第6話 互いを想う関係

 恋愛について。俺なりの解釈がある。


 まず「恋」。これは、相手を好きになることだ。お話したい。一緒に居たい。付き合いたい。これが恋だ。


 次に「愛」。これは、相手を愛することだ。そのままだが。

 何でもしてあげたい。これに尽きる。


 恋は、「欲する」好きだ。

 愛は、「与える」好きだ。


 恋は、自己中心的だ。

 愛は、利他的なんだ。


 恋愛とは、『その』模様なんだ。

 そしてそれら駆け引きや攻防の先に。

 最終的に。


 繁殖がある。

 生物は全てこれに尽きる。『それ』に至る道筋が、とてつもなく多く、とてつもなく多様化した生物が『ヒト』だ。

 着飾った装飾、挙げ連ねた綺麗事を全て取っ払えば、『そう』いうことだ。


 ヤりたい。子孫を残したい。『それ』だ。


 でもそれだけだと、現代社会では弾かれる。生物として正しいのに、ヒトとして悪くなる。

 品性を疑われる。人格を疑われる。


 何でだ。


 お洒落するのも。若い頃バンドするのも。筋トレするのも。金を稼ぐのも。

 全部『それ』だろ。


 『それ』なのに。

 無駄な綺麗事を並べて、しかもそれを正しいと錯覚してる。


 ……特に日本人は、多様化した。

 『恋人が欲しいですか』というアンケート。

 新成人にしたらしい。

 20年前と、今で。


 『はい』が9割越えから、5割前後になっているらしい。


 生涯独身という選択肢が『アリ』とされ始めた。


 『世界には色んな人が居る』にしても。

 居すぎだろ。色々。


 だが結局は。

 『結婚』は良いことで。『妊娠』はめでたくて。『出産』は素晴らしくて、『家族』は幸せだ。

 それは、どれだけ時が経っても変わらない、不変の真理だ。

 勿論例外はある。そりゃ、全部が全部祝福されるとは言い切れない。


 だけど。


 男は女に惹かれて。

 女は男に惹かれる。


 恋人、配偶者が居る者をリア充と呼び。

 結婚をゴールと呼び。

 人生の一大イベントであるのは間違いない。


「試しに付き合ったら良いじゃん」


 何を言ってるんだお前は。

 別れる前提で。別れることを視野に入れて付き合うことの。

 なんと失礼なことか。

 ならば初めから付き合うなよ。ヤりたいだけとか。『生命』侮辱してんのか。


 好きで好きで、どうしようもなくて。お互いに『そう』だから交際が始まるんだ。


 けど。初めはそうでも。何らかの理由で。どうしようもなく。泣く泣く別れるんだ。


 お前らみたいにほいほい付き合ったり別れたり、なんて。


 『人間』に失礼だ。

 今の『人間』を成したこれまでの歴史全てに失礼だ。



 ……だから彼女ができないんだよな、俺。


「おにーさん。おはようございます」

「おはよう。ありがとうね。行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 ほのかちゃんが。

 可愛い。


 自制しろ。

 段々、徐々に。

 怖くなってきた。


 ほのかちゃんとは、何の関係でもない。それなのに、毎日お弁当を作って貰っている。

 良いのか?

 もし。

 もしだ。このまま『進めば』?


 俺に責任が取れるのか? 会社でさえ、何の責任も持ってない俺が。後輩の教育くらいしか責任持ってない俺が。


 責任とは。

 良いんだ。上手く行っている時は。問題は『何かあってから』だ。

 全ての不利益を被る覚悟が。俺に。

 ほのかちゃんに対して、持てるのか?


 ……無理だ。俺の稼ぎと社会的地位じゃ、彼女を守ることはできない。


 俺はまだ『その』ステージに居ない。

 俺に恋愛は、無理だ。


 現状維持。それで良い。


——


——


 恋愛について。私なりの定義がある。


 『一番』だ。


 何を差し置いても。全てを捨てても。「あなたが私の一番ですよ」が、恋愛だ。


 もう、これについては迷わない。私の気持ちについては。

 おにーさんが『一番』だ。


 授業だって、単位だって。友達だって敵わない。

 全てを押し退けて、私の中の『一番』の座に、悠々と居座っている。


 でもそれだけだと、『半分』なんだ。私が恋しているだけだから。

 恋愛という文字は、2文字ある。

 恋愛をするには『ふたり』必要ということ。


 「恋」する片方の気持ちを、「愛」で受け止めて初めて成立するのが恋愛だ。


 惚れた弱味という言葉もある。

 初めは多分私だ。

 私が恋をした。


 あとは、おにーさんに愛があるかどうか。

 おにーさんの『一番』を、私が奪えるかどうか。


「試しに告ってみたら?」


 なんということを。

 そんなのできるわけない。『一番』かどうか分からないんだから。


 でも。

 『一番かどうか』は、気持ちを伝えて、訊いてみなければ分からない。


 博打だ。

 そんな勇気は、私には無い。

 だから、あの手この手で探りを入れて、『一番』に近付くんだ。


「……だからあんた、彼氏できないんじゃない?」


 その通りだ。

 いつも。

 探りを入れている内に、いつの間にか誰かに横から追い抜かれている。

 でも、仕方ないじゃない。怖いんだから。

 2年以上も掛けて。やっと『ここ』まで来たんだから。

 丁寧に、丁寧に。


「その間に向こうに彼女できちゃったらどうすんのよ」

「死ぬ」

「いや。……あんたねえ」


 一番だから。


「なら早く告白しなさいよ。向こうから来ないんでしょ?」

「だからできないんじゃない」


 喜んでくれてはいる……と思うのだけど。


 それ以上のアクションが、おにーさんからは無い。

 なんとなく、全部空振っている気がするんだ。

 おにーさんがどう思っているのか分からない。


「付き合いたいの? どうなの」

「…………」


 分からない。

 私はおにーさんが好き。お弁当を作るのは凄く楽しい。いつもいつも、綺麗に食べてくれる。それで私は幸せ。


 付き合いたいのだろうか。

 付き合うって、なんだろうか。


 今の状態は。今の関係は何なのだろうか。何でもない相手のお弁当を作ることがあるのだろうか。


 休日は、おにーさんの部屋へお邪魔した。お昼を作って、一緒に食べて、少し話した。

 お隣さんなら、これは普通なのだろうか。

 特別な関係なら、嬉しい。


 おにーさんには、恋人はできて欲しくない。


「そうか」

「えっ。なに?」


 私はおにーさんの『一番』になりたいんだ。おにーさんにとって『特別』に。

 間違いなく、自己満足だけれど。


 何もなければ、付き合わなくても別に良かった。このまま少しずつ仲良くなれたら。

 だけど、おにーさんに、先に彼女ができる可能性はいつだってあるわけで。


 それが私じゃなければ、凄く嫌で。


「……告白……」


 好きだという気持ちを、伝える。

 私はあなたが好きですと。

 どうかあなたも私を好きになってくださいと。

 お互いの『一番』になってくださいと。


——


「あっ。ただいまほのかちゃん。今日も美味しかったよ。ご馳走さま」

「…………!」


 言える訳ないっ。

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