第8話 顔を合わせない関係

 終わった。

 俺のせいだ。


 あの後。

 泣き出してしまったほのかちゃんをどうにか慰め。

 っていうか、慌て過ぎてしまって何を言ったか覚えてないけど。


 無言で家路に着いて。

 無言で別れて。


 そのまま終了。


 ほら。

 一瞬だったろ。

 これが俺だ。俺の人生だ。


「…………は……ぁぁ……」


 俺まで涙が出た。

 仲良くなってたんだ。多分。嬉しかったんだ。


 俺は余計な事を考えずに、ただ『ほのかちゃんとのデート』を楽しめば良かっただけなんだ。


 それが。

 キモい思い出を振り返り。

 どうせキモい顔をしていたんだ。


 死ね。


 だけど。

 確定した。


 ほのかちゃんは。

 俺のことが好き『だった』んだ。


——


 当然。

 次の日の朝。

 彼女は居なかった。当たり前だ。

 こんな日でも、会社は休めない。足が重い。頭が重い。身体が重い。


 今日からまた、コンビニ弁当だ。


 当たり前だろ。今までが奇跡だったんだよ。

 何を期待してたんだ。当然なんだよ。


 お前のせいなんだから。お前が悪いんだから。

 報いを受けろ。


 ……次会ったら。

 いや、もう俺が出入りする時間には出てこないと思うけど。

 もし会ったら。


 土下座しかないだろう。本当は今すぐインターホンを押したいけど。

 それは流石にキモい。


「あれ? お弁当どうした」

「…………」


 当然、こうなる。めざとい奴め。いや、これも俺が悪いんだ。


「言いたくない」

「おいなんかあったのかよ。相談乗るぜ」


 言いたくない。

 乗って欲しい相談なんて無い。


 俺が悪い。それで終わりだ。謝って、元通りなんて虫が良すぎる。それは無理だ。


 何が駄目だったのか、なんて。分かりきってる。


 もう、あの笑顔は見れない訳で。

 烏滸がましい。


 もう、あの声は聞けない訳で。

 キモい。


 もう、ほのかちゃんと。

 …………。


——


「はっ?」


 声が出た。

 嫌々、外へ出た朝だ。

 1週間後。

 ほのかちゃんと全く会わない1週間が過ぎてから。

 むやみに暇すぎるいつも通りの土日を終えて。


 玄関を開けると。

 あの、可愛いピンクと白のお弁当箱が置いてあった。


「…………!?」


 なんだこれは。

 1分くらい、俺は固まっていた。


「…………良い、のか?」


 誰も居ない。誰も見てない。ひとりで呟く。


 持ち上げる。中身が入っている!


 作ってくれたのか……?


 なんで?

 えっ。

 どうして?


 だが。


 もう終わったと思ってた。これは『チャンス』だ。そして、最後だ。


「……あれ、戻ってんな。仲直りできたか?」

「…………」


 うるさいな。

 ゆっくり味わわせて食わせろ。


 泣けてきた。

 ほのかちゃんのお弁当だ。

 滅茶苦茶美味い。


——


 何が起きたのか分からない。俺を許してくれるのか。それとも別の意図があるのか。

 あの位置。俺に向けた奴だろう。違ったらもう自殺するしかないけど。


「…………」


 夜。

 ほのかちゃんは居ない。この弁当箱、どうすれば良いのだろう。


 置く、しかないよな。


「!」


 ほのかちゃんの部屋の前に置いて、俺は自分の部屋へ帰った。

 すると外で、ガチャリとドアが開く音がした。


 気付いてる。俺が帰るのを待って、弁当箱を回収したんだ。


 ……合ってた、のか?


 分からない。

 分からないけど。

 胸の中の重い塊が、少し軽くなった気がした。


——


——


 終わった。

 引かれてしまった。

 嫌われた。


 恥をかかせてしまった。泣くって。

 泣くってなんだ。馬鹿なのか私は。


 自分で誘っておいて、勝手に泣くんだ。


 なんだそれは。


 授業は全部サボった。外へ出る気が全くしなかった。


 何よりショックなのは。

 私ひとりで舞い上がって、おにーさんが詰まらなさそうにしていたのに気付かなかったことだ。


 私は、自分だけが良ければ。自分の為に。自己満足でやってきたんだ。

 そう思っていた。けど少しだけは。

 おにーさんも楽しんで貰えてる。喜んで貰えてると密かに思ってたんだ。


 違った。

 本当に、自分のことしか考えてない大馬鹿なんだとはっきり分かった。


 泣いてしまった。

 情けない。

 もう、どんな顔をして会えば良いのか分からない。


「……」


 ガチャリと。

 朝、定時に。夜、定時に。ほとんど決まった時間に、音が鳴る。


 いつもは狙って出ていたのに。


 多分心配してる。優しいおにーさんだから。そうでなくとも、どうしたのかと思ってる。

 お弁当、作れなかった。


「ちょっと。どうしたのよ」

「…………」


 全部を話した。

 誰かに聞いてもらいたかった。


「……そりゃ、別にあんた悪くないでしょ」

「そんなこと」

「あんたが誘って、向こうがOKして。どうして向こうに詰まらなさそうにできるのよ。そりゃ男が悪い。情けない奴。デートひとつできないのかよ」

「…………」


 おにーさんは悪くない。

 だけど。

 私が悪くないと言われて、少しだけ楽になった。実際は悪いんだけど。

 言われただけで。


「どうすれば良いかな」

「はぁ? まだ好きなの?」

「…………うん」


 元通りにしたい。

 あんなので終わりにしたくない。

 せめて。


 せめて告白して。

 それで駄目だったら諦めがつくのに。


 そんな後悔が、この1週間あった。

 こんなことなら告白しておけば、と。


「…………弁当作ってたんでしょ。それやれば良いじゃん」

「え……」


 持つべきは友。

 作戦は上手くいった。


 もしかしたら手を付けられないと思ってドキドキしたけど。おにーさんはお弁当を拾って持って行ってくれた。


 夜はそっと、私の玄関前に置いてくれた。


 綺麗に完食してくれていた。


「……おにーさん……」


 涙が出た。

 私、泣きやすいのだろうか。

 嬉しかった。

 食べてくれた。

 まだ私は、おにーさんのお弁当を作って良いんだと思った。


 顔を合わせずに、お弁当だけのやりとりが。


——


 さらに1ヶ月続いた。

 私は中々、出られずにいた。

 毎日、綺麗に食べてくれる。毎日、私は飽きない。嬉しい。楽しい。


 だけど。顔を見たい。会いたい。話したい。また外に……デートだってしたい。

 お部屋に行きたい。


 会わなくなってからの方が、好きになってる気がする。


「あんたどうすんの? 結婚?」

「へぇっ?」


 変な声が出た。


「就活だよ。シューカツ! あんた何もしてないでしょ? 『おにーさん』『おにーさん』でさ」

「…………」


 そうだった。

 私は今4年生だった。授業は少なくなって、就活をしなければならなくなる。


「告白して、転がり込んだら終わりじゃないの」

「……無理だって」

「でも、なら卒業したらもう会えないんじゃないの?」

「え……」


 もう会えない。


「連絡先も知らないんでしょ? あんただってここが地元じゃないでしょ? どこで就職するのか知らないけど」


 あ……。


 『続かない』んだ……。


 『これ』は。


 何で気付かなかったんだろう。


 私はいつまでもあの部屋に居ないし。それはおにーさんだってそうだ。転勤だって可能性としてはある。


「告白はしときなよ。手遅れになる前に」

「…………!」


 どうしよう。

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