第21話 開拓惑星の服飾事情

 文明とは、規模の経済と流通で成り立っているものである。農業関係の一次産業であれば独立性が比較的高いというだけで、産業というのは相互に依存しており、たとえ技術があっても、生産できないものが多い。服飾関係も例外ではない。


 ナイロンなどの化繊は、原料が化石燃料由来なので、化石燃料そのものが掘削可能であるかどうかすら不明な開拓惑星では、事実上生産することは無理である。ポリエステルであれば、生物由来のアルコール系材料があるので、触媒となるレアメタルや、生産プラント、消費エネルギーの問題になるが、コストが高い。レーヨンやキュプラあたりも、材料の入手コストが高く、材料を大量に確保できたとしても、生産プラントや、消費エネルギーの問題が残る。


 生産可能な繊維となると、生物由来である絹、綿、麻、羊毛になる。綿については肥料と水に余裕が出た時点で生産を開始している。麻についても、麻薬成分を生産できない品種でテスト栽培中だ。絹については、桑の育成そのものは綿花と同時に開始されていた。人手が増えたのでテスト生産を開始している。羊毛については、羊の数がまだ少ないのが問題で生産数が少ない。共通しているのは、生産量不足と人手不足である。


 綿は今年から本格生産したのだが、やはり肥料が不足気味だったためか収穫量が期待した量より少なめだった。乾燥してから種を抜いて、圧縮したものが倉庫に積み上がっている。まず質がいいものを綿のまま医療用と生理用品用に確保された。製糸して織布する際も、ガーゼやマスクといった医療用が優先され、次いで布ナプキンなどが生産された。これから加工する分で下着類を優先に生産していく予定である。


 藍や紅花や茶などの染料となる作物の生産もしているので、来年は染め物にも挑戦できるかもしれない。染めることができれば、布の用途も広がるだろう。


 結果として、新規に服を作れるだけの布がない。タオル関係と、各種フィルタに使う分と、作業着については母船で大量生産されたものの在庫がそれなりにあるが、次にいつ入荷できるのか不安がある。縫製は自分たちでやるので、作業着に加工している無地の布を支給してくれるように要請しているが、芳しい返答はない。そもそも、春の入植時に行われた大規模な搬入以来、追加の支給がないのだ。



 服装については、一部の役職依存の制服を除いて全員が男女共通の同じデザインの服を着ているのと、それしか支給されないので、それ以外はいらないというのが多数派ではある。母船に積載されている母星から持ち込まれたコンテンツには、多種多様な服装があることが記録されている。そうなると、違った服装をしてみたいという欲求が出てくる。最初のうちは、夏の暑さで着崩したり、刺繍をしたりする程度だった。そこで終わらない人も出てくる。


 そうした人の一人が一花だった。一花は、洪水でNo.49-89-0002に引っ越した時に、寂しさと恐怖を紛らわせるために毎晩動画を再生しながら就寝していたそうである。そうしているうちに画面の中の人物が着ている白い涼しげなワンピースを着てみたくなってしまったそうだ。そんなの作れないとあきらめていたそうだが、転んで破いてしまった作業着のズボンを改造してキュロットスカートに修繕することに紛いなりにでできてしまったので、そこから一念発起して本格的に縫製の勉強をしたそうである。使えそうな布としてパラシュートを回収してあったのを思い出して、いくつかのワンピースやブラウス、スカートなんかを作ったそうである。その後、さらなる洪水でNo.49-88-0001に逃げてきた時にも荷物の中にしまってあったそうだ。私と二人で暮らすようになって、寂しさが紛れたこともあって、それらの服は封印して忘れていたそうだ。薄着で秋冬に切るような服ではないし、白で下着が透けるのが恥ずかしかったという点も大きかったようだ。春になって、睦月達や追加の入植者が来ることになったら、一花から私の心が離れてしまうのではないかとか、睦月達とうまくやっていけるのかなどと不安になったそうである。増えた仕事に負われて一花のフォローできなかったことについては申し訳なく思う。結局、自分一人で着るのは恥ずかしいという気持ちが勝って、睦月達を買収するためにプレゼントした結果、弥生がいたずらを思いついたというのが歓迎パーティーのゲームの真相だったようである。睦月によると、その歓迎パーティーで私が彼女たちを褒めてしまったことで、水面下で女の戦いが加速してしまったようである。


 そして今、私の目の前に男物のセーターが一着ある。一花が、希少な毛糸を勝手に使って、希少な染料で染めて、手編みして持ってきたものだ。さすがに勝手に使ってしまったのは問題視されると思ってか、試作研究レポートとセットになっている。「一郎のために、半年かけて作ったんだよ。いいでしょう。」と、いたずらっぽい上気した顔で持ってきたのが1時間前である。私は、責任者ではなく、一人の男として喜んでしまった。喜んで試着して、彼女を抱きしめてしまった。舞い上がってしまった彼女があまりにも上機嫌すぎて、睦月、弥生、卯月の3名にばれて、追及された。一花は、隙を見て逃げ出して、私を盾にして背中に隠れている。


……困った私は、彼女たちが納得するまで、一人づつ彼女たちへの気持ちをささやき続けるたのだった。

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