第14話 手を繋ぐ関係

「ここは……!」

「せっかく近くだし行きたい行きたいとは思ってたんだけど。なんだかんだとずるずる2年過ぎてたから。丁度良いかなって」


 土曜日。

 動物園へやってきた。電車ですぐだ。そこそこ大きな動物園。

 まあデートとしては、定番だろう。外れってことは無い筈。


「おにーさん、動物好きなんですかっ?」

「まあね。自分じゃ飼えないけど。見る分には」

「へぇー! へぇぇーっ!」


 ほのかは物凄く喜んでくれた。なんならまじで笑顔が光っていた。目と歯が。


「犬派ですか? 猫派ですか?」

「どっちも好きだけど。強いて言うなら猫かなあ」

「私と逆ですねー! へっへっへ」


 物凄く嬉しそうだ。変なテンションになってる。

 その笑顔が見れただけで、ここへ来て良かったと思えるな。

 まあここへ来た目的の殆どはほのかの笑顔なんだけれども。


「さあ! まず何から見て回りますかっ?」

「……うーん。適当に歩き回るのも好きだけど」

「良いですねえ! でも、ほどよく混まずに色々見れるルートを探すのもアリですよ」


 滅茶苦茶混んでいる。当たり前だが、土曜日だ。

 さらには夏休み。家族連れやカップルで溢れかえっているのだ。

 そのカップルの内のひとつが俺達な訳だ。

 なんか嬉しいな。


「私、テッパンも好きですけど、マイナーな生き物も好きですよ」

「俺も俺も。あっ。あっちアリクイだってアリクイ」

「あはは! 動物園来てまず初めにアリクイって!」

「邪道極めよう邪道。次はオカピとかで」

「あはははっ!」


 大成功だ。まさかここまで喜んでくれるとは。

 因みにほのかの服。

 滅茶苦茶可愛いことは言うまでもない。例によって服に詳しくないから説明できないけど。スカートが何か短めでドキリとする。

 動く節々でふわりと弾むのだ。大丈夫かそれ。


「ペット飼ったこと無いんですか?」

「ああ。昔ねだった事もあったけど、母親に言われたことあるんだ」

「何て?」

「『ウチに口の付いたモンはあんたら男共だけで充分だ』って」

「あはははっ! なんですかそれ」

「大変だったんだろうなあ。毎日男3人分の食事は」

「あれ、3人?」

「ああ。弟が」

「えっ! 弟さん居るんですかっ!?」

「あれ、言わなかったっけ」

「知りませんよ~。いくつ下ですか?」

「ふたつだから……」

「私のひとつ上ですね」

「あー、そうか。……なんか変な感じするな」

「今度紹介してくださいね」

「機会があればね。あいつももう社会人だし」


 弟より歳下の彼女か。そう言えば。あんまり考えてなかった。

 昔なら考えられなかったな。3つ下って、高3の時中3か。

 恋愛対象じゃないレベルだな。


 あれ? 俺これ大丈夫か?

 いや、まあお互い成人してるから大丈夫か。

 セーフセーフ。


「似てますか?」

「んー。あんまり言われたことは無いな」

「写真ありますか?」

「ちょ。……めっちゃ来るね」

「あははっ。なんか気になっちゃって」

「写真は無いな。撮らないしな」

「えー。私は妹とプリクラしますけど」

「あっ。妹さん居るの?」

「はい。……えっと、ほらこれ、写真です。右の方」


 妹さん。

 可愛いんだろうなあ。そりゃ。


「へぇ、可愛い」


 可愛いかった。ていうか似てる。激似。俺と弟と違って。


「淑香って言うんです。今、高3かな? 4つ下で、受験年なんですよ」

「へぇ~」


 しとかちゃんか。淑やかに香る。

 ご両親名前のセンス抜群だな。


「見分け付かなかったら嫌ですよ?」

「それは大丈夫だって」


 確かに顔は似てるけど。

 胸が。

 いや。

 流石に失礼すぎるから絶対言えないけど。

 でも、それくらいでしか、ぱっと見では見分けられないかもしれないくらい似てるな。


「ほのかは爬虫類とか平気?」

「はい。全然」


 開園すぐ爬虫類コーナーへ行くカップルってどうなんだ。

 まあ良いか。

 俺達は俺達らしく。


——


——


「……なんか笑ってません?」

「思いの外喜んでくれて良かったなって」

「えへへ……」


 お昼は、園内のフードコートで注文した。お弁当という手もあったけど、たまにはね。


 いやあ楽しい。

 まさか動物園とは。

 これは趣味が合うと言えるのだろうか。動物は皆好きだと思うけど。


「意外とアウトドアじゃないですか」

「うーん……そうかな」

「なんか部活、運動やってたんですか?」

「ああ。中高野球してたよ」

「へえ! 良いですね! 高校球児だったんですか」

「補欠だったけどね」

「あららー」


 ここでも、他愛の無い会話。

 ひとつずつ、おにーさんを知っていく会話。


「ほのかは? 部活」

「何もやってません。学校終わりは『家事手伝い』でした」

「だからか。あの美味さ」

「えへへ」


 ひとつずつ、私を知ってもらう会話。


「……ねえ、おにーさん」

「ん?」


 今なら、言える。

 この空気なら。

 『テンションの高い私』なら。


「手。……繋いでも良いですか?」

「…………!」


 頭ひとつ高い、おにーさんの顔を見上げる。

 彼は一瞬吃驚して。


「……汗が」

「問題ありません」


 お互い様。


「……お願いします」

「……はい」


 ぎこちなく応えてくれた。

 おにーさんの、宙ぶらりんな左手に。右手を差し込む。

 普通に繋いだ。私が、おにーさんに手を引かれるような形。


 お互い震えてるのが分かった。


 恋人繋ぎは、多分まだ無理。


「……次、どこ行こうか」

「近くにヌー居ますね」


 今はただ、この温もりを。

 全神経を、右手に集中させて。


 おにーさんを感じていたい。


「あっ。なんかショーやるみたいですよ」

「行こう行こう。それは見ないと」


 引かれて、歩く。

 まだおにーさんの隣には立てない。繋ぎ方なんだとは思うけど。

 どうしても、半歩遅れて歩いてしまう。


 言った割に、私だって恥ずかしいんだ。

 周りが凄く見ている気がして。

 大丈夫かな。私、ちゃんとこの人の『彼女』。

 できてるかな。


——


 歩き疲れた。

 本当に色々見て回った。


「おっ。ゴリラだ」

「ニシローランドゴリラって。マウンテン以外にも居るんですねゴリラ」

「学名が確かゴリラゴリラゴリラらしい」

「なにそれっ? あははっ。嘘だあ」

「マジマジ」


 おにーさんは動物の変な知識を持っていて、説明が面白い。


「あっ。キリンですよ。英語でジラフ!」

「ラテン語でギラフィアカメーロパルダリス」

「ちょっと意味分かんないです」


 あっという間に時間は過ぎていった。

 ずっと笑っていたと思う。

 本当に楽しすぎて。


「はー。そろそろ日が暮れますね」

「そうだな。帰りの客で混雑してきたね」

「あっ」


 見付けた。見付けてしまった。多分、無意識に。


「おにーさん! あそこ——!」


 一緒に乗ったら楽しいだろうな、としか考えていなくて。


「……観——……」


 台詞の途中で気付いた。


「……覧、しゃ」


 ここは。


「おっ。良いね。記念に乗ろうか」


 恋人がキスをすることで有名な乗り物だと。

 そして多分、この様子だとおにーさんは気付いてない。


「……! …………はい」


 最後にして最大のイベントがやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る