第8話 開拓惑星の嵐
台風に刺激された前線で空が雲に覆いつくされている。台風に対する対策を急がなければならない。
用水路の取水口を閉じに行きながら、堤防と用水路を点検する。収穫間近な水田が気になるが、収穫している時間はない。早生は収穫が終わっているし、晩生と糯米は試験収穫した分で各240kgほどの確保できているので、種籾として保存する分を除いても、多少は楽しむことはできよう。
一番の大仕事である風力揚水ポンプのプロペラを解体して格納する。このプロペラの設置または解体に伴う高所作業の事故で死者が出ていたことを思い出しつつ、風が出てくる前に作業を終えてしまおう。風車は、台風で一番壊れやすい設備であり、壊れることで他の設備を壊しやすいという意味で台風との相性が最悪なのだ。
通常は換気のために開いたままにしてある各施設の扉を閉めていく。タブレット端末に表示されたチェックリストの長さにうんざりしながら、一つ一つ扉をチェックしていく。扉の蝶番を固定するネジが緩んでいたり外れているものがいくつか見つかる。脚立を持ち出して修理しておく。ロボットは、いくつかの作業をやってくれる頼もしい相棒だが、メンテナンス系の作業は苦手にしている。コストの問題で、異常の検知まではできても、一部の固定作業としてプログラムされているものを除けば、メンテナンスは人手で行う必要がある。開拓者の増員が3年後というのも、機器のメンテナンス作業が老朽化で3年後ぐらいから増加するというのも理由の一つになっている。
排水側の溜池に隣接する排水ポンプも正常に動作することを確認して宿舎に戻る。
宿舎の隣にある防災倉庫を確認しておく。この倉庫には、10年保存可能な60000食の非常食と組み立て式の全長10mクラスのボートの部品、船外機とその燃料などを保管している。余剰生産分の作物を使ってプラントで保存食として加工したもので、開拓者を増員する頃までには、その人数で1年は持ちこたえられる量を目標に増産する予定だ。
夜になると雨が降り出した。最新の台風の進路予想では、明後日の朝、名古屋さんのところの開拓地に最接近して、その日の午後にはこちらに最接近するようである。名古屋さんが、何通か連続してメールを送信したようで、母船と通信できる時刻になるとメールが5通も到着していた。いずれのメールも、また田畑が流されたり、水没しそうで怖いと繰り返し訴えていた。気休めかもしれないがと断ったうえで、母星の歴史資料から輪島に関する資料を添付して、台風が去るまで宿舎の2階の部屋に引っ越して、避難用にボートの部品と非常用物資を一人分確保して持ち込んでおいたらどうかと提案しておいた。「船と食料があれば、生き延びることできるだろうし、生き延びたらその時にその後のことを考えればいい。生きていれば何とかなる。お互いに助けに行くことはできないだろうけれど、少なくとも、私は君のことを心配しているし、君のことをずっと覚えている。」とメールを締めくくった。
翌日、雨は降り続いている。黒い雲の流れが速い気がする。周囲の山が何も見えなくなってしまったし、時折南から吹き寄せた風に混じって、波の音が聞こえる気がする。昼食をとりながら、端末を確認すると、名古屋さんから写真が添付されたメールが届いていた。写真は、大きくNo.49-01と書かれた壁がある部屋で、どうやら母船の保育ゲージの写真のようだった。写真には4~5歳の6人の子供が写っていて、その中央には、一郎と名札が付いた子が、一花という名札が付いた女の子に馬乗りにされて泣かされていた。メールには、「ボートを用意したら、気が楽になった。ありがとう。覚えてないかもしれないけれど、住むところは別々でも一生仲のいい友達でいようって約束したよね! 責任取ってもらうから。」と書かれていた。朧げに、人形遊びの人形の代わりに、私をやたらと引っ張りまわしていじめる子がいたのを思い出す。当時のことは、夢のようにほとんど覚えていないし、現実だったかどうか確証もないけれど、写真を見るとどこか懐かしい気がする。
夜半過ぎから、風雨が激しくなってきた。どこからか何らかの構造物が歪むような音がする。不安で眠れない。朝になっても世の中が薄暗いままだ。気休めに、端末にダウンロードしていた映画を観る。コンテンツは、計画立案者による意図的なものだろうが、主人公が一人で困難に立ち向かって成功する立身出世物や、仲間と困難を乗り越える冒険物や、生涯をかけて1組夫婦の家しかなかった辺境から街を作り出す開拓者の話が多い。オペレーターによるとほかにもコンテンツがあるが教育課程としてまだ解禁されていないとのことだ。映画のシーンが、移民船が嵐にもまれるシーンになると、さすがに気が滅入って、別のコンテンツに切り替えてしまった。午後になると、消火訓練で窓に放水したかのように風と雨が窓にたたきつけられるようになった。定点監視モニターによると、開拓地の西側の川の水位が上昇し、湿地が消えて対岸が見えなくなっていた。
翌日、朝日の明るさで目が覚めた。台風一過で日本晴れになったようだ。各所の点検/掃除に、設備の点検/整備、風車の再設置、やることは多い。基本的には掃除をするだけで済みそうなので、ひと安心する。ご近所の開拓地に安否確認のメールを送る。台風が途中で温帯低気圧に衰えたためか、函館さんや伊達さんのところには大きな被害はなかったそうだ。
しかし、数日たっても、名古屋さんのところからは返答はなかった……
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