第5話 開拓惑星の夏

 開拓惑星の夏は静かである。ただただ、日差しにより、じりじりと熱いだけである。遠く開墾作業や収穫後の整地作業を行う重機のの音が聞こえたり、風向きによっては波の音が聞こえたりすることがあるが、それらが止んでしまうと、音がなくなる。

 空を見上げれば、青い空がどこまでも続いている。空を飛んでいるのは、開拓地の監視用のドローンと、腐葉土分解用に放たれた甲虫類の成虫をたまに見かけるだけだ。西の空に、積乱雲がもくもくと発達しているのが見える。夕立でも降れば多少涼しくなるかもしれない。


 農作業の方は、トマトの収穫と加工作業が最盛期を迎えている。ローマ種系のトマトがまるごと入ったホールトマトの缶詰と、ラウンド種系のトマトをダイスカットして入れたカットトマトの缶詰を、それぞれ2tほど作っている。収穫自体はもっとできるのだが、生食用と種取り用にしているもの以外は、消費しきれないので堆肥になる予定だ。仲間が増えて、水耕栽培で通年栽培する体制に早く移行したいものである。


 昼食は、宿舎の避暑用に棚で栽培しているゴーヤと、枝豆で作った豆腐などで、ゴーヤチャンプルを作った。暑さで卵の生産量が落ちているのが気になる。鶏舎の暑さ対策をAIに相談して、対処しておいた方がいいだろう。ついでに、養殖プラントの水槽の水温や、溜池の水温も確認しておく。


 介護してくれる人がいないので、熱中症で倒れれば、そのまま死に直結する。午後は宿舎で、大人しくレポート作成とチェック、そして学習を進めておくことにする。洪水による水害で、追加の治水工事が必要になったり、耕作地の再整備が必要になった開拓地が何件か発生しているようだ。

「え、開拓地No.49-89-0001!? 隣の名古屋一花さんのところじゃないか」

 西に400kmほど離れたお隣の開拓地で洪水被害が発生していたようだ。報告書が出ているので、本人は大丈夫なようだ。ただ被害項目が酷い。水田が水没して全滅、風でトウモロコシなどの背が高いものや、トマトなどの棚で作付けした作物に被害が発生しているようだ。急遽、拡張整備していた隣接する開拓地No.49-89-0002に引越しすることにしたそうだ。開墾工程で1年相当の被害というから、設備にもそれなりに被害があったのだろう。遠く離れているうえに、交通手段もない。何もしてやれることはないのだが、明日は我が身と思えば、お見舞いのメールだけでも入れておこう。


 閃光とともにゴロゴロという音に驚いて、外を見ると、いつの間にか暗くなっている。屋根に叩きつけられる雨音で急に騒がしくなる。井戸からの揚水用の風車に落雷したらしく、非常用照明の赤い光とともに、いくつかのアラームが宿舎に響いている。水害の報告を見た後だけに、気分が暗くなる。雨が止んで、システムを復旧したころには、夕食の時間になっていた。


 これから就寝しようという時刻になって、メールの受信を示すアラームが鳴った。開いてみると、愚痴だけでも聞いてくれと、映像付きの詳細レポートが書かれている。川側にある東の堤防が決壊して、水田にしていた東半分が泥に埋まって荒れ地になった様子が映像で紹介されている。他の設備には問題がなく、食料などの備蓄については昨年分もあり大丈夫だが、水回りのトラブルが致命的で仕方なく引っ越すことにしたそうだ。

 既に開き直った後らしく、映像は、芝居がかった表現で、次のように終わっていた。

「え~ん。酷いでしょう。私、何も悪くないのに。神様のバカ! ねえ。私を慰めて。」

「追伸:私、寂しいの。無視したら押しかけてやる。」

 ポニーテールにまとめた髪で、見慣れた男女共用の支給品の作業着姿ではあるが、私、可愛いでしょうという感じでアピールしているのが微笑ましい。

 各開拓地とは、距離が離れているため、母船のサーバーを介して間接的にしか通信できず、直接リアルタイムで会話することはできない。物理的に遠距離で交通手段もないので、直接会うこともない。会話といっても、AIとの音声UIぐらいだ。他人との会話は、週に一度運が良ければ、母船のオペレーターと会話することがあるかどうかである。心細いのはわかるので、こちらの近況映像とともに、応援メッセージを返信しておく。


 雲間から、夜空に母船が見える。あなたは一人ではないというように母船が輝いている。「仲間とともに、笑って暮らせる日が来ますように」と祈っておこう。


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