第35話 開拓惑星の震災

 週末に六花とともに駿河市の北部にある温泉に出かけた。山の景色と、花見用の庭園と、周辺の牧場と連携した食事で人気がある観光スポットである。今の時期は、すでに葉桜になり始め、農繁期になってきているので、閑散としている。もうしばらくすれば、菖蒲や百合が美しい季節になる。もっとも、その頃は入植祭などのイベントがあったりして、仕事も増える。1泊2日ぐらい、仕事を忘れて夫婦でのんびりするのもいいものだ。


 他の観光スポットといえば、観光牧場、観光農園、博物館、イベントがあれば催事場や集会場、夏に限れば、夏山登山、プール、海水浴場ぐらいである。一般の人がいける場所はそんなところである。


 富裕層の一部は、商用を口実に他の街に出かける人が増えてきている。他の街に出かけるために貨物船に便乗を希望する人が増えてきたため、大型の旅客船が造船された。試作船はフェリーと揚陸艦の中間のような定員100名ほどの船である。この冬に進水して、駿河市から焼津を経由して小田原まで試験運用している。需要と使い勝手を確認しながら、より大型の船にするか、運用する船の数をどのぐらいにするか検討している状況である。


 月曜日の朝になって、異変が起こった。琉球市からのラジオ放送が途絶えたのである。状況確認を命じているうちに、博多市で5mの津波が観測されたことが報告されてきた。その日の夕方になって復旧した通信によると、琉球市沖で地震が発生し、震度8の揺れと、30mの津波を観測したとのことだった。テスト航海している貨物船と旅客船があることを確認し、必要な物資を確認して派遣することを命じる。水上飛行艇の使用状況を確認し、医師と現地調査団を何回かに分けて輸送するように指示した。

 かつての母星であれば、緊急に軍隊を派遣して災害支援に向かわせるところであるが、大和連合では、航路警備行う巡視艇を有する海上保安隊と、陸上の治安維持の警備隊がある程度なので、まだまだ緊急派遣できる状態ではない。そもそも、移動手段が水上飛行機か船しかないので、輸送した物資や人員が届くまでに日数がかかる。困っている被災者がいるのに、歯がゆいものだ。

 4日ほどして、支援物資を積んだ貨物船が到着した頃には、1000人の負傷者および死者と500人の行方不明者が発生しているとの被害発表があった。もともと、台風がよく接近する地域であるため、高潮対策が行われており、津波の被害を軽減できたそうである。ただ、港を中心に地震で破損したうえで、波に飲み込まれて浸水した地域があり、その地域で漁業関係者を中心に行方不明者が発生し、絶望視されているようだ。復旧作業をするための人員が不足しているということなので、旅客船が戻り次第、追加の作業員を送り出すことを指示した。不幸にも、農繁期で人手が不足しがちな時期だけに頭が痛い。直近の問題を乗り切っても、数年は何らかの支援が必要になるだろう。


 各街で今回と同規模の災害が発生した場合の防災体制と復旧体制を点検して見直すように指示を出した。過去には、水害で名古屋が壊滅した例もあるので、各街ごとに防災倉庫を作ったり、護岸工事をしたりして災害対策をしてきているが、100年単位のスパンで見れば、備えを超える災害は常に起きる可能性がある。防災施設だって老朽化するわけだから、一度作ってしまえば終わりというわけにもいかない。実際、こうして災害は起きてしまった。

 ラジオでは、震災の状況が連日流され、それに比例して、自分たちの街は大丈夫なのかと不安の声が上がっている。おかげで、支援のための緊急予算と、防災施設の点検のための臨時予算について、補正予算案が議会を通過しやすかった。もっとも、通常予算で行う防災工事については、与野党間の攻防で紆余曲折が予想される。残念なことだが、長期的な防災対策よりも、直近の社会保障の充実を訴える野党側の政党も存在している。政治的な調整は苦労が多い。


 1ヶ月ちょっとして行方不明者がすべて判明したのを期して、合同慰霊祭が行われた。本来であれば入植祭を行う時期であるが、今年は、コンサートなどを自粛し、琉球市の被害状況の説明や、街の防災対策などのシンポジウムが開催された。年長者や小規模な開拓地の住民は、開拓の苦労を知っているので、冷静に受け止めているが、大きな街の若い世代には、ショックを受けた人も多かったようである。たまたまラジオで流されたクラッシックな母星の流行歌である「見上げてごらん夜の星を」が街で大ヒットしているのは、不安な夜に琴線に触れられた人が多かっからだろう。歌は世につれ世は歌につれ……歌は世相を反映するものである。

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