第一葉 吹雪の夜

 ある吹雪の夜、一匹のたぬきが行き倒れ、いままさに息絶えようとしていた。全身の毛皮は凍りつき、指一本動かすこともできなかった。

「ここまでか・・・・・・。」

 たぬきは、死を覚悟した。そのとき、全身から寒さや痛みの感覚が消えた。気がつけば、吹雪は止み、空には月の影が見えた。

「これは夢か・・・・・・。もう、死んだのか・・・・・・。」

 ぼんやりした意識のなかで、たぬきは小さな光の玉を見た。白く光るその玉は、ゆらゆらと風のない空間を漂い、やがてたぬきの鼻先に留まった。よく見ると、光の中に影が見えた。

「これは、我を死へと導く遣いの者か・・・・・・。」

 影は、たぬきを見つめ、聞いたことのない言語で何かを語った。その口元の動きが止まぬうちに、たぬきは意識を失った。


 次にたぬきが目覚めたのは、里山をやや分け入った先にぽつりと建っている人家の一室だった。日差しの明るさと暖かさ、鳥のさえずり、草木の鮮やかさは、季節が春であることを物語っていた。

 しばらくして、人の姿をした若い女が現れた。色は白く、穏やかな顔をしていた。

「お気づきになりましたか?」

 女は、まだ自分では意のままに動けないたぬきの上体を起こした。その動きは限りなくなめらかで、この世のものとは思えなかった。

「あの、ここはどこですか?」

「・・・・・・。」

「わたしは、吹雪の中で倒れていました。今は春のようですが、いったいどのくらい時が流れたのでしょうか?」

「・・・・・・。」

「あの、・・・・・・、」

たぬきは思い切って尋ねた。

「あの、あなたはもしや、あの小さな白い光の中にいた方ではないですか?」

女は、かすかにほほえんで頷いた。

「やはり、そうでしたか・・・・・・。あなたがわたくしを助けてくださったのですね。ありがとうございます」

「いえ、わたくしは、ただの遣いの者でございます。あなたをお助けになった方は、いずれあなたをお召しになるでしょう。いまは、ゆるりと養生なさいませ」


 たぬきは、言われたとおり養生に専心した。家には、この女のほかに人影はなかった。玄関には大きな木の看板が掲げられ、「望庵」と彫られていた。

「望庵か・・・・・・。どういう意味だろう・・・・・・。」

 たぬきは生気を回復するにつれ、転生したこの世界のことが知りたくなった。あの女は何者で、いったい何歳ぐらいなのだろう。四季を操るということは、時空を超えることができるということか? そうならば、姿は若くても、実は千年も生きているということはないか? あるいは、それは女の力ではなく、わたしを助けたという何者かの力なのか・・・・・・。


 たぬきの疑問は、ふくらみ続けた。ある日、女が「お召しでございます」と告げたとき、いよいよ疑問の晴れるときがきたかと喜んだ。その場所は、望庵からさらに奥まった、けもの道のまだ先にあった。古い貴族の屋敷と見紛う名舘で、広い庭ともどもきれいに手入れされていた。寺社を思わせる正門には、「ゆるゆる道場」の看板が掲げられていた。

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