第23話 意味不明の関係

 意味不明。

 ずっとだ。


「おにーさん!!」

「ほのか」

「!」


 倒れるおにーさん。凍り付く部屋。


「好きにしなさい。この男は『くそ真面目』だ」

「…………っ!!」


 直前に、ありがとうございますと言ったおにーさん。


 私の交際をあっさり認めたお父さん。


 全部、意味不明だ。最初から最後まで。


——


「……ぅ……」

「おにーさんっ!」


 取り敢えず、私の部屋へ運んだ。私としとかの肩を借りて、よろよろと歩くおにーさん。

 ベッドに座らせた。


「……あはは。良かったねほのか」

「…………」


 しとかも吃驚した様子だったけど、冷や汗をかきながらも私を祝福して、部屋から出ていった。


「おにーさん。……大丈夫ですか」

「ああ。……いてて。ありがとう」

「何が『ありがとう』なんですか。……本当、意味が分からないんですけど」


 今はただ。

 お父さんへの嫌悪感が酷い。


「……物凄く。『良い』お父さんだ」

「……どこが? おにーさんを殴り付けたんですよ?」

「激励だよ。今全部貰った」

「…………??」

「ほのかへの『思い』を。娘への愛を。俺への複雑な気持ちを。様々な葛藤を。『たった一擊』に込めて貰った。素晴らしく重い一撃だった。『想い』一撃だったな」

「ただの暴力じゃないですか」

「あっはっは。良いよなこういうの」

「どこが? 何が?」


 おにーさんは、笑っていた。


大事おおごとだろ?」

「当然ですっ」

「大事に、して貰ったんだ」

「はっ?」

「種明かしするとな。お父さんは俺から『職業』を聞いてから殴ったんだ」

「……それが?」

「連休も一緒のタイミング。……『1発くらい殴っても問題ない』と判断してくれた。……俺に気を遣ってくださったんだ」

「そんな訳……!」

「そして、それを皆に見せることで。いやほのかに見せることで、君の中のお父さんを悪者にした」

「??」


 説明を聞いている途中も、ずっとハテナ。


「『応援』してくれてるんだ」

「だから、どうしてそんな楽観的というか、好意的に捉えてるんですか。普通に、殴られただけですよ? 私が、連れてきただけなのにっ」

「そろそろお暇しようか。長居するもんじゃない。今日は」

「へっ?」


 私が何ひとつ納得できないまま。

 ふらふらと立ち上がった。


「……もう少しこの部屋に居たい気持ちはあるけど」

「おにーさん?」


 そしてふらふら、部屋を出ていった。慌てて私も付いていく。


「あら? 泊まっていかないの? ご飯は?」


 途中でお母さんが声を掛ける。お父さんは……見えない。


「いえ。本日はご挨拶だけでお伺いいたしましたので。『それ』はまたの機会にお願いいたします」

「あらそう。……ほらほのか。しっかり支えてあげて」

「えっ。うん……」


 まだふらついているおにーさんの腕を取る。


「これからずっとよ?」

「えっ?」


 振り向くと。

 お父さんが居た。


「!」

「また来なさい」


 ぽつりと。

 そう言った。あの口の形は。


「……ありがとうございました」


 おにーさんも振り返って。

 深く深くお辞儀をした時には、もうお父さんの姿は無かった。


——


「良かったんですか? 本当に?」

「当たり前だ。言いたいことは全部言わせて貰った。……全部聞いてくれた。色々想像して覚悟してたけど。あんなに『優しい』とは思わなかった」

「優しい? どこがですか。全然——」

「君のお父さんだ」

「!」


 笑っている。

 清々しい顔で。

 なんとも嬉しそうに。


「良い人に決まっているじゃないか」

「…………」


 滞在時間は、1時間も無い。お茶だって1杯も出してない。

 なのに。

 良いなんて。


「ほのか?」

「……私は恥ずかしいんですよっ」

「何が?」

「私の父が。こんなにおにーさんに迷惑掛けて」

「どこが?」

「っ! だから!」


 意味不明。

 こんな野蛮な家は嫌だと言われれば。それで終わりじゃないか。

 私まで、嫌われてしまうじゃないか。


 まさか、お父さんが人を殴るような人だったなんて。


「…………」


 気持ちをうまく言葉にできない。おにーさんに伝わらない。

 おにーさんが何を言っているか分からない。


 無言のまま、電車に乗って。

 その間におにーさんは眠ってしまって。


「…………」


 景色じゃなくて。

 私はずっと、1時間半。

 満足そうな顔をして。

 赤くなった左頬と。

 おにーさんの寝顔を見詰めていた。


 経緯はどうであろうと。

 家族皆に『認められた』のは事実で。


「……」


 やっぱり嬉しい気持ちは、私にもあって。


——


「じゃあ、また明日」

「はい。……おにーさん」


 アパートに着いた。

 流石に疲れてしまった。それぞれの部屋へと足を掛ける。


「ん?」

「……浴衣。着た方が良いですか?」

「お願いします」

「わっ」


 本当は、当日着て驚かそうと思ってたけど。

 明るい話題で終わりたかったし。

 一応訊いておいた方が良いし。

 おにーさんの『即答』聞きたかったし。あれされると嬉しいから。


「……じゃあ、お。お楽しみに」

「ああ。おやすみ」


 なんか、恥ずかしくなってしまった。


——


 翌日。


 お昼まで寝てしまって。

 適当にご飯を作って。


 おにーさんと食べて。


「じゃあ、用意してきますので」

「分かった」


 子供の頃から。

 私は水色。しとかはピンク色と。なんとなく決まっていた。

 水色を基調とした、黄色の帯の、ちょっと派手な浴衣。

 去年も着たけど、友達と回っただけだった。


 今年はおにーさんと。

 夏祭り。


「おおおおおおおおおおお」

「…………」


 おにーさんのガッツポーズを初めて見た。もう、顔の腫れは引いていた。


「ど。どうでしょうか」

「滅茶苦茶似合ってる。無茶苦茶可愛い」

「……っ」


 恥ずかしい。

 嬉しさ3割、恥ずかしさ7割。


「ていうか、着付けできるんだ」

「……最近のは、結構簡単なやつがあるんですよ。あと動画とかでもやってますし」


 でも嬉しい。喜んでもらえたのだから。


「!」


 私はおにーさんの手を取った。

 もう、慣れた。


「行きましょう。電車乗らなきゃですけど」

「……ああ」


 ドキドキはするけど。拒否されないと分かっているから。割と思いきって手を取れる。昨日なんて腕も取ったんだから。


 あまりべたべたするのは、良くないだろうか。

 でも今日くらいは。


——


「結構デカイな」

「そうなんです。おにーさん、知らなかったのは勿体無いですよ」

「確かに」


 割と広い市民公園? みたいなのが丸々お祭りの舞台になっている。ここじゃあんまり知り合いも見付からない。それほど広い。


「何か食べます? それとも何かします?」

「取り敢えず、ひと通り見て回りたいな。そもそもお祭り自体何年振りか」

「分かりました。あっ、手は、お願いします」

「ん」

「……えへへ。はぐれないように」


 子供みたいだ。ハタチも越えて。

 だけど。

 やっぱり繋ぎたいもの。


「花火はいつ頃かな」

「えーっと。まだもう少しですかね」

「よし。場所を探そう。なんか小高い所」

「あっ。じゃあなんか食べ物も買って。そこでゆっくりしましょうよ。ふたりで!」

「……お。おう。分かった」


 押せ押せ。

 夏の暑さは。恋も熱くする。


 ……何を恥ずかしいことを考えてるんだ私は。


——


 公園内はどこもかしこも満員だった。ふたりで落ち着ける所なんて無い。


「どうしましょう」


 ビニール袋に焼そばやらたこ焼きやらをぶら下げて。


「公園から出るか」

「えっ?」

「花火だけなら見えるよ。近くに川があったから、そっちへ行ってみよう」


 駅前の河川敷。ここにも人は多かったけど、空いているベンチが偶然ひとつあった。


「いやあ、歩き疲れた」

「ですね」

「まあそれも祭りの醍醐味か」

「あっ。飲み物買い忘れましたね」

「じゃ買ってくるよ。何が良い?」

「私が行きますって。何が良いですか?」

「…………」

「…………」


 やっぱり楽しい。


「あははっ。ここは後輩の私が行くべきですから」

「……むう。じゃあ適当なお茶で」


 何気ない会話も。無言の空気も。ちょっとしたトラブルも。

 全部全部楽しい。友達と騒ぐのとは全然違う。あっちも楽しいけど。


——


「あっ。花火ですよ! ほらっ!」

「おおっ!」


 こっちはドキドキするから。


「……綺麗」

「なあほのか」

「はい?」


「俺はいずれ、君にプロポーズするよ」

「!!」


 意味不明にドキドキする。

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