第13話 泊まりはしない関係

「学部どこでした?」

「経営。もう何ひとつ覚えてないけど」

「げ。じゃあ教えてもらえないですね」

「そっかテストか。成績良いんだっけ」

「…………普通ですかね」


 他愛ない会話。


「長期休暇取れるんですか?」

「まあ、一応。時期は少しずれるかもだけど」

「っていうか何のお仕事してるんですか?」

「あー。話したこと無かったっけ」

「そーですよ。お互い、知らないことだらけですって」


 適当な会話。


「近くにお祭り無いって知ってました?」

「いや。全然。あ、無いんだ」

「ちょっと遠出しなきゃです。でも大きいし、花火は抜群ですよ」

「それは見ないとな」

「見逃してた2年分見ましょう。一緒に。ね」


 最高の会話。

 凄く凄く、恋人だ。

 おにーさんは私の話を聞いてくれる。私だけの話を。ずっと。嫌な顔せず。ころころと話題を変える私にしっかり付いてきて。


 それが凄く恋人だ。


「友達が、紹介しろってうるさいんですよ」

「良いよ、別に」

「やー。嫌ですなんか」

「なんで」

「『歳上』ってのが……。あー。こう。なんか、丁度良い言葉が見付かりません。茶化される前提というか」

「……あぁ。なんとなく分かった。まあ俺も、今大学生達に交じって同じノリの感じ出せないと思うし」

「そうなんです。もっと大人なんですおにーさんは」

「……言っても3年前まで学生だったけど」

「でも、私はおにーさんの周りの方々にご挨拶したいなとちょっと思ってますよ」

「いやいやいや。それこそ俺が嫌だな。『歳下かよお前』みたいな……って、一緒か」

「あははっ。そうですね」


 普通の会話だ。だけど恋人になってやっとできるようになった会話。

 もっと話したい。

 もっと。


「あ。……もうこんな時間ですね」

「確かに。やばい風呂入らないと」

「明日も早いですもんね。じゃ、今日はこの辺で」

「ああ。おやすみ」

「おやすみなさい。また明日」


——


 朝起きて、朝御飯とお弁当を作って。


「おはようございます。おにーさん」

「……んぅ……」


 インターホンは要らないと強く言われたから、いきなりドアを開けて入る。鍵閉めてないのね。まあ2階だし良いのかな。


「朝ですよー」

「……ん」

「ほらほらおにーさん」


 最初の方はきっちり起きてたけど、今は慣れたのか信頼してくれてるのか、私が起こしている。

 最初はドキドキしたけど。寝てるんだもん。どうやって起こしたら良いやら。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 朝御飯を食べ終えたら、着替えて出発。私はそれを見送る。


 洗い物して、軽く掃除して。自分の部屋へ戻る。

 授業の用意をして、早めに家を出る。授業の無い日はゆっくりする。


 おにーさんのご飯は気合いが入るけど、自分の昼食は適当になってしまう。


「で、もうヤったの?」

「馬鹿。しても言わないったら」

「いーや。多分分かると思うわ。バレバレ。早くヤりなよ」

「……なんでよ。そんなことあんたに」

「そりゃ、あんたから話聞く限り『へたれ』でしょ。その『おにーさん』とやらは」

「う……」

「あんたから誘わないと多分無理よ。我慢しすぎて可哀想じゃないの?」

「いやいや。いやいや。おにーさんはそんな、そんな人じゃないってば」

「それは分からないじゃない。男は皆獣なんだから。どんなへたれでもね。『モノ』は付いてんのよ」

「…………そうなのかなあ」

「そうよ。ヤりたくて仕方ない筈よ。だってもう付き合ってんだから! あんたもそれが目的じゃない?」

「違うよ?」

「真顔で即答しやがって!」


 買い物は夕方に。

 夜。おにーさんの帰宅時間はほぼ毎日一緒なので、それに備えて晩御飯の準備。歌なんか歌いながらご機嫌で作る。


「お帰りなさい」

「ただいま」


 もう、外までは出迎えない。おにーさんの部屋で待ってる。

 おにーさんが帰ってくる頃に、丁度出来上がるように。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


 毎回、丁寧に手を合わせて言う。もう習慣となっている。


「そう言えば家で何やってるんですか? お休みの日。いつも居ましたよね」

「まあゲームとか。……漫画にアニメに動画に。オタクだよ」

「どんなゲームですか? 何のアニメですか?」

「え……」

「いや、詳しくは無いですけど。ていうか全然知りませんけど。おにーさんの好きな物なら興味ありますよ」


 そして、食後にはお話タイム。これが1日の流れだ。

 このお話タイムが凄く楽しい。


「女の子って、オタク趣味嫌いじゃないの?」

「そうなんですか?」

「え。いい歳してアニメみたいな」

「でも皆ワンピースは好きですよね」

「……あー。……うーん」


 毎日、何かひとつ。いや沢山、おにーさんを知っていく。好きなものや、会話だけじゃない。

 ふとした仕草や、癖。よく着ている服。家具の配置。

 楽しい。


「……もしかして、エッチなやつですか?」

「違っ! ないない! 違うよっ」


 めっちゃ否定した。

 面白い反応するおにーさん。


「あはは。必死ですね」

「ぅ……まあ、そこまで言うなら。でも、見てても面白くないと思うけど」

「それは私が判断しますので」


 テレビゲームを起動するおにーさん。

 横に座って見る私。

 そう言えばまだ。


 おにーさんの身体には、告白の時の『手の甲』と。朝起こす時の『肩』しか触ったことないなあ。


 今。

 寄り掛かれれば良かったのに。微妙に距離を置いてしまった。

 次のデートでは、手を繋ぎたいなあ。


「……で。……こんな感じで」

「ふんふん」


 正直まあゲームの説明は頭に入ってない。

 おにーさんは、どう思ってるんだろう。

 本当に、あの子の言う通りなのかな。


 私と。……したいのかな。


 分からない。

 何でも言おう、聞こうと交わしたのに。やっぱり訊けない、言えないことはある。


 もし。

 おにーさんがそこまで思ってなくて。例えば、結婚して、家族計画なんかを考えた時に、ってなら別に良いけど、そこまでしたい訳じゃなかったとしたら。


 私から言ったら、なんか私がしたいみたいな感じになるじゃない。


 逆だったら。

 それは、それで。なんか……やだな。いや、別に嫌って訳じゃ、無いけど。


 ああ。どうしたら良いのか。でも、いずれは多分そうなるんだろうし。

 覚悟はできてるかと訊かれれば、できてますとも言いきれないし。


 でも、もし『私から』を待ってるのだとしたら。ずっと待たせるのも申し訳ないし。


「……どう?」

「じゃあ、試しに」


 コントローラーを受け取る。気を遣って、私の指には触れないように。

 朝のお弁当の時からそうだ。ずっと前から。

 極力私に触れないような立ち回り。これの意図は、何なのだろうか。

 私に触りたくない? いや、そんなことは無いと思……いたいけど。

 この前は普通に……手の甲だけど、触ったし。


 おにーさんの熱が残るコントローラー。

 温かい。


「え? どのボタン……あっ」

「まあ、最初はそうなるよ」

「ええ~。もう1回」


 おにーさんはどう思ってるんだろう。それとも、別に気にしなくて良いのかな。

 変に『恋人だから』と考えなくても。周りの言う『普通』なんか気にせず。


 私達は私達の歩幅で。


「あー。楽しかった。またさせてくださいね」

「うん。それは良かった」

「じゃあ、もう帰ります。おやすみなさい」

「おやすみ~」


 いつかは。

 『帰らなく』なるのだろうか。


 まだ。

 こんなに近くて、毎日通うおにーさんの部屋には、泊まったことは無い。

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