第30話 開拓惑星の犯罪
悲しい現実であるが、人が集団となれば、少なからず犯罪も発生する。
駿河市の場合、食糧生産に余裕があることもあり、貧しさからの窃盗というのはほとんどない。独自デザインの持ち家がいいなんて贅沢を言わなければ、宿舎が提供されている。宿舎であれば、光熱費は無償となる。服も基本的な作業着と無地の標準デザインの下着であれば無償で支給される。食事も、食堂の昼の営業時間に提供される無償の『日替わり定食A』が提供される。もっとも、一般的な昼食は、『日替わり定食A』に単品メニューを追加するか、有償の『日替わり定食B』~『日替わり定食D』にするか、麺料理などの一般メニューになる。
窃盗が発生するのは、個人的攻撃か、個人や職人が生産した希少品を狙ったものとなる。標準品ではないために商店で売っていないものは、コネで生産者を紹介してもらって、オーダーメイドするしかないためである。
傷害と殺人については、周囲の制止に逆らって実行すれば、目撃者にその場で射殺される可能性がある。制止されても暴行をやめなかった事実があれば、見ていた第三者が暴行している人間をその場で殺害しても、事情聴取があるだけで罪には問われない。目撃者がいないような場合には司法当局による捜査の対象になるが、故意の傷害と殺人に対する罰則は基本的に死刑しかない。治安を乱す人間を養う資源は無いという理由で、暴力行為そのものが諸刃の剣なのである。もちろん、暴行には性的暴行も含まれる。
軽微な犯罪の場合には、被害者に賠償が完了するまで、追加報酬なしで指定された作業を行うという罰が下される。例外的に、特殊技能があってその技能を生かした労働が課される場合があるが、基本的には未開発の開発地区で強制労働ということになる。
のどかで平和な社会に見えるが、実際には、相互監視が厳しい社会である。一定の規律の下で、社会に貢献して成果を出している実績がある人間にとっては自由で暮らしやすい一方で、社会に貢献しない人間には最低限の物しか得られない。自由に暮らしたければ周囲との調和が必要であり、そのための周囲との協調が個人を縛っている。
おそらく、将来的に人口が増え、選択肢が増え、社会が変わってくれば、犯罪やそれに対する処罰も変わってくるだろう。
月末の最終金曜日はレッドフライデーと呼ばれている。その日は、月に一度だけ飲食店で酒が提供することが許されている日である。嗜好品として酒を購入して自宅で飲むことは可能だが、外食の飲食店では、特定の日しか提供が許されていない。酒が希少品であった時代の名残である。レッドフライデーの由来は、酔って顔を赤くした人が夜の飲食店に増えるためである。
私と六花は、駿河市に帰ってきてからの一連の仕事に一区切りをつけたことを祝って、久しぶりに夫婦で外食デートを楽しもうとしていた。出かけたのは、『牛肉屋』という精肉店が夜だけ営業する牛肉料理の専門店だ。
「お疲れさまでした。」
「いろいろあったものね。」
「一つの区切りだと思ってね。この店にしたんだよ。」
「ちょうど今頃だったね。学校を卒業し他あと仕事で忙しくてやっとデートできたのがこの店だったね。」
「もっとも、あの時は食事中に悪阻で睦月を妊娠したことが発覚して、それどころではなかったけれどね。」
食事をしながら、夫婦の会話を楽しんでいると、急に騒がしくなった。
「お客様、お連れ様が嫌がっています。迷惑行為はおやめください。」
「煩い。俺の女に何しようが勝手だろう。」
「主任、やめてください。つきあえません。」
「てめえは俺の女だ黙ってろ。」
女性を殴る音がした後、制止する声が続き、さらに殴る音がする。次の瞬間、銃声が店内に響き、グシャッと人が倒れる音がした。
「お客様にお伝えします。大変申し訳ございませんが、店内でトラブルが発生しました。既に暴行者は制圧されています。司法当局による事情聴取が行われますので店内にて待機願います。なお、お客様には迷惑料として、本日の料金を無料にするとともに、次回の割引券を提供させていただきます。」
店内が騒然となる中、店長による陳謝がアナウンスされる。
「いっそ、飲食店での酒の提供を禁止すべきかねえ。」と、六花とともにため息をつく。
レッドフライデーのもう一つの隠された由来は、酔って暴力行為に及んだ人間が血祭りに挙げられて血で赤く染まることである。たまに勘違いする人がいるのであるが、常識的な限度というものはあるが標準品であれば無償で得られることが多い。しかし、人間までは自由にはならない。アルコールの影響もあって、他人まで自由にできると勘違いしてセクシャルハラスメントをするにおよぶ残念な人がたまにいるのである。当然、周囲の人間は制止するし、行為を制止する声に反発して暴力を奮うと、暴力を奮った者が殺されて血の雨が降る結果になる。
お祝いムードから、一転して嫌なムードになったので、自宅で飲みなおすことにした。
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