第十二葉 独立開業
第一回目の出版交渉を終えて、里山は帰路についた。直ちに出版が決まると思い込んでいた月影は、判断保留の報に落胆した。
「里山さん、本当に出版できるのでしょうか?」
「今日のお顔当番は、ぴょんさんですね。いまおいしいコーヒーをお出ししますよ。」
「里山さん、そんなことよりも・・・・・・」
里山は、マンデリンの生豆を取り出しながら答えた。
「月影さん、心配は要りませんよ。そもそも、初対面で、出版交渉がたった一回で終わるというのは、通常あり得ないことです。これが、当たり前なのですよ。」
「そうなのですか・・・・・・。」
「今回の交渉で、私は確信しました。この話は、きっと上手くいきます。」
「どうして、そう思うのですか?」
「編集長と直に話をして、その人柄が分かりました。あの人は、信用できる人です。それに・・・・・・、」
里山は、マンデリンを炒り始めた。
「それに、あのイラストです。」
「イラスト?」
「そう、イラストです。あの出版社には、専属のイラストレーターがいます。その画が、いい。」
「どんな画を描く人なのですか?」
「私が見たのは、猫がコタツに入って、みかんを食べている画でした。」
「えっ!」
「それが、良かった。」
「なんでそれが良いんですか?」
「まぁ、動物の勘です。」
「そんな・・・・・・」
月影は嘆息した。
「本当に、出版は成功するのですか? お話を聞くにつれ、だんだん心配になってきました。」
里山は、ガリガリと豆を挽き始めた。
「心配要りません。きっと上手くいきますよ。」
と、その時、駐車場に一台の車が停まった。乗っているのは一人。どうやら外の様子をうかがっているらしく、なかなか出てこない。
「里山さん、外に、あやしい人がいます。」
「えっ、あやしい人ですか?」
「はい、なにやら人目をはばかるような・・・・・・、あ、いま車から飛び出しました。小走りでこちらへ向かってい・・・・・・。」
月影が話し終わらないうちに、玄関の戸が静かに開いた。
「ご、ごめんください・・・・・・」
そこには、不安そうな面持ちをした青年が立っていた。
「突然参りまして、以前にお電話で一度、ケアマネジャーの独立開業についてご相談したいとお願いしていた者で白川と申します。たまたまこの時間が空きまして、勝手ながら寄らせていただきました。もしよろしければ、少しお話を聞いていただけないでしょうか。いえ、ご都合がよろしくなければ出直してきます。」
「あぁ、以前にお電話をいただいた・・・・・・、思い出しました。そうですか・・・・・・。せっかくお越しいただきましたので、少しの時間でしたら。さぁ、どうぞお入りになってください。」
「感謝します。それでは、よろしくお願いいたします。」
白川は深く頭を下げ、面接室に進んだ。
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