第2話 開拓惑星に至る道
母星が確認できなくなったという情報が公開された後から、実際にはもっと深刻な状態であることが五月雨式に公開された。母船に残っている管理スタッフは何をやっているのだろうか?
われらの恒星間播種船は、地球で22世紀の到来を記念した事業として、5隻建造されたもののひとつである。恒星間播種船は、L1からL5までのラグランジュ点の5か所で建造され、完成次第、順次別の方向に出航していった。われらの恒星間播種船は、日本という国が幹事国になってL3で建造され、最後に出航した船である。母星では、恒星間播種船のノウハウを利用してスペースコロニーを作る計画だったと記録されている。
太陽圏と恒星間空間の境界<ヘリオポーズ>を通過するあたりで磁気嵐のようなトラブルに巻き込まれシステムが一時的にダウンしたのがトラブルの元凶だった。トラブル復旧のために交換した部品に不良があり、その不良が判明した時には、既に予定進行航路と母星を見失ってしまったらしい。わららの母船は、当初に予定されていた以上に長き漂流を開始することになった。
漂流を始めてから約2000年で、母船はハビタブルゾーンに惑星が存在する恒星系を見つけた。その惑星は、地表の70%ほどが海であるようで、地球型の惑星であるようだ。開発する前の惑星がどんな星であったかは、今となってはわからないが、われらの母船にとっては、期待された中で最も上等な惑星を見つけることができたという点で幸運だったといえる。最悪の場合、どこの惑星にも入植できず機能を停止しても恒星間空間を漂い続けた可能性もあった。
母船のAIは、当初の計画に基づいて、テラフォーミングを開始した。恒星系にある直径1~10kmの小惑星の軌道を変更して、2000年ほどかけて約12000個を目標の惑星に落下させた。落下した隕石の影響で、惑星は2000年もの間、雲に覆われ長い核の冬を迎えた。惑星上に大型の生物がいたとしたらすべて滅んだと思われる。
惑星には、衛星が一つあったので、ラグランジュ点に母船を定位した。この時からドローンによる生物種の移植が始まった。最初は、ラン藻類やコケ類の散布が始まった。100年ほどすると、水のある火星のようだった惑星の地表が徐々に変化してくる。気候変動や大気構成の変動に合わせて植物や海洋生物の移植が始まる。ある程度緑化できた後に地上の昆虫や小動物の移植が始まった。地球に似た緑の惑星になるまでには2000年の歳月が流れていた。
開拓民の促成培養と教育が始まると、母船の役割は最終局面を迎えた。惑星上に1200か所の開拓地を選定すると、整地用の重機が下ろされていった。10年ほどかけて、治水や農地開発を行い、エネルギープラントや倉庫、住宅などの付属の施設を順次構築していった。最初の区画の工事が終わる頃に、私たちは催眠状態で教育され16歳相当まで成長させられると、構築した開拓地の最終確認のため、最初の移民として惑星に降ろされたのである。実際の年齢は8歳であるそうだ。
母船の資源が尽きるまで、開拓民の促成培養と教育が続くが、3年後から開拓地の実績に応じて第2陣以降の降下が始まる予定になっている。多少は追加の機器やメンテナンス部品も提供されるはずだが、基本的には今あるものと、地上で新規に構築した資源で、賄う必要がある。家庭用品の鉄器や焼き物を作るのであればともかく、現状ではハイテク製品や大型の構造物を作るのは難しいだろう。
現在となっては、母星の位置が分かっていても、母星からの補給なんて期待できそうもないので、変な期待をしなくて済んで良かったかもしれない。どうせ何かあったとしても救済はないのだ。
ネットワーク上の掲示板を見ると、一部の教育が足りなかったと思われる人たちが、原因追求と責任追及の声を上げているのが見える。母船に残っている管理スタッフは、地上にいる私たちと同じ時期に生産された人間である。それまでは母船のAIの管理下で計画が遂行されていたわけだから、いったい誰の責任を追及するというのか? そんなことでは、3年先には生き残れていないかもしれない。
就寝前の気晴らしに、夜空を眺めてみる。落ちてきそうな澄んだ夜空には、資料によると母星とほぼ同じ星空が眺められるそうだ。白く輝く月と、少し離れて月よりも明るく輝く母船が見える。母星でもこんな風景が見られたのだろうか? 母星では未発見だっただけで意外と母星の近くにある恒星系なのかも知れない。心地よい海からの風が風呂上がりの火照った体を冷やしていく。半径400km以内に人間は私だけだ。叫んでも施設のAIがコマンド確認の音声を流すだけである。静かに時が流れていく。
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