第20話 当然の関係
朝起きる。
準備をする。
家を出る。
仕事をする。
帰ってくる。
適当にコンビニ弁当。
風呂に入って。
寝る。
それだけだ。それだけなのに。
何故ここまで寂しくなるのか。
「俺って、寂しがり屋だったのか?」
そんなことを呟いてしまうほど。だがその声も、誰も居ない天井に吸い込まれていく。
ほのかが居ないだけなのに。去年までの生活に戻っただけなのに。
「……ほのか」
会いたくて仕方がないのは何故だ。
「いや、なんか気持ち悪いな俺」
何が「ほのか……」だ。
ひとりで。
キモいキモい。やめろやめろ。
——
「そろそろ出るかもなあ」
「あー辞令か」
近頃はそんな話題で持ちきりだ。ウチの会社は、半期に1度程度で社内の異動があったりする。つまり4月と10月。
10月の異動なら、そろそろ発表される頃なのだ。
社内掲示板に。
「お前ももう2年こっち居るもんなあ」
「異動はしたことないな。だから」
俺は入社当時からずっとこっちに居る。結構異動の多い会社らしいが、俺はまだ異動したことは無い。
まあそろそろ来るかも、とはいつも思っているが。
「異動するならどこが良い?」
「別に無いな。どこでもオーケー」
「あっそ。でも異動になったら『ほのかちゃん』とは離れるな」
「…………そうなんだよな」
今回も見逃して欲しいなと、思っている。
辞令なら仕方ないんだが。やはり、嫌だよな。
俺は『お隣』というミラクルがあったから、ほのかと出会えたんだ。
遠距離は嫌だが、なんとかやれるとは思う。嫌だが。
その場合。
「おっ。掲示板更新されてるぜ」
「!」
異動になった場合。
「…………あ」
ほのかは、俺に付いてきてくれるだろうか?
「お前の名前、あんじゃん」
「……俺の名前、あるな」
少なくとも。
ほのかの『お隣さん』で居られるのは。
あと半年ではなく——
あと、たった2ヶ月足らずとなった。
——
「おにーさん!」
「お帰り」
「ただいまおにーさん! おにーさん!」
「ど。どうした」
迎えに来た、駅の改札にて。俺を見付けるや否や、ほのかが駆け寄ってきた。何故だか興奮気味で。
「……あはは。なんかほっとしました」
「ん?」
「いえいえ。おにーさん、ちゃんとご飯食べてましたか? 遅刻とかしてませんか?」
「大丈夫だって。子供じゃ無いんだから」
「えへへ……」
夏の陽射しに照らされた笑顔が眩しい。改めて、この子マジで滅茶苦茶可愛いよな。
彼女補正で俺だけにそう見えてる可能性もあるけど。
「さてさて。お疲れ様ですね」
「ん。ああ……」
明日から、俺の連休が始まる。タイミングを合わせてくれたほのかに感謝だな。
「たまにはお酒でも呑みますか?」
「良いけど、ほのかは大丈夫?」
「まあ、ほどほどにするんでっ」
妙にテンションが高い。まあ俺も内心舞い上がってはいる。なんせ明日から5日間、ほのかと『夏を楽しむ』訳だから。
さて。
どんなタイミングで切り出そうか。
異動のこと。
——
「ほら、おにーさん」
「ん」
「乾杯っ」
缶ビールだか何だかを色々買い込んで。当然のように俺の部屋で。
所謂『宅呑み』が始まった。
「あ。これ好きかも」
「へえ。あー、なんかリンゴの」
普段は、俺もほのかも酒は呑まない。だが俺に限っては、別に呑めない訳でもないし、誘われても全然大丈夫だ。
呑み過ぎなければ記憶が飛ぶこともない。
「……おにーさん」
「ほい」
「聞いてください」
「何?」
ちびちびと少しずつ缶を口へ運んでいるほのかが、頬をやや染めながら真剣な顔付きになった。
この前の相談と同じ空気だ。
「……父が、ですね」
「?」
——
俺の『異動』の相談の前に。
ほのかから相談が来た。
どうやら俺の存在は、向こう様の家族全員に知れ渡ったらしい。
「……一度、連れて来い、と」
「分かった」
良かった。
「え?」
まだ酔いが回る前で。
多分、ほのかは。
切り出しにくかったんだろう。酒が無いと。
いつもいつも、世話を掛けてしまうな。
「明日。行くよ」
「……へ」
「早い方が良い」
「ええっ! ちょ……待ってください」
「ん?」
「あ、明日って! そんな、別に卒業までにいつでも良いって言ってるんですよ?」
「ああ。明日行こう」
「…………!!」
ほのかのお父さんが、俺を連れて来いと。
行くしかない。
当然だ。
「本気、ですか?」
「当然だ」
「ま。……待ってください。えっと。……ちょっと母に確認します」
むちゃんこ恐い。当然だ。
だが逃げる訳にはいかない。当然だ。
社会人の癖に、学生に手を出している。当然だ。
殴られるだろう。当然だ。
父親だ。娘を心配するのは当然だ。
顔も知らぬ男と付き合っているだと?
ぶっ殺されて当たり前。当然だ。
俺がどれだけ、この子を好いているか。『親』など、避けては通れないと分かりきっている俺が。
行動で示すしかない。来年、ぎりぎりに行ったとして。どれだけ好きだと言葉で言った所で説得力など皆無だ。
良かった。このタイミングで。連休があって。
「あっ。……大丈夫、だそうです」
「良かった」
「よっ。良くないですよっ。ウチの父はちょっとおかしいんです。私だってもう子供じゃないんですから」
「『親』にとっては、いくつになっても『子』だよ」
「!」
構って欲しくない気持ちはよく分かる。だけどほのか。
それは、まだ自分が未熟だってことなんだ。
実際に未熟かどうかは関係ない。『そう思われている』事実があるだけで、それはもう未熟なんだ。
そしてそれは、行動によって示すしか、払拭する方法は無い。
「ほのか」
「!」
目を見る。
向こうも逸らさない。
「俺はほのかのご家族に会いたい」
「ぅ……っ」
「認めて貰うんだ。俺達のことを」
「……おにーさん……」
肩を。がっちりと掴む。
「え…………」
「ほのか。聞いてくれ」
「……な何ですか?」
守る。
この女の子を。
『守る』とは何か。俺の役割は何か。
緊急時に身を呈して守る。それはまあ前提だ。だが現代社会じゃそんな状況は稀だ。
経済的にだ。俺は、この子の為ならどれだけ苦しい目に遇おうが耐えられる自信がある。どれだけ残業して、若しくは掛け持ちなんかしてても。
家に帰ればこの子が、美味しいご飯を作って待っていてくれている訳だろ。
死ぬまで働ける。
マジで命燃え尽きるその瞬間まで。
「俺は——……」
「……えっ」
守る。
何があっても。
俺なんかを、気に掛けてくれて。リードしてくれて。最初に声を掛けてくれて。
お弁当を作ってくれた。
優しい。可愛い。この子を。
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