第2章 国造り

第24話 開拓惑星の新しい風

 麦の収穫が終わり、水田が緑で覆われる頃、入植暦100年を祝う入植祭で町が賑わっている。かつて開拓地No.49-88-0001と呼ばれていた開拓地は、人口1万人を記念して駿河市と名前を改め、現在では、周辺を含めて12万人を超える人口の街に成長していた。3つに分かれていた開拓地は、それらの間にある土地を開発することで1つに統合された。生産力的には100万人ぐらいまで養えるだけの開発が進んでいるそうである。おかげで食料も物資も豊かだ。


 私の名は、駿河一郎。名前は、祖父の祖父の祖父……6代前のご先祖様である最長老から名前をもらって名付けられたそうである。仕事は、行政官見習いといえば聞こえはいいが、実際には、市長直轄の雑用係で、現在も入植祭の実行委員の一人として奔走している。


「六花、そろそろ時間的に帰る人が多くなる時刻だけど、臨時バスとかの状態はどうなっている?」

「混雑し始めているけれど、許容範囲でしょう。どちらかというと歩行者の渋滞の方が問題。」

「念のため、警備員の移動を指示しておく。」


 六花は、ポニーテールにしていることを好む私のパートナーだ。私たちの親が住んでいた場所が近所で同じ保育所で同じ保育ゲージに入っていたのが最初の出会いだから、もう17年近い付き合いになる。保育所時代は、六花が私を一方的に玩具にしていて、苦手意識の方が強かった記憶がある。

 学校は全寮制である。卒業してしまえば職場が離れていて事実上出会いがないという切実な理由から学生の間にパートナーを決めることになっている。男女比の関係などで、学生の間にパートナーが得られないと、一部の例外を除いて、そのまま独身で終わることになる。それを前提に、学生寮の構成も低学年の男女混合の32名の大部屋から始まって、学年が上がるにつれて女性側の選択によりグループを構成を変えながら人数を減らしていき、最終的に卒業間際の3年は特定のパートナーと二人で同棲する形になっている。18歳の卒業時に、女性側が妊娠していたり、子連れで卒業したりというのも珍しくない。

 六花は、親元から離れた寂しさもあってか、学校に入学した最初から、保育所で一緒だった私の側にいることをずっと選び続けてくれたようである。友人に言わせると、頼りがいのあるリーダーシップをとれる女性だが、嫉妬深く、独占欲が強い女性なのだそうだが、私からは有能な同僚であるとともに、単に甘え上手なかわいい女性でしかない。そう説明すると、私が妻に調教されていると揶揄われるが、私達の家庭はそれで円満になっているので問題はなかろう。20代半ばで子供が二人とも学校に入学して親元を離れた現在、今後どうするかが夫婦の問題となっている。


 入植祭が終われば、夏物の作物の苗を畑に移植する作業が始まる。

 人口が増えて、農業以外の製造業や販売業に専念する人口も増えてきているが、農繁期には農作業のアルバイトをするのが、一般的である。何よりアルバイトによる臨時収入で、配給で得られる食料や物資以外のものが自由に買えることが魅力である。食事を食堂の日替わり定食ですまし、作業着で過ごすだけであれば、支給品で最低限の生活ができるが、自由な消費生活をしようと思えば、こういったアルバイトで副業をするのが、一般的である。消費が多様化していき、商業活動が活発化していくことは良い傾向なのだろう。



 最近、六花は母船から持ち出された昔の資料を読んでいることが多い。

「一郎、何か新しいことをやってみたいね。」

「今度は、絵でも描くのかい。楽器を演奏するのかい。」

「そういった個人の趣味じゃなくて、何か新しいことよ。」

「社会福祉のボランティアか何かかい。」

「私も、もやもやしているのだけれど、わくわくするような、もっと別の何か。」

「……ごめん。六花が何をしたいのかが、わからない。」

 残っている予算を思い浮かべながら、買い物でもしたいのかと聞いてみた。

「どこか行ってみたいところとかあるの?」

「そういえば、一花お婆様って、よその街から来たんだよね。」

「一人暮らししていた開拓地が壊滅して、長老のところに逃げてきたって話だよ。」

「他の街には、何か新しいことがないかしら。」

「確かこの周辺で一番大きい街がうちのところだよ。多少得意とする産物の差はあるだろうけれど、あまり違わないのではないか?」

「でも、実際どうなのかわからないでしょ?」

 六花が目を輝かせて、乗り出してくるのを見て、反論をあきらめる。

「……とりあえず、一緒に企画書を作ってみよう。交易するとなればそれなりに大型の船を作る必要があるし、用意する物も多い。」


 こうして、新たな一歩を歩みだしたのである。

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