第12話「狂犬魔獣・ケルベロス」

 レイは魔獣――ケルベロスの二つの首の顎を両手で鷲掴み、リズやトップン星人に及ばぬように目の前で踏ん張っているが、真ん中の首がレイの首元を狙い、何度も噛み付いてくる。

 その攻撃を紙一重で何度も避けるが、両手で掴んでいる二つの首もそれぞれ抵抗し、集中しきれない。

 三つの首はそれぞれ別の意思を持っているからか、三頭のオオカミを一辺に相手にするのと同じ事であった。

 その両手で掴んでる二つの首は、レイの手から上顎を力強く開いて脱出し、両手にそれぞれ噛み付いた。


『痛っでぇーッ!』


 思わずレイは絶叫する。

 ケルベロスの身体を左に反らすと、その空いた腹に、蹴りを叩き込む。

 蹴り上げられたケルベロスはキャンキャンと鳴きながら後方へ転がり、レイと距離を取って体勢を整えた。


『凶暴すぎるだろ、ソイツ!』


 レイが飼い主であるグッド星人に抗議してしまう。


『うちのケルちゃんはなぁ~、母星の闘犬ファイトのチャンピオンじゃ~! 同じ犬だけじゃあなく、他の異星人も仕留めた強者よぉ~!』


「なんちゅうペットを飼っとるんじゃ、アイツ」


 トップン星人の言う通りであった。

 レイは噛まれた指を思わず擦ると、溢れ出た血が地面の森へと落ちていく。

 リズとトップン星人に被害が及ばないように、回り込むように場所を移動すると、地面の森が小枝を踏むようにポキポキと音を立てて砕ける。


「コラーッ! ワシの森を踏むなーッ!」


『無茶言うな、ジイさん!』


 レイは昨日水を飲もうとして止められた湖まで戦う場所を移動すると、腰を低く落として猫背の体勢になる。

 ケルベロスの走る軌道、飛び込む軌道はどれも低い位置であり、受け止めるには重心を低くしなくてはいけない。

 湖の前で待ち構えていると、すぐにケルベロスは低い軌道で森を蹴り上げ、素早い速度でレイの懐に飛び込んでいく。


『っ!?――』


 レイがケルベロスを受け止める前に、ケルベロスは背中ごと体当たりをし、レイの姿勢を崩した。

 崩されたレイはひっくり返り、湖の中へ背中から落とされる。

 幸いにも巨大化したレイの大きさでは、身体全体が浸る程度で済み、身体を起こすと甲冑の隙間から水が溢れ出ていく。

 だが、起き上がった瞬間に、湖の前にいたケルベロスが飛びかかり、三つの首の顎がレイを捉えようとしていた。


『くっそッ!』


 レイは仰け反り、その顎から逃れようとしたが、左手首は間に合わずケルベロスの顎に捕捉され、噛みつかれる。

 ケルベロスの噛む強い力が左手首に襲いかかり、強烈な痛みと共に牙が甲冑の隙間を潜り、肉の奥へと食い込んでいく。

 顎の力はレイの左手首の骨さえ砕いた。


『ぐっ!? あああああ……!!』


 レイの絶叫が辺り一面に響き渡る。

 左手首から溢れ出る血飛沫が、森に、湖に、飛散する。


「れ、レイ……? レイ……?」


 リズはレイの苦戦に、そして苦しむ姿に、胸を痛めた。

 怪鳥に脇腹を刺し貫かれた時もそうだったが、レイはあまりにもダメージを受けすぎる。

 巨人族とはいえ、本当に死ぬんじゃないかと思う。


「お、おじいさん……」


「あぁ……。ありゃ手首の骨までイッとるなぁ……。肉でつないどる状態じゃ……。下手したら手首噛みちぎられるぞ」


「だ、大丈夫……ですよね?」


「……お前さん、千切れた手首を再生させられるか?」


 リズは慌てて動揺しながら首を大きく横に振った。


「……噛み千切られたら最後じゃのぉ……」


「そ、そんな……!」


 レイの左手首を噛み砕いたケルベロスに、グッド星人は歓喜の声を上げた!


『いいぞいいぞ、ケルちゃん! そのままそいつの手首を噛み千切っちまえ!』


 飼い主の指示を聞いたのか、ケルベロスは噛み付いた頭を揺さぶって、どんどん噛み千切ろうとする。


『くっそ、離せッ!』


 レイは左手首に噛み付くケルベロスの頭部をガントレットの右手で激しく何度も殴りつける。

 根負けしたケルベロスがやっと口を離し、重傷の左手を引っ込める事が出来たが、その隙を突き、今度は右手に噛み付く。

 仰向けに倒れ悲鳴を上げるレイは、ケルベロスに左足で蹴りを入れるが、その左足すら真ん中の頭部のケルベロスに噛みつかれる。


『ぐああああ!! こいつ……離せっ! 離せぇ!』


 執拗な程の噛みつき攻撃に、レイのエネルギーは切れかけ、とうとう噛みつかれたガントレットの水晶が赤く点滅し警告音を鳴らした。


「あぁ……このままじゃ……!」


 リズが悲痛な声を上げる。


「な、なんじゃい、この音! わしが見た時はこんな音は出しとらんかったぞ!?」


「あの音は……多分、レイの限界が近づいているんです……。あの音が消えたら、レイの変身が解けて……」


「へ、変身が解けてどうなるんじゃ!? 死ぬんか、アイツ!?」


 リズは分からないと、頭を横に振った。

 変身が解けるだけなら良い、前回はそうだった。

 だが、巨人であっても致命傷を負えば、変身が解けてそのまま死ぬ事もあるだろう。


「これ以上傷を負ったら……あの人は……」


 それを聞いて、トップン星人は腹を立て、怒りに怒った!


「なぁ~にが、巨人じゃ、バカタレーッ!」


 そして、巨人に向かって吠えた。


「なぁ~に負けとんじゃ、巨人! お前それでも巨人かぁ!? お前言うとったのぉ? 『地球の平和を守りたい』だの、『地球人守りたい』だの! だったら負けるんじゃないわい! ええか、何かを守るって事はのぉ……『負ける事は許され』んのじゃい! お前が負けたら、誰が守るっちゅうんじゃ!? 誰も守れんわい! どんなに傷を負うが、最後には必ず勝たんかい! それが『守る』っちゅうー事じゃない! それも出来んとは、やっぱり偽善者じゃ! この、偽善者の巨人族め!!」


 トップン星人はありったけの罵倒をレイにぶつける。


「お、おじいさん……」


 リズにはその罵倒が、レイへの応援にも聞こえた。

 そしてその罵倒は、レイにも届く。


『へっ……! 言ってくれるじゃねぇか……ジイさん!』


 その時、レイの身体の中を熱いものが流れた。

 ガントレットの水晶が金色に光り、その光が血液のように右手から全身へと行き渡る。

 甲冑の隙間に光の筋が流れ、金色の光のが甲冑の隙間から溢れる。

 そして、ガントレットの光が膨れ、噛み付いていたケルベロスの頭部はそのエネルギーによって爆発四散した。


『あぁ~!? ケルちゃん~!』


 爆発四散したケルベロスの頭部の肉片はすぐに細胞が崩れ、残りカスが灰のようになって森に注がれた。

 左足に噛み付いていたケルベロスも、レイは再び蹴り飛ばす。

 三つのうちの一つを吹き飛ばされたケルベロスは、レイから距離を取った。


『てめぇ~! よくも俺の大事なケルちゃんを~!』


 グッド星人は憤慨するが、だが恐れてもいた。

 巨人がさっきまでとは様子が違う。

 何か……ヤバい。


『ジイさん、アンタの言う通りだ……。俺は負けない……。守りたいものを守るために、俺は絶対に負けない!』


 身体を起こそうとしたが、ダメージが蓄積していて言う事を聞かない。

 次にケルベロスが仕掛けて時が勝負、一気に決める。

 レイは身体から溢れる光をコントロールして、ガントレットの水晶に集中させた。

 光子エネルギーが身体を駆け巡り、水晶へと集中していく。

 片膝を着きながらも、右手のガントレットの水晶を、ケルベロスに向けた。


『いけっ! ケルちゃん! アイツにトドメを刺してやれ!』


 グッド星人がけしかけ、ケルベロスが再び走り向かっていく。

 ケルベロスが高く飛びかかった。


『フォトン・ビーム!!』


 瞬間、水晶から膨大な光子エネルギーの光線が放出された。

 光子エネルギー光線は飛びかかったケルベロスを包み込むほど膨大であった。

 リズとトップン星人は頭上をかすめる光子エネルギー光線に、首をすくめて驚く。

 膨大な光子エネルギー光線は包み込んだケルベロスを消し炭にし、その向こうの山まで到達し、一部を焼いた。


『ケルちゃぁあああああん!!』


『う、うぉおおお!?』


 あまりにも膨大な光子エネルギーの放出に、重傷なレイはコントロールが効かなかった。

 光線が逸れ、空を焼きながら、空中で滞空していたグッド星人の円盤にかする。


『う、うわああああ!?』


 グッド星人の円盤のスピーカーから悲鳴が上がった。

 円盤はみるみるうちに落下していき、このままでは地面に衝突、爆発炎上するだろう。


「ボス! 船のコントロールが効きません! もう終わりです!」


「機体にしがみつけ! 最後まで諦めるな!」


 円盤の中の二人のグッド星人は、落ちていく中、パニックになりながらも、リーダー各のボスは「諦めるな」と言葉にしつつも、心の中で覚悟を決めていた。


 やっぱり、そううまくいかねぇかぁ……。

 この地球で暮らしてみたかったんだがなぁ……。


 自分の命が終える瞬間の恐怖を必死に抑えながら、その時を待った。

 だが、大きな衝撃はあったが、それは自分達の死ぬ瞬間ではなかった。


「え……? な、なんでだ?」


「ボス……。俺たち生きてますよ!」


 円盤の外をグッド星人のボスが見ると、そこには巨人が右手を伸ばし、円盤を地面からギリギリ離れて掴んで倒れていた。


『間に合った……みたいだな』


「ま、マジかよ……」


 レイはゆっくりと円盤を持ち上げたまま立ち上がり、トップン星人のバンガロー前の広場にゆっくりと下ろした。


『あぁ……疲れた……』


 その一言と共に、レイの変身は解け、人間態のまま広場で倒れた。


「レイ……!レイッ……!」


 リズは急いでレイに駆け寄って、彼の上半身を自分の膝に乗せ介抱する。


「よう……。今度も勝ったぞ。……なんかもう、こっちの手ぇ、プランプランしてんだけど……」


 そう減らず口を叩いて、赤黒く変色した左手首を持ち上げると変な方向に垂れ下がっている。


「ふざけてないで、早くその手見せてください! あぁ、もう……いっつも無茶して……」


「……心配してんの?」


「ボディーガードが死んだら、誰が王女たる私を守るんですか!? まったく! 左手まっすぐにしておいてください、骨が変なふうにくっついても知りませんよ?」


「……はいはい」


 リズの治癒能力で手当てを受けているレイの前に、トップン星人が現れた。


「まったく、千年前と違って弱っちぃのぉ~お前さん!」


「かもな。でも、今度は船を落とさなかったぜ?」


 レイはそう言って、トップン星人に右手でサムズアップする。


「フンッ!」


 トップン星人は憎たらしく鼻で笑ったが、口角があがり笑みを浮かべてしまうのを止められなかった。

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