第23話「火吹山の新たな伝説」

 太陽の光が眼に差し込み、レイが目覚めたのは、ドワーフ達が使っている寮であった。

 寮といっても、広い部屋に毛布が転がって雑魚寝で寝転ぶ為のものであり、寝室とかそういう洒落た物は男のドワーフの部屋にはない。

 最低限のプライバシーを守るために個室になった寝室を利用しているのは女のドワーフのみ。しかも別の建物である。

 レイが目覚めたのは、治療の為の個室――いわゆる病室であり、辺りを見回すと薬草などが雑多に置かれいる。

 ふと、自分が寝転んでいた床の側で、誰かが倒れており仰天したが、よく見るとレイのガントレットが外された右手をしっかりと握りしめたまま床で寝ている、長いの金髪が特徴的なリズであった。


「え? なんで――」


「お前さんをずっと看とったんだよ、そこのお嬢さんは」


 ふと、リズとは別の男の声が聞こえたので視線を向けると、病室の入り口に背中を持たれ掛けさせて腕を組んでいる男のドワーフであった。


「目が覚めたんだったら、ちゃんとお嬢さんに感謝しとけよ。じゃあな」


 そう言って、彼は立ち去った。

 レイの右手を掴み眠っているリズを起こさないように、掴まれた右手を慎重に抜こうとするが、しっかりと掴まれ抜けない。

 彼女に手を離してもらわない限り、この場を動けないのだが、諦めて面倒を見てくれていたであろうリズの頭を左手で撫でる。

 何やら寝言を言っているようだが、気にせず撫で続けると、彼女はいい加減異変に気付いたのか、目を覚ましだした。


「ん……? 私……眠っちゃってたんですか……?」


「あぁ、おはよう」


「はい、おはようございま……すぅ!?」


 寝ぼけていたリズが、現状を把握すると、素っ頓狂な声を上げて慌てた。


「あ、あ、お、起きたんですね、良かったです! 休憩所に行きましょう、ドワーフさん達がご飯作ってくれているはずなので……」


 寮の病室に差し込む陽の光と、太陽の高さで、リズは時間帯を把握するとそう言って、レイの右手を手放し部屋を出ていこうとする。


「俺、ちょっと寝てたみたいだな。悪かったな、心配かけて」


「……本当ですよ、まったく。あなたって人は……」


 リズはレイに表情を見せなかったが、レイにはその表情が少し切なそうにも見えた。

 何故かは分からないが。

 頭を掻きながら、リズの不可解な表情を理解しようとするが分からず、そのリズがいた床に虎の子のガントレットが置かれているのに気付き、それを右手にはめて病室を出る。

 ドワーフ達の汗が木造の寮に染み込み匂いが立ち込めるが、それを突っ切って外に出ると、モックンを含むドワーフ達が休憩所で朝の食事をしている。

 この地球での地球人は基本的に朝食は摂らないが、彼らドワーフは積極的に摂るようだ。

 おそらく、それが済めばさっさと働きに行ってしまうから、エネルギー源が必要なのだろう。

 腹ごしらえを済ませたドワーフ達がポツリポツリと、自発的に自分たちの道具を持ち、仕事に向かってしまう。

 先に寮を出たリズはモックンが食事をしているテーブルに向かうが、そのモックンがリズと目を覚ましたレイに気が付き、テーブルから離れて、二人にそれぞれ抱擁をする。

 特にレイにはたっぷり抱きついた。


「おいおい、なんだよ。大げさだぞ、モックン」


「……三日も寝ていれば、心配してますよ」


 リズが顔も向けず、ボソっと言ったので、レイはそれをうっかり聞き漏らしそうになってしまった。


「……え? 三日も!?」


 レイの感覚では、昨日の夜に戦って、夜明け頃に戦いが終わって変身が解けて眠って、ついさっき起きたような時間間隔なのだが、実際にはそれまで三日間も時間が経っていたのだ。


「そうだったのか……。すまん、心配かけて」


 リズは顔も向けず、さっさと自分の分の朝食を、賄っている女のドワーフから受け取ると、モックンが座っていたテーブルに着き無心で食事をしている。

 モックンを撫でて、席に戻るように促したレイは、何も言わず無心で食事をするリズの反応が知りたかった。

 怒っているのだろうか?

 リズのように女のドワーフから自分の朝食を受け取るとリズの対面の席につく。

 朝食は小麦のオートミールと大麦のパン、そして朝から鶏肉の丸焼きとアルコールが含まれたエールであった。

 レイは言われてはじめて、自分が三日も何も食べていない事を自覚すると、無心にそのドワーフにとっての朝食を貪り食う。

 身体のエネルギー補給は、巨人になって活動する為には欠かせない。

 鳥肉を骨までしゃぶるように食べると、対面のリズがフフっと笑ったのに気付いた。


「何なんですか、その見っともない不作法な食べ方……。そんなユニークな食べ方をする人、初めて見ました」


「ん? そうか?」


 昨日もドワーフ達から話を聞いている時に食事していたが、今と大して変わらないはずだ。

 だが、レイのユニークな食事を見て、リズは自身の食事の手を止め、笑ってしまっている。

 そして、その目には、涙が浮かんでいた。


「なんだか……安心しました。あなたが眠っていた三日間……もう目を覚まさないんじゃないかって……。でも、目を覚ましたらいつもと変わらなくて……安心しました」


 笑いながらリズは自分の胸中を明かすと安心したのか、ほっと息を吐いてレイに微笑んだ。

 そのリズの笑みに、レイは何故か胸がドキッと強く苦しくなった。


 なんだ、俺……。

 まだ体調悪いのか?


 自身の理解できない感覚に、レイは思い巡らせる事を諦めると、リズに構わず食事を続けた。

 リズは、やっと落ち着くと、レイの食事を見ながら、自身の食事も再開させる。

 レイが当たり前のように食事をする事が、これ程安心出来るとは思ってもいなかったのだ。

 よくよく考えれば、いつ死んでもおかしくない戦いを繰り広げていたのだ。

 今まで運が良かっただけで、昨日はよく分からなかったが、死んだと思っていたレイが辛うじて生きて戦い、勝ってくれた。

 だから今がある。

 自分に何が出来るのかまだわからないが、もし次また戦う事があっても、生きて勝って戻って欲しい。

 そうでなければ、次に食べる食事が非常に食べ辛くなる。

 リズはオートミールに漬けた大麦のパンの欠片を再び自分の口に運んだ。


 幌馬車にドワーフ達からの餞別――塩漬けの肉や大麦のパン、乾燥させた保存用の小麦のオートミールのポリッジを樽に入れて、レイはそれを後方へと載せる。


「なんか、俺たちが来たせいで色々と迷惑掛けたな、すまん」


 餞別まで貰ってしまい、レイは申し訳なく長老に頭を下げる。


「いいんじゃよ、気にするな! お前さんらが来たのも、運命! ドラゴンが千年振りに戻ってきたのも運命! 聖剣を掘り出し、本来の持ち主に戻ってきたのもな」


 長老はレイに、白い鋼の刀身に白金の柄の剥き身の聖剣を差し出した。


「で、でもジイさん。これはあんたの夢なんだろ?」


「そうじゃ。その夢は叶った。わし一代でな。夢は叶えるものよ。……ずっと見ているわけにはいかん。新しい夢……目標を見つけるんじゃ! わしは見つけるぞ、若造!」


 長老はそう言ってガハハと笑うと、レイの左肩をパシリと叩き、再び聖剣を差し出す。

 レイは叩かれた左肩を痛そうに動かしながら、ガントレットをはめた右手で聖剣を受け取ろうとすると、その聖剣は光の粒子となり、ガントレットの甲の水晶へと吸い込まれていった。

 再び取り出せるのか心配になったレイが水晶に手を差し出すと、レイが聖剣を出したいという気持ちに反応したのか、白金の柄が水晶から出てきて、レイの左手で掴めるようになっていた。

 重さを感じられない聖剣を、ガントレットの水晶から掴んで引き抜くと、再び美しい鋼の剣をレイの前に表した。

 ガントレットの水晶に収める事が出来る聖剣。

 それこそが、レイが本来の持ち主であるという、何よりの証拠であった。

 その事実に、長老はニンマリと微笑む。


「やはり、聖剣はお前さんを主と思っているのだな」


「……ありがとう、ジイさん」


 そこに、若いドワーフが慌ててやってきた。


「おーい、長老! 大変だ! 見つかったぞ!」


「な、なんじゃ、何が見つかった!?」


 汗まみれで息を切らせたドワーフは呼吸を整え、自身の知った驚きの事実を長老に告げた。


「聖剣を掘り出した後、坑道をさらに奥に掘り進めたらよ……見つかったんだよ、ご先祖様の船の一部!」


「な、なんじゃと!? 本当か!?」


「あぁ、露出したのは、ほんの一部だが……外に運び出して修理さえすれば……!」


「おおお! 夢が広がるのぅ! みんな、聞いたか!? 先祖の船が見つかったぞー!」


 長老は興奮してドワーフ達と共に坑道の奥へと駆け出して行ってしまうと、レイ達三人はその場に呆然としたまま取り残された。

 だが、レイもリズも、ドワーフ達の一直線な熱意に、笑うしかなかった。


「あれなら、心配はなさそうですね」


「みたいだな」


『キュイ! キュイ!』


 モックンが馬に変身し馬車を牽引すると、レイとリズは御者台に乗り込んだ。

 鉱山の外に残ったドワーフ達が全員で、馬車で後にするレイ達に別れの合図を送ると、レイ達もそれに応える。

 再び山を越えて、ギアスのいる船を目指して、馬車は進んでいく。




 その山はかつて『火吹山』と呼ばれていた。

 だが、その山は火を吹いてはいなかった。

 火を吹いていたのは、ドラゴンだったのだ。

 ドラゴンの火によって山は燃え盛り、生きとし生ける物は燃やされ灰と化した。

 だがドラゴンは、ひとりの巨人によってその山を追い出されたのだ。

 それから千年後、ドラゴンは再び現れ、流浪の民が住み着いたこの山を再び焼き尽くそうとしていた。

 だが、再び現れた巨人によって、ドラゴンは成敗された。

 流浪の民が巨人に渡した聖なる剣によって。

 ドラゴンを討伐した巨人は、流浪の民が見守る中、去っていったという。


 この山が『火吹山』と呼ばれる事は、もう二度と無い。


 これが、この山に伝わる『火吹山の伝説』である。

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GANTLET-ガントレット- 荒木春彦 @hal_kinokawa

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