第三葉 旅立ち

 それから、たぬきの修行が始まった。来る日も来る日もゆるゆる道場に通い、あの至極の脱力と解放の秘密を必死に探った。ゆるゆる道場は、いつも同じところにあるとは限らなかった。ときに道に迷い、たどり着くことすらできないこともあった。しかし、修行が進み、奥義へと近づくにつれ、迷うことなく直ちに正しい方向へと足が向くようになっていった。


 どれほどの歳月が流れたであろう。たぬきはタン師に呼ばれ、ゆるゆる道場の門をくぐった。

「たぬきさん、今日は大切なお話があります。」

「はい。」

「まず、これをごらんなさい。さぁ、手にとって・・・・・・」

たぬきは、渡された包みを拡げて驚いた。

「これはもしや、うさぎ殿が着ておられたヒトガタと同じものでは?」

「然様、顔をごらんなさい。あなたが人間であった頃の顔です。」

「確かに、よくできております。」

「あなたには、これを身にまとい、もとの人間界にもどっていただきます。」

「わたくしは、もどって何をすればよろしいのでしょうか?」

「あなたには、表向きはケアマネジャーとして働いてもらいます。この里山を下りたふもとに、一軒の小屋があります。そこを事務所として使いなさい。」

「ケアマネジャーですか・・・・・・。たしかに、多少の心得はありますが、しかし・・・・・・、」

「よいのです。あなたは、ケアマネジャーという職業に絶望し、人間を捨てましたね。そのあなたにあえてお願いしたいのです。あなたを絶望の淵に追いやったケアマネジメントは、本当のケアマネジメントではない。本当のケアマネジメントは、・・・・・・」

「ほ、ほんとうのケアマネジメントは?」

「・・・・・・、あなたがゆるゆる道場で学んだとおりです。」

たぬきは、ようやくタン師の深慮を解した。

「そうだったのですか。いまやっと、意味が分かりました。わたくしが何故あなた様に救われたのか、そしてこれから何をなさねばならないのか・・・・・・。」

「おやおや、これは、説明の手間が省けて助かりました。」

タン師は愉快そうに笑った。

「さて、この度人間界に戻るのは、あなただけではありません。さぁ、お入りなさい。」

タン師の声に促され、ヒトガタをまとった望月うさぎが現れた。その後ろには、小さなうさぎが三匹付き従っていた。

「あなたとともに、この望月うさぎさんが参ります。うさぎさんには、都会に事務所を構えてもらいます。」

「えっ、望月さんも、ケアマネジャーなのですか?」

「然様、そして、後ろの三匹は、手前から、ぴょこ、たん、ぴょんです。」

「ぴょこです。」

「たんです。」

「ぴょんです。」

「は、はじめまして、わたくしは、・・・・・・」

たぬきは、言葉に詰まった。自分には名前がないことに気づいたのだ。

「あなたはこれから、里山たぬきを名乗りなさい。」

「さ、里山、たぬき・・・・・・」

「然様、さとやま、たぬき、です。」

「里山様、あらためて、よろしくお願いいたします。」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」

「そして、あなたの後ろにいる三匹ですが、・・・・・・」

タン師に言われてあわてて振り向くと、そこには三匹の小さなたぬきが座っていた。

「はじめまして、ぽんです。」

「ぽこです。」

「りんです。」

三匹のたぬきは、礼儀正しく自己紹介をした。里山も威儀を正し、

「ただいま里山たぬきを拝命いたしました。よろしくお願いいたします」

と自己紹介した。

「ぴょことたんとぴょんの三匹は、ひと組になって、一着のヒトガタを用います。」

「えっ、三匹で一着ですか?」

「然様、三匹とも小さすぎるので、三匹入って丁度よい大きさなのです。ぽんとぽことりんも三匹で一着です。」

タン師はそれぞれの組に一着ずつヒトガタを与えた。六匹とも心得たとばかりヒトガタに入り、瞬く間に二体の人間が出来上がった。

「うん、良くできた。誰が見ても、まさか中身がうさぎとたぬきであるとは気づかないでしょう。」

タン師は、満足した面持ちで目の前の四体の人間を眺めた。






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