第24話 安心する関係

 恋愛とはなんだろうか。

 多分、完全に理解する日はやってこない。


 好き、とはなんだろうか。

 私には言葉で説明できる気がしない。


 親に紹介した。

 一緒に夏祭りを楽しんだ。

 花火も見た。

 海にも行きたい。

 映画にも。


「俺はいずれ、君にプロポーズするよ」


 彼はどれだけの吃驚と嬉しさを。

 幸せを、私に与えてくれるのだろう。


「俺は10月に異動する」


 そしてどれだけ。

 私の心を締め付けるのだろう。


「こっちに居られるのは9月一杯だ」


 あと半年だと思っていた。

 いや。

 もっとずっと。


 『お隣さん』だと思っていた。


 過らなかった訳じゃない。異動があるのなんて当然だ。それを了承して、彼は入社したのだから。拒めばそれは規約違反だ。


 だけど。

 あまりにも幸せすぎて。


「…………」


 分かりました。

 急ですね。

 どこなんですか?

 会いに行きますから。


 ……そんな気の利いた言葉なんか。


「…………」


 2ヶ月無い。

 もう、すぐだ。

 そりゃそうだ。異動が多いと言われる会社で、2年同じところにいたんだ。いつ辞令があっても不思議じゃない。

 こんなのは、当然に起こりうることだ。

 これからも。


「…………」


 無言で、帰り道を行く。私のせいだ。私が黙っているから、お互い無言になる。

 行きの時とは真逆。


「……ほのか」


 心配して、声を掛けてくれる。だけど私は応えない。応えられない。

 何も言えない。

 ただ、手を繋いでいる。

 恋人繋ぎじゃない、普通の繋ぎ方。


「……」


 この人が好きだ。


 離れるのは耐えられない。


「……たった半年だよ」

「…………」


 無理。


「…………ほのか」


 そして。

 こんなことで、またしても迷惑を掛けてしまっている自分を嫌いになる。


 仕方ないことだ。

 だから、きちんと受け止めて。残りの時間を大事にして。いっぱいおにーさんと思い出を作って。

 笑顔で見送るんだ。


 それが『最善』だと、頭では分かっている。


 心が、切り替えられない。


 やっと、お父さんにも認めれたのに。


「……ほのか?」


 いつの間にか、アパートへ着いていた。だけど私は、自分の部屋へ帰るつもりはなかった。

 違う。


 おにーさんと離れるつもりが無かった。


「…………」

「…………」


 おにーさんはやれやれと息をついて、私と一緒に部屋へ入った。


「……ごめん。急に変な話して」

「……!」


 ぶんぶんと首を振る。

 おにーさんが悪いことなんてなにも無い。謝ることなんてひとつも無い。


「……風呂、入らないと」

「!」


 手を離してしまった。

 そう、言えば。私が離すと思ったのだろう。まんまと離してしまった。


 離して『しまった』。


 まだ。

 一緒にお風呂入る関係じゃないから。


「……ぅ」


 私は、おにーさんが好きだと言いながら。

 まだ何もしていないんだ。


「…………」


 行動によって示す。

 おにーさんが言っていたことだ。

 私は何か、行動をしたのだろうか。

 おにーさんへ何を示せているのだろうか。


 私は、意地悪で、おにーさんから私の好きな所を聞き出しておきながら。

 私はおにーさんに何も伝えていない。おにーさんのどこが好きなのか、言っていない。


 手は繋ぐ。普通だ。

 キスもする。おにーさんからだ。


 私は『おにーさんを好きだ』という証拠を、おにーさんへ示せていないのではないだろうか。


「…………」


 静かだ。

 ここからじゃ花火は見えないし聞こえない。普通の住宅街。

 シャワーの音だけがする。

 ぼうっと、ただそれを聞いている。

 ていうか、本当にお風呂入ってるんだ……。


 私は。

 私の脳は。

 また最低なことを考えていた。


「…………」


 あと1ヶ月半で。

 会えなくなるのならば。


 最後にやっておきたいことは?


「……」


 自分に腹が立つ。


「ふざけんな」


 どこまで、駄目な女なんだ。


「……ほのか。機嫌直してくれよ」

「!」


 お風呂から上がったおにーさんが、私の隣に座った。

 私は三角座りで部屋の隅に居た。


 機嫌を悪くしていたんだ。

 少なくとも、そう見られている。


「……ごめんなさい」

「…………大丈夫?」


 心配掛けている。


「……私は」


 寄り添って座ってくれたおにーさんの手を触る。


「!」

「おにーさんが好きです」

「!」

「……おにーさんは……」

「好きだよ。ほのか」

「!」


 もう普通に。確かめられる。実家に行ってから、心境が変わったように思う。


 そうだ。当然だ。いや、相思相愛が当然なんじゃなくて。

 おにーさんは好きで、異動する訳じゃない。彼だって嫌なんだ。

 なのに私だけ、子供みたいに。


 ええええ! そうなんですか!?

 じゃあ、この夏の思い出作りは重要ですね!


 そうやって。

 明るい話に持っていけば良いのに。


「広めの部屋にするよ」

「え」

「卒業したら来て欲しい」

「!」


 驚いてしまって。

 泣き顔で。恥ずかしくて。

 でも、彼の顔を見た。

 見上げた。


「一緒に住もう。来年から」

「…………!」


 昨日から。

 この人は。

 なんだかおにーさんなのに、おにーさんじゃないみたいで。

 とっても、おにーさんで。おにーさんらしく。


「半年だけ。我慢して欲しい。まあ休みの日はこっちまで来るよ。そこまで遠くも無いから」

「おにーさんっ」


 頼もしくて。

 かっこよくて。


 抱き付いた。


「わっ……」

「……おにーさん」

「ほ。……ほのか?」


 告白は、私から。

 キスは彼から。


 ハグは私からだ。


 お互い座りながら。倒れるように、私が彼の胸に埋まった。


「…………」

「!」


 おにーさんは黙って、ぎゅっと抱き締めてくれた。


 何を考えていたんだろう。

 どう感じていたんだろう。


 心臓の音が聴こえる。

 あったかくて、優しくて。


「…………」


 安心しきったらしく、私はそのまま。


——


 プロポーズをすると言ってくれた。


 プロポーズじゃ、ない。

 だけど、プロポーズと同じだ。それは。


 まだ付き合って、1ヶ月だ。

 流石に早すぎる? いや。

 出会って2年半近くになる。


 プロポーズじゃない。

 いずれ、だ。


 それを待ちながら。私はこの先彼と交際を続ける。

 その安心感。

 別れる気なんかない。大好きだ。なら。


 その先には結婚がある。

 今はまだ、私にだって考えられない。まだ学生だし、まだ21歳だ。


 だけど。

 大人じゃあないけど。

 子供でもない。


 全く考えない歳でもない。

 結婚を、もしするのなら。


 おにーさんとが良いなと、思う。

 いずれ。

 恐らくおにーさんは、決めてるんだ。

 私に。

 このまま続けば、プロポーズをすると。

 つまり。

 彼は自分の意思を伝えたと共に、決定権を私に委ねたんだ。

 彼から、別れを告げることは無い。結婚をしないならば、私から言うしかないと。


 ……そんなの。

 私だって無いよ。


 大好きなおにーさん。

 彼からのプロポーズ。

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