開拓惑星の孤独

舞夢宜人

第1章 入植

第1話 開拓惑星の1日

 朝、起きる。タイマーでセットしてあったポットが静かにお湯を沸かしている。いつまでこんな生活ができるのかと不安になる。


 開拓惑星にベースキャンプとなる着陸船で降りて1週間になろうとしている。事前に決められた機器の点検をし、何年も前から事前に無人で開拓していた機器を点検していたら、いつのまにか1週間が終わっていた。


 着陸する前の記憶は曖昧だ。今いる惑星は恒星間播種船がテラフォーミングした惑星だ。母船である恒星間播種船で促成培養され、促成教育されて惑星上に一人で放り出されたので、そもそも子供時代の思い出なんか何もない。ただ、開拓して、生き残るための知識だけが頭の中にある。登録IDと駿河一郎なんて自動生成された名前があるが、どうせしばらくは、その名前を呼んでくれる人はいない。


 ここは、山と海に囲まれた平地の中央にある。北には60kmほど行くと頂上に万年雪をいただいた火山と思われる単独峰がある。名前はまだない。西にも60kmほど行くと頂上に万年雪をいただいた3000m級の山脈が見える。山脈の南端は南にある海の水平線に到達して消えている。東側も60kmほど行くと1500m級の山脈を中央に持つ半島になっている。南には海が広がっている。母船からの情報によれば、大陸の東にある弧状列島の中央で、テラフォーミングの際にできた直径約120kmのクレーターの中央であるようだ。比較的大きな川の河口であるデルタ地帯をロボットが事前に開発して約2km四方の農地が堤防に囲まれている。現在の農地でも、400世帯2000人ほどは生活できる予定だ。


 母船からの指示は、3年間のうちに追加人員を迎えることができるインフラを整備することと食料などの資材を備蓄することである。母船の稼働限界があと10年ほどで、その後は単なる気象衛星ほどの機能しか無くなる。現在地上で使っている機器だって、10年もすれば老朽化して稼働限界になるので、それほど余裕があるわけではない。エネルギーは、バイオプラントによるメタンガスに、アルコール燃料に加えて、風力と太陽光による発電があるが、保守用の資材が限られているので、プラントを10年以上維持できるかどうかは疑問だ。同じような場所が、惑星上に1200か所ほどあるが、開発の進捗状況によって、追加人員の配分人数が変わってくる。隣接したベースキャンプは、一番近いものでも400km以上離れているので、開発に失敗すれば、この地で孤独死することになる。



 朝食を終えると、定例作業を始める。今日の予定は、午前中は端末による点検と目視による各所の点検だ。午後は今後の開発のための調査となる。


 端末が各機器が正常に動作しているのを報告しているのを確認してから、表に出た。北側には、田植えが終わった水田の向こうに、遠く牛や山羊が放牧されている放牧地が見える。東側にはまだ苗を植えたばかりの野菜の畑が広がっている。南側には自動化された温室がある。西側には倉庫と各種プラントがある。西側に向かい食料生産の水槽や、燃料生産のプラントを点検する。この設備が動作しているうちに代替方法を確保する必要があると思うと気が重くなってくる。



 昼になったので昼食をとる。保存食のパッケージを開け、加熱する。昨年収穫された米を加工したご飯に、母船から配給された保存食のスープをかけて食べる。資料によると、恒星間播種船を派遣した母星でカレーライスといわれるメニューらしいが、自前で生産できるようになるのはいつのことになるだろう。香辛料の生産計画を早めたいと思う。



 昼食後、自転車で外周の堤防の上を西から時計回りで走ってみる。

 西側にある堤防の外は、石ばかりの河原になっている。水の流れの向こう側には湿地や草原が広がっているのが見える。昨年の実績からすると、この堤防で問題なかったようだが、今後も大丈夫である保証はない。それを確認するのも仕事だ。仕事といえば、隣接地域に生息する生物の調査をするというものもある。テラフォーミング時に隕石による核の冬で既存の生物を排除したうえで、各種生物を放出して2000年ほどになる。大型の生物こそ確認されていないが、どんな生物が生息しているのか全て確認されたわけではない。人間や農作物に有害なものがいなければよいのだが……。

 北側に広がる中洲には木材資源用に植林された林が広がっている。樹齢10年ほどの木ばかりなので、木材として使えるようになるのはだいぶ先になりそうだ。数kmも行けば天然の木もあるようだが、輸送や木材の品質に問題がありそうである。いずれ伐採して利用する方法を考える必要がある。

 東側に回ると、重機の音が聞こえてくる。ロボットが、ここと同じ規模の新しい開拓地を整備している。計画では、あと5つほど同じような開拓地ができる予定になっているが、それ以降は重機が寿命で使えなくなるので、開発が停滞することになるだろう。5kmほど先に見える小山はテラフォーミング時に落とした隕石の慣れの果てで、発掘して鉱物資源を確保することも計画されている。

 南側になると、堤防の外には海岸とその先には海が広がっている。潮風が漂う中、波の音が聞こえる。海に何が生息しているかは未調査だ。食用が可能な海産資源があればいいのだが、未知の世界である。


 夕食後、母船を介したネットワークにアクセスする。母船を派遣した母星の文化遺産であるコンテンツにアクセスしたり、直接会うことはないだろう同僚たちの記録を見る。どこも似たような状況らしい。ただ、100年ほど前に母星の文明はどうやら滅んでしまったか恒星間通信ができないほど文明が衰退してしまったらしいことが確認されたことが公開されていた。そうなると現在育成中で3年後に母船から降りてくる予定の仲間以外にはもう仲間がいないことになる。寂しい話だ。


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