第3話 開拓惑星の雨
果樹区画にある桃の実が大きくなりだした。もうすぐ収穫期だ。金属加工プラントのAIに桃缶作成用に空き缶の製作を指示しておく。しばらく、毎食後のデザートは桃になりそうだ。開拓地内に植えた木はネットで防御しているが、予備の苗を堤防の外に植えた分については、昆虫による食害が発生していたので、注意が必要だ。
畑に目をやると、トウモロコシの類が大きく育ってきている。雄花が目立つようになってきたところを見ると、あと3週間もすれば収穫時期になるだろう。食用の品種と加工用の品種、飼料用の品種と複数栽培している。直接食用する以外にも、でんぷんや油に加工したり、アルコールの醸造や、飼料、建材原料と用途が多い。
もっとも、これだけの加工ができるのは、プラントが使える期間だけだ。現在はロボットによる作業軽減があるからいいが、あと10年もすれば19世紀から20世紀の技術水準に逆戻りすることが分かっている。プラントが寿命を迎え、人の手による加工に変われば、人手が増えるといっても、できることは限られてくる。学ぶことは多いし、気が重くなる。さりとて、怠れば、食っていけなくなる。選択肢は少ない。
曇り空と降雨が交互に続いている。朝起きて、雨音が聞こえていると、起きたくなくなる。雨天でも、外での作業が待っているし、雨が降っているからこそ確認しなければならないこともある。
合羽を着て、表に出る。黒く覆いつくす雨雲で周囲の山が見えない。しとしとと降る小雨に音が消されて、音がない。連日の雨で作業できないためか、重機やロボットは、格納庫に格納されているものが多い。忘れたころにガシャンと音がするところを見ると、定期整備でもしているのだろう。西の堤防に移動して川の様子を確認する。いつもより水位が上がり、茶色く濁った水が音も無く流れている。川の向こう側には緑のじゅたんが広がっている。黒く島のようにまばらに木が生えている。遠方が見えないせいか緑地の上にそのまま雲が乗っているようにも見える。開拓地の周りを移動していくと、合羽の中が蒸れて気持ち悪くなってくる。カメラによる監視だけで終わりにしてしまいたくなるが、将来使えなくなることが前提なので、これも仕方ない。宿舎に戻ることには、雨粒が大きくなり、合羽を叩く雨の音が五月蠅くなってきた。運が良かった。
過去10年の気象観測データを呼び出してみると、この開拓地には四季があり、毎年同じようなパターンで天気が推移している。春から夏にかけての時期に雨が降りやすい。夏になれば晴天が続くが、時折、夕方には雷雨になることもある。夏が終わりに近づくと再び雨が降りやすくなる。気温が下がってくると、晴れの人曇りの日を繰り返すようになり、次第に晴天が増えてくる。北側にある山が雪で白く染まれば、冬本番である。開拓地周辺には雪は積もらないが、貯水池の水は凍結する。果樹区画の梅の花が散って、川の水量が雪解け水で増えてくれば春になる。
北側の山は、年の3分の2ほどは雲で見えないことが多い。前線が近づいて天候が悪化してくれば、山に雲で傘がかかり、真っ先に見えなくなってしまう。逆に山の全容が見えていれば曇っていても雨は降らない。山体のほとんどは青黒い岩と赤い岩で覆いつくされている。夏場で晴れていれば、朝日に照らされて青く見え、曇ってくるとと黒く見え、夕日に照らされるとオレンジ色に輝いて見える。山にかかる雲に注目すれば、ある程度天気のの変動が予測できる。昨日は、山に傘がかかっていたし、母船からの衛星画像を見ても前線の通過で今夜は雨が激しくなりそうだ。
夕食後、建物を叩く雨の音が激しくなってきた。いつもが静かなだけに、大きな音が不安を掻き立てる。連続して続く音が、ホワイトノイズのように感じられて、ネットワークにアクセスしてみる。トップ項目に、早生種のブドウを収穫して、ワイン作りに精を出している地域から、期待を込めた報告が上がっていた。ちょっと悔しい。この開拓地では生食用品種が数本植えられているだけで、ワインにできるほどの量のブドウの作付けは行われていない。場所的に不適とされたからだ。気象情報にアクセスすると、明日の午前中には天候が回復する見込みだそうだ。こんな不安な雨は、早く止んでくれればいいのに……あきらめて寝てしまう。
朝日の明るさで目が覚める。外に出てみると、大きく育った里芋の葉に雨露が光っているのが見える。また忙しい一日が始まる。
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