第16話 覚悟を決める関係

「キスくらいはした?」

「な!」


 どうして。

 バレるんだろう。何も言ってないのに。


「やっぱり。ほのかあんたは分かりやすすぎね」

「……あんた超能力者かなんかなの?」

「あたし心理学部だし。多少はね」

「いや知らないけど……」

「で。やったのね」

「うっ。……うん」

「どこで? 家? どっちの?」

「……観覧車」

「うおお!」

「わっ」


 なんでそんなに、食い気味に来るんだろう。そんなに気になるのかな。私のこと。

 私はこの子の恋愛、そこまで気にならないのに。


「良いじゃん! 観覧車キス! ベタだけどドキドキするよね」

「そうそう。本当にドキドキした」

「あんたから誘ったの? おにーさんへたれだもんね」

「いや。おにーさんから。キスもおにーさんから」

「嘘! 凄いじゃん! やったじゃん!」

「えへへ……」


 私の喜びを、彼女は一緒に喜んでくれる。

 本当に良い友人を持ったと思う。


「んで、その日はホテル?」

「ちがっ! そんな訳ないじゃない。普通に帰ったわよ」

「え。ヤッてないの?」

「ヤッてないわよ!」


 すぐそっちに話を持っていくのが玉に瑕だけど。


「なんか、プラトニックというか。純情ね。今時珍しいくらい」

「別に良いもん」

「でもまあ、キスしたんなら後は秒読みね」

「…………」

「したくないの?」

「そ……。そんなことは、無いけど」

「なら早くヤッちゃいな。前も言ったけど、『おにーさん』が可哀想よ」

「どうしてよ」

「どうせ童貞でしょ?」

「……!」

「24? 5? にもなって。絶対気にしてるわよ向こうは」

「…………ぅ」

「『安心』させてあげんのよ。良い? ほのか。別にあたしは、意地悪とか、ただのエロとかで言ってんじゃないの。『それ』ができんのは、あんたしか居ないのよ」

「!」


 安心。

 安心とな。


 あんたしか居ないと言われて。

 私は、はっとした。


「いずれ爆発して。無理矢理襲われたら。そりゃお互い最悪でしょうが」

「……いや、そんなことある?」

「馬鹿。『男』はね。頭と股間で別の生き物なのよ。どうしようもないの。理性で抑えるのにも限界があるのよ。女と違って」

「…………えっ」

「あんたは知らないだろうけどね」


 こと、恋愛について。男性については。

 私は素人だ。自他共に認める。そして目の前のこの子は、スペシャリストだ。多分。


「……でも。だからって。……私だって、その……経験無いし」

「だから。向こうがあんたに気を遣えるくらいの理性が残ってる間に仕掛けるのよ」


 …………本当かなあ。


——


 私はおにーさんが好きだ。

 だけど。だからと言ってじゃあ、今すぐ身体を差し出せるだろうか。


 まだ早い。

 心の準備をさせて欲しい。

 少しずつ、徐々に縮めていきたい。


 そう考える私が居る。そしてその『私』は、私の中では最大派閥だ。


 勿論、今すぐセックスしたいという淫乱で邪な私も居る。かなり少数派だけど。


 別に、嫌じゃない。

 おにーさんになら。いや寧ろ、おにーさん以外とは嫌だ。

 するなら、おにーさんしか無い。


 もしお願いされたら。

 観覧車の時みたいに、最終的には頷くと思う。おにーさんが望むなら、叶えてあげたい。


 だけど。

 土壇場で。

 怖くなって、泣きながら「ごめんなさい」と連呼する可能性はゼロじゃない。

 そんな『私』も、確実に居る。


 こういうのは、ムードだって大事だ。例えばなんらかの『空気感』があって、それに流される形でなら、案外いけるかもしれない。

 それを、おにーさんが苦手としていることは勿論知ってるけど。


 後は。

 おにーさんがどう思っているかだ。

 友達の言う通り、ずっと我慢しているのだろうか。私が気付けてないだけなのだろうか。


 いずれは。

 することになる。『その事実』についての覚悟はある。


 でも、今なのだろうか。それとも、これは私がビビっているだけなのだろうか。

 まだ、付き合って数週間だ。早いのか。遅いのか。分からない。友達ひとりの基準は参考にならない。


 私は正直、今の関係、生活、距離が。幸せでたまらない。

 もしかしたらそれが崩壊することになるかもしれないと考えたら。

 及び腰にもなってしまうというものだ。


 おにーさんは、どう考えているのだろうか。

 「セックスをいつするか」なんて、恥ずかしくて訊けないけど。知りたい。


 うまく運べばもっと幸せになるだろうことは、分かるから。


——


——


 暑い。

 クールビズとは言え、正直何をしようと暑いものは暑い。


 俺は夏が嫌いだ。

 冬なら。寒いなら着込めばマシになる。

 だが暑いのは、全裸になっても暑い。


「嫁がパート先で熱中症になってよ」

「マジか。大丈夫かよ」

「いやー参った。大変なんだなアレ。お前も気を付けろよ」


 夏服。

 街を行けば、涼しい格好が目立つ。男も女も露出が増えていく。


「で、なんだって? ついにヤッたって?」

「なんも言ってねーよ」

「まあどうせヤッてたらお前は分かりやすいだろうしな」

「なんでだよ」


 夏休みだそうだ。

 夏に、恋人と。

 したいことが多すぎるな、と俺は思う。


 夏祭り。

 海とか。

 山も良いな。

 あと映画と。

 家でうだうだアイス食うのも良い。


 予定はどうしようか。今年はお盆休みは、5日くらいか。

 実家にも顔出さないとなあ。


 そう考えると。

 夏を嫌いになれない訳だ。


——


「おにーさん」

「ん?」


 その日の晩。洗い物を終えたほのかが神妙な面持ちでやってきた。ていうか洗い物くらい俺がやりたいんだが。明日はそうしよう。


「相談があります」

「分かった」


 即答。

 俺はこの瞬間、もう1段階距離が縮まったと感じたんだ。

 一応、避けてきたから。ほのかの、『ほのか自身』の話題を。彼女から話してくれるまで。

 とは言っても、ちょっと緊張するな。なんの相談だろうか。


 ほのかはテーブルを挟んで俺の向かいに座った。


「……私の、進路についてです」

「!」


 やっぱり。

 もう、彼女は4年生だ。就活開始の時期は年々早まっている。もう7月と言うのに、ほのかは恐らく殆ど何もしていない。日中にやっているかもしれないが、ならば話題にする筈なんだ。

 彼女は本当に、授業以外は『俺』だった。

 俺自身も心苦しい。なんか縛り付けているみたいで。

 これは彼女の進路と同時に、ふたりについての話でもある。


「何か、希望とかあるの?」


 まずは無難に。


「……特に無いんです。それと……」

「?」


 俯いたり、俺を見たり。何かを迷っているようだ。そんなに、言いづらいことなんだろうか。

 俺は待つ。


「……その。『この辺』の方が良いですか?」

「…………!」


 間違いなく。

 ふたりの問題だった。


「皆、地元で就職したいって。……私は、別にあれだったんですけど。何もなければ地元に帰ろうとも思ってました。けど」

「…………」

「……おにーさんが。居るから……」


 ちょっと恥ずかしそうに、言う訳だ。

 俺まで顔が赤くなりそうだ。


 だが。


「俺は、ほのかにやりたいことがあるならその邪魔はしたくない。気にせず好きな場所で好きなことをして欲しい、かな」

「…………」


 続いて、前提だ。俺は彼女を縛りたくない。夢があるなら応援したい。例え海外留学でも。

 その上で。


「……じゃあ、おにーさんと一緒に居たい、です」

「!」


 彼女がそう言うなら。

 俺の覚悟は決まっている訳で。

 滅茶苦茶嬉しい訳で。

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