第十葉 大都会

 望月うさぎに割り当てられた一軒家は、大都会の喧噪から路地ひとつ隔てただけとは思えない別世界の如く閑静な家並みの中にあった。

「望庵とは正反対だけど、この落ち着いた洋風のつくりも、うさぎさんのイメージにぴったりだなぁ・・・・・・」

 里山は、「ケアプラン望月」のネームプレートを横目に見ながら玄関の呼び鈴を押した。奥から小さな足音が近づいてきた。

「こんにちは、お久しぶりです・・・・・・、」

と、里山が言いかけた瞬間、巨大な黒い塊が里山に襲いかかってきた。里山はとっさに身をかわしたが間に合わず、その場に倒れ込んでしまった。


 黒い塊の正体は、あろうことか、軍用犬として名高いドーベルマンであった。

「ああっ、ドペちゃん、ダメ!」

望月うさぎが命じた途端、ドーベルマンはおとなしくひれ伏した。

「も、望月さんっ、これは・・・・・・?」

「里山さん、大変失礼いたしました。この犬は、護身用にとタン師から授けられたものなのです。」

「そ、そうでしたか・・・・・・。」

里山は、タン師の言う「護身」の中に、自分への護身も含まれているのだろうかと、

一瞬疑った。


「あ、里山さん、お久しぶりです。」

「やぁ、みなさんお久しぶりです。お元気でしたか?」

「はい。」

「ぴょこ、たん、ぴょんのみなさんも元気にしております。うさぎさんチームは、人世の名を月影清香と名乗ることになりました。みなさんは、どのようなお名前になったのですか?」

「はい、ドロフネ・シズミと名付けていただきました。」


 里山は、驚愕した。

「あの、望月さん、これは・・・・・・?」

「はい、漢字で書くと、泥の舟が沈むと書きます。」

「いえ、そうではなくて、いえ、それは分かるのですが・・・・・・。」

「もしや、命名の縁起をお尋ねなのでしょうか?」

「然様です。まさかとは思うのですが、もしや望月さんは、古い民話の内容を少し誤解なさっておられるのではないかと心配いたしまして・・・・・・。」

「それは、クリック・クラック・マウンテンの故事でしょうか?」

「はい。」

「人間界では、故事が誤って伝承されていることは存じております。」

「誤って、と申しますと・・・・・・?」

「人間界では、うさぎとたぬきが敵対し、うさぎがたぬきを追いつめ、死に追いやったと物語られています。しかし、事実は違います。」

「そうなのですか?」

「はい、泥舟沈という名は、愛と義に殉じた古の勇士の崇高な精神を最も的確に顕しているのです。」


 里山は、これ以上の詮索をひとまずあきらめた。


「里山さん、今日は、月影さんはごいっしょではないのですか?」

泥舟は、月影のことが気になるようであった。

「はい、月影さんは、人間界のダンスに興味を示され、今日もダンスのレッスンに励んでおられます。」

「まぁ、そうでしたか。人間界にあっても、みなさん修行を続けておられるのですね。タン師もさぞ喜ばれることでしょう。」

望月は、うれしそうに何度も頷いた。

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