第25話 開拓惑星の埠頭を渡る風
駿河市は、テラフォーミングの際にできた直径約120kmのクレーターのほぼ中央にある。クレーターの外輪山は南側は外界に開放されていて、駿河湾と名付けられたこの湾は、衛星軌道上から見ると、東を向いた雄鶏のような形で入り込んだ湾が内海を形成している。ちょうど雄鶏の鶏冠のように開拓地が広がっているように見えるだろう。駿河市の市章は、母星にあったという山にちなんで富士山と名付けられた成層火山が、両手のように広げた丸い外輪山の中に、右を向いた雄鶏がいる形を図案化したものになっている。
周辺探索チームの成果として、駿河湾には、海老や、蟹や、魚など、食用可能な生物が発見された。人口1万人を記念して、港が整備され、現在では、全長30m級の漁船が30隻ほどの稼働して、駿河市の食卓に貢献している。海老や、蟹は、水深100m以上の海にいるので初期の調査では発見されていなかった。魚については、回遊性の魚が駿河湾を繁殖場所にしているらしく、体長2cm程度のもの群れを成している。外海にいるイワシ系や、川に遡上してくる鮭・鱒系の稚魚のようだ。外海に行けば、それなりに大型の魚もいるようだが、外海が湾内ほど静かな海ではないことと、コストや漁獲物の鮮度維持などの問題で、操業が回避されている。まあ、陸上での養殖でニジマスを筆頭とする淡水魚が十分な量で生産されているのもあって、海産物はちょっと高価な嗜好品扱いされている。
私と六花は、1週間ほどかけて他の街との交易の企画書を作り上げた。やるとなれば、将来につながる形で、正式に大規模にやりたい。具体化するにはさらなる検討が必要だが、駿河市の事業としてやるなら、できるだけ多くの関係する人間を巻き込んだ方がいい。
まずは同年代の仲間を増やそうということで、企画書をもって、漁業関係の若手のリーダーである清水次郎と鮎夫妻のところに、出かけた。お土産に日本酒と醤油ダレにつけた鶏の胸肉を持っていく。事前に連絡してあるとはいえ夕食時に相手の家に押しかけるのだから、夢を語るには、酒と摘みがあった方がいい。
日が沈む直前にオレンジ色に染まった富士山を右手に見ながら、漁港の方に夫婦で歩いていく。
「いつも一緒にいるはずなのに、こうやって一緒に散歩するのは久しぶりね。」
「仕事もプライベートも、四六時中一緒にいるのに、不思議なものだ。」
アルバイトが終わったのだろうか、プラントの方から学生寮に向かう道で戯れているカップルを見かける。学生時代のデートを思い出して、左手に荷物を持ち替えて右手を差し出すと、六花が腕に抱き着いてきた。
「あんな頃もあったね。」
「あなたと一緒にいるために、これでも努力したのよ。」
「そうかい? 六花に捕まえられて押し倒されて、もうこの子からは逃げられないと悟ったから、せめて六花と対等に付き合いたいと思って努力した記憶しかないけどな。」
「押し倒したって……いったい、いつの話をしているのよ。一郎は、勉強もスポーツも成績がよかったじゃないの。一緒にいるために一郎にも手伝ってもらって頑張って勉強して、あなたに寄って来るライバルを蹴落とすのに、どれだけ苦労したと思っているのよ!」
「頑張りすぎて、女王様になっていたがな。」
「あなたと一緒にいることが幸せだった。あなたと一緒にいようと努力するのが楽しかった。それでいいじゃない。」
「あんな風になるまで一緒にいれたらいいな。」
老夫婦が手を取り合って、こちらに歩いてくるのが見える。その夫婦を見た六花が、駆け寄っていった。
「先生、一花お婆様。お久しぶりです。」
「先生、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」
先生というのは、駿河市の最初の入植者であり、私の名前の元となった駿河一郎先生のことである。学生時代に生徒会の役員を六花とともに務めていた関係で、講師として教鞭をとったり、来賓として招かれたりすることが多かった長老夫妻ととは、親交があった。母船から最初に入植した第一世代は、駿河市にはもうこの二人しか残っていない。最近はさすがに引退して、子供が遊んでいるのを眺める毎日だそうだ。
「これから、清水のところで飲み会をするんですけれど、一緒にどうですか?」
「清水というと生徒会長だった清水次郎かい? たまには若い人と飲むのもいいだろう。」
清水家に着くと、次郎が長老夫妻が一緒であることにちょっと驚いていたが、話す内容が内容だからと納得してくれた。鮎さんと六花に持ってきた荷物を渡して、鶏肉を調理して唐揚げにするとともに、宴会の準備を若手4人で進める。
「ところで、何かやってみたいことはできたのか?」
近況報告が終わった後で、長老が聞いてきた。
「やってみたいことができたから、宴会を開いたのです。」
「六花と二人で話し合ったんですが、船で他の街と交易をしてみたいと思ったのです。船を使うので清水達にも協力して欲しかったんだよ。概要でも使える冷蔵設備がある大型船が作れれば、交易に利がなかったとしても、漁業の方で使えるので潰しが効くだろう。でも船を使う以上は専門家の協力は必須だ。」
「冷蔵設備がある大型船を作るという話は魅力的だが、運用するには港の拡張が必要だし、船を作るにもコストがかかる。操船の方は、人材はどうにかできるが、航海できる範囲は島の沿岸が見える範囲がせいぜいだ。沖に流されて自分の位置を見失ったら帰ってこれない可能性が高い。」と、次郎。
「安全性確保のためにも、大型船でやる必要がある。やりたいのは移民ではない。欲しいのは、新しい情報と新しい資源だから、必ず戻ってくる必要がある。」
「昔話に何度も話したから覚えているかもしれないけれど、外海は危険なのよ。」と、一花お婆様が警告する。
夢と希望と現実を行き来しながら、宴会は盛り上がっていった。
その日は、長老の言葉で締められた。
「やってみたいことができたなら、挑戦してみたらいい。そのための根回しはしっかりやっておけ。」
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