第18話 見送りする関係

「実家には?」

「いや、今年は帰らなくて良いかなって」

「そうなんですか?」

「だってさ、この日。俺の連休の2日目。……『お祭り』がある訳じゃん」

「はい」

「……一緒に行きたいじゃん」

「誰と?」

「…………ほのかとだよ」

「あはは。ごめんなさい。ちょっと意地悪したくなって」


 8月に入った。


「そういや、ほのかの予定は?」

「実家には帰りますけど、じゃあその連休からはずらしますね。この日には帰って来るようにします」

「ありがとう」

「いえ。なるべく早く帰ってきます。私も、できるだけ一緒に居たいので」

「誰と?」

「おにーさんとっ」

「……!」


 日に日に暑くなる。

 自分とこのエアコンの調子が悪いようで、ほのかは基本的にずっと俺の部屋に居る。だから渡した。


「はい。じゃあこれ」

「えっ」


 まあずっと日中、鍵を掛けないのも良くないしな。

 自由に出入りできるように。


「良いんですか?」

「うん。まあ何かと便利でしょ。俺の冷蔵庫の方がデカいしな」

「…………!」


 なんでもない鈍色の鍵を見詰めて、ほのかはそれを宝物のように受け取った。

 喜んでくれて何よりだ。


 今は、カレンダーを広げて夏の予定を決めている。俺の出勤時間と休暇の予定から、ほのかの就活のスケジュール。帰省の予定。

 夏祭りの日時。


「あと海行きたいです。やっぱり夏だし」

「良いね。ならこの日かな?」

「はいっ。あと、映画も!」

「映画ね。俺あんまり詳しくないよ」

「私に任せてください」


 こういうのは楽しいな。予定は立ててる時が。


「——じゃあ、そろそろ帰りますね」

「ああ。おやすみ」


 8月に入った。


 俺達の関係は。

 特に進展してない。


「…………」


 キスはしたけど、その次の日からはもう普通に戻っていたというか。

 なんのこともなく、日々が過ぎていっている。

 別に悪いことは無い。それで良い。俺は単純だから、ほのかが可愛い。料理が美味い。幸せ。それで充分なんだ。


 だが、人間には欲という奴があって。


 キスをした。『じゃあ次は?』となるのが人間だ。


 あんまり、考えないように努力してる。『それ目的』で『そう見る』のは、失礼だと思っている。


 8月に入った。

 徐々に。露出が増えるほのかは。


 滅茶苦茶エロい。


 いや。

 違う。決して、そればっかりでは無い。今が幸せで最高なんだからそれ以上を求めるのは駄目だと分かっている。


 あの胸。

 正直釘付けだ。目を逸らすのに、どれだけの精神力を要するか。

 ノースリーブも短パンも、なんかもう全部エロく見えてしまう。そんな目で見てはいけないんだが。


 顔。唇も頬も。

 汗。腕も脚も。


「……やめだ。寝ろ。俺」


 溜め息が出る。

 いつも、ひとりになってから考える。


 いつ。


 今日は泊まっていけよと言えるのだろうか。


 もう、当たり前になってしまった。ほのかが自分の部屋へ戻る時間。

 エアコンの調子悪い部屋で。

 今日も別々に寝る。


 いや当然なんだけども。


 まだ早い。

 もう少し、このままでも良い。


——


「……じゃあ、また来週」

「うん。ゆっくりしてきなよ」


 帰省の日。

 改札前で、ほのかを見送る。


「ちゃんと3食摂ってくださいね? コンビニでも仕方ないけど、野菜も」

「……努力するよ」

「もう。……私も母にお料理教えて貰うので、楽しみにしててくださいね」

「やったぜ」


 数日の間、ほのかのお弁当は無しだ。


「ていうか朝ちゃんとひとりで起きてくださいね? あと——」

「大丈夫。分かってるって」

「キスしたいです」

「はっ!?」


 大声で驚いてしまった。

 この子は。


「…………」

「……ここで?」

「…………はい」

「…………」


 時々、凄く大胆になる。


 それがたまらない。


——


——


 8月に入った。

 就活はあまりうまく行ってない。まあまだ時間はあるし、焦らなくても良い。

 取り敢えず、休憩だ。

 ゴールデンウィーク振りの、故郷へ。


「…………」


 新幹線に揺られる。窓には私の顔が映っている。

 視線は唇に向いている。


 また、キスをした。2回目だ。

 今度は私から。無理矢理だけど。


 言って良かった。急だったけど。


 数日、離ればなれで。

 耐えられないのは多分私の方だ。


 彼は大人だから。寂しいとは思ってくれてそうだけど、やっぱりひとりでも生きていける。今までもそうだったろうし。

 私は、ちょっと危ない。危険だと、自分でも思ってる。


 彼に依存してしまっていそうで。


「……おにーさん」


 呟くと、ちょっと癒される。『私が』『彼を想っている』ことを『感じて』いる。

 彼を想って『良い』権利が、私にはあると実感するみたいで。

 嬉しくなる。


——


「お帰りほのか。なんか早いわね」

「ただいまお母さん。……ちょっとね」

「彼氏でもできた?」

「!」


 母が出迎えてくれた。妹のしとかはまだ部活のようだ。確か最後の大会とか言ってたような。

 そんなことより。


「……あら、当たり?」

「ちょ……なんで?」


 一瞬でバレた。ちょっと意味が分からない。

 私、そんなに分かりやすいのか……?


「なーんか、そんな気がしたのよ」

「……!」

「じゃあその話聞かせてね? あっ。しとかも聞きたがるかも」

「う……」


 恥ずかしい。別に人に話すことでもないのに。


——


「たーいまー……」

「お帰り」

「ん。あっ。ほのか」


 大きなボストンバッグを提げて、しとかが帰ってきた。

 確か、バスケ部だったか。運動音痴の私を差し置いて、レギュラーらしい。何故姉妹で差が付くのか。

 まあバストは私の勝利だからそれでチャラということにしている。


「そろそろ彼氏でもできた?」

「はぁっ!?」


 何も言ってない。

 なんでバレるのか。

 本当に分からない。


「あ。当たった。やったね」

「ちょ……!」

「いやあ、やぁーっとできたか。てかもう卒業でしょ? 勿体無い青春だったね」


 しとかは満足げな表情で、洗面所へ向かう。しみじみと、私を祝福するように。


 ……なんかむかつく。


「あ、あんたこそどうなのよ」

「私? 先月別れちゃった。まあ最後の大会と受験と忙しいし、丁度良いかな」


 この余裕。

 妹はモテる。何故か。

 外見は私と瓜二つなのに。バスト以外。寧ろバストの分私の方がモテても良いと思うんだけど。

 全く分からない。確かに妹の方が筋肉とか健康的だ。肌も少し焼けている。人見知りな私と違って人懐こい性格もしている。

 それか。


「で、どんな人? 同じ学部?」

「…………そんなに知りたい?」

「そりゃね。処女のままハタチ越えちゃったんだもん。妹としちゃ心配だよ」

「う。うるさいわね……」


 別に良いのだ。もう。

 私にはおにーさんが居るから。


——


「……しゃ!」

「社会人!?」


 その晩。父は遅くなるらしく、3人でテーブルを囲んだ。


「へえー。へぇえー……」

「な。……なによ」


 相手は学生じゃない。3つ上の社会人。

 それはやっぱり、ちょっと変わった恋愛なのかもしれない。


「あっそうだ。ほのか」

「え?」

「その『おにーさん』の話はまた詳しく聞くとして。あんた卒業後どうすんの?」

「え。就職するけど」

「なら戻ってきな。お父さんがね。ちょっと会社手伝って欲しいって」

「え……?」


 え?

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