うものが見つからないとかマジか……。もう、本当に葉っぱでも何でも良いから、食えるもの無いのか……?」


「えっと…………」


 リズは飢えで朦朧としながら、あたりを見回した。

 自分の知識の中にある、食べられる木の実や山菜、木の芽にいたるまで目を凝らしたが、そもそもそれに気付いたらすぐに報告している。


「あ、ありません…………」


「嘘だろ…………」


 彼らがいる地球の文明は、森とは『未開拓の土地』であり、文明の証である人間が住む村や街の境界線である。

 まさに異界であり、「何があるかわからない」場所なのだ。

 森を無理矢理にでも開拓して自分たちの土地にしないかぎり、この手付かずの土地に人間が望む物はなかった。

 ふと、見上げると、鳥が枝に止まり鳴き声を上げている。


「リズ……」


「ダメですよ……」


「おいっ……!」


「残酷だから反対とか、そんな事を言っているのではありません……。捕まえたところで、生で食べる気ですか……? 火で焼いて加熱しなければ、食中毒になりますよ……?」


「くっ……!」


 レイにとってはよくわからなかったが、リズに強く反対された。

 どうやら、動物の肉を生で食べてはいけなかったらしい。

 食べるには火を起こさなくてはいけないらしいが、そんなものどうやってやるのか、レイにはわからない。

 リズがやり方を知っていたとしても、自分では出来ないから却下したのだろう。

 空腹で目が回りそうになりながら歩き続けると、湖が見えてきた。


「おおお!! 水だっ!!」


 レイは駆け寄って水をすくい飲もうとしたところを、リズが念動力で彼を持ち上げ、岸にまで引っ張り、その拍子に頭を強く打った。


「痛ってぇ……!な、何すんだ!?」


「真水を飲まないで下さい! 水には菌や微生物がいっぱいいるんですよ!? 火で煮沸消毒しなければ飲む事が出来ません! そのまま飲んだら、下痢や食中毒を起こしますよ!?」


「ま、またその食中なんとかかよ……」


 目の前に沢山水があるのに、その水が飲めないと分かって、レイは身体から力がどっと抜けていく。


「私だって……未開の地球をナメてました……。こんなに生きるのに辛いなんて聞いてません……」


 二人は空腹で歩くこともできず、結局近場の大きな木の根本で一夜を越す事に決めた。

 火を着ける方法も分からないので、月の光も当たらない木々の枝と葉で覆い隠す森の闇の中で過ごすしかない。

 だが、あたり一面静かなはずなのに、突然思いも寄らない方向から何かの生き物の声や音がして、リズは怖くて眠れもしない。


「あ、あの……不本意ですが……きょ、今日は私を一晩中ガードしてください……。不埒な動物から私を守るように……」


「怖いなら怖いって言えよ……」


「怖くなんかありません!!」


「今の俺なら、どんな動物が出てきても喰っちまう自信あるけどな……」


「生で食べないでください、死ぬ気ですか?」


 ふと、喉を低く鳴らす声がしてそちらを見ると、銀色の目が光り、こちらを睨んでいる。

 全身灰色の毛並みの、四足歩行の顔の鋭い、明らかに獰猛そうな生き物であった。


「おい、アレなんだ……?」


「えっと……あれはハイイロオオカミですね……。肉食で群れで狩りをして……長時間観察して弱い個体の獲物を狩るそうです……」


「あぁ、なるほど、肉食ねぇ……」


 闇から、灰色の毛並みのオオカミが次々と現れ、そのうちの一頭が遠吠えを始めた。

 四方八方からオオカミの群れが集まり、完全に二人を取り囲んだ。


「弱い個体を狩る……? 腹が減ってる俺たちがそうだってか……えぇ、オイ?」


 レイはガントレットから甲冑を展開し、全身を覆う。


「ひとが腹減って死にそうな時に、テメェらは食事の時間か!? 良い度胸だな、かかって来い! 逆にお前ら喰ってやる!!」


 空きっ腹の状態で襲われ、レイは怒りで今までに見たことがない程荒ぶっていた。

 四方を取り囲むオオカミ達をまるで自身も獣かのように唸り声をあげ、威嚇する。

 ふと、レイが意識を向けていた方向とは思いも寄らない別の方向から、オオカミがリズ目掛けて飛びかかった。


「ひっ!?」


 が、その口がリズに噛み付く前に、レイが顎ごと掴み取った。

 そして、そのまま大きく弧を描くように地面に叩きつけ、頭蓋骨を叩き割って絶命させる。


「ボーっとするな! 能力使って身を守れ!」


 レイが檄を飛ばすが、リズは首を横に降った。


「やっているんですけど、ダメです、使えないです……。身体にそこまでの力が……ないみたいです」


 自身が無力だとわかると、途端に不安になり、レイの背中にしがみつく。


「お願いです……そばにいてください……」


 レイはそんな不安で震えるリズから目線を前のオオカミに戻す。


「当たり前だろ、王女様」


 飛びかかるオオカミに、レイは蹴り上げ、殴り飛ばし、掴んで木の太い幹に叩きつけ、骨を砕いて絶命させていく。

 四方八方から襲いかかるオオカミに常に注意を向け、同時に背中で守っているリズに指一本、牙のひとつでも触れさせない。

 どれだけのオオカミを撃退したかわからなくなる程の時間を、オオカミの襲撃から守り続けて費やしていく。

 群れの一匹が遠吠えで合図をし、撤退するまでどれだけ時間が掛かったのか、レイにもリズにもわからない。

 逃げ去っていくオオカミに、怒りの火がついたままのレイが怒号を浴びせていく。


「おととい来やがれ! この腰抜けのケダモノ共!」


 一匹残らず去ったのを確認して、レイは甲冑の展開を解いた。

 瞬間、身体から熱い汗と熱気が外へと出ていった。


「ふぅ……おっとっ!?」


 落ち着いたと思った瞬間、どこか甘い香りがするリズが懐に飛び込んできた。


「おい、どうし……?」


 言い終える前に、リズが自分の目の前で泣いている事に気が付いた。

 自分の力が使えず、自分で身を守れないと分かった瞬間の不安。

 そして恐怖の時間が過ぎ、ようやく訪れた平安に、ついに緊張の糸が切れたのだ。

 レイは自分ではどうすることもできず、そのまま自分の胸を貸し、彼女の気が済むまでそっとしておいた。


 疲れたし、今晩はもうこれでいいか。


 空腹の上に、戦い抜いて疲れ、もう何もできない程疲れ果てた身体は、あっという間にレイを睡魔へと誘った。

 森の中を、木漏れ日が差して二人を包むまで、木を背に二人は離れる事なく眠っていた。

 そんな二人の前に、オオカミの死骸を確認しながら、ひとりの老人が現れ、物珍しそうに見つめていた。


「こんな森に昨日から珍しいモンが現れたと思ったら……フンッ! 異星人が二匹、迷い込んだか」


 老人の存在に気づき、レイは瞬間的に飛び起き身を構えるが、明らかに無害そうな雰囲気に一気に緊張を解いた。

 というより、ここまでほとんど無意識に動いており、緊張を解いた瞬間目が覚めたようなものだった。


「……え? え? こんな所に……人?」


「なんじゃい、お前ら?」


「お、おおおおおおい、起きろ! 人! 森に人がいた!」


 昨日の晩とはうってかわって、リズの肩を乱暴を揺らし目を覚まさせると、リズは寝ぼけながらも言われたとおりの方を向いた。


「あーもう……なんですかぁ……?……て、え? 人? 人ですか?」


「お前ら二人は異星人じゃろうが」


 レイとリズは自分たちの正体が異星人である事をこの森の老人に指摘されても、ようやく人に出会えた喜びで思わず抱き合った二人には聞こえていなかった。


『やったー! 助かったー!』

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