第45話「葛藤」

「優秀な者でしたら、そう言ったこともあったかもしれませんが」


 例の一件で僕はやむを得ない状況であったとは言え、仕事を休んでしまっている。勤め先に迷惑をかけているというのに給料を前借しろとかどだい無理な話だ。


「どういうことだ?」

「仕事もしない人間が……仕事?」


 話の途中で僕はふいに思い出した、かなり昔のことだ。


「おい、あの橋大丈夫なのか?」


 あの時僕はまだ下級の役人で、だからこそ同僚にそう尋ねたことがあった。ある日、街に新たな橋を架ける話が持ち上がったのだが、施工先に任命されたのは評判の悪い会社だったのだ。施工には手を抜くことが多く、依頼して建てて貰った家が欠陥住宅だったなんて話も耳にしたことがあった。


「さあな。あんなとこに決まったってんだからどうせ金でも積まれたんだろうよ」


 賄賂が横行し上も下も汚職塗れだった職場ではそう言う話も珍しくはない。だがこういう話を聞いて義憤を覚えるのは僕ぐらいだった。話を聞いた同僚も他者から賄賂を受け取っている人間の一人。よくある汚職の一つとしてたいして気にも留めていなかったのだと思うが。

 もしあの時の橋が欠陥のある橋だったとしたなら。


「どうした、急に黙って?」

「いえ、失礼しました」


 使えるかもしれない。もともと欠陥のある橋を意図的に崩落させるなら、ダンジョンの関与を最小限に済ませることも可能だろうし、何より橋が崩落したとして責任を負うのは橋を作った会社と当時私腹を肥やしてロクでもない会社に建築を任せた役人たちだ。蜥蜴の尻尾切りよろしく当時の僕のような下級役人が全責任を被せられる可能性も零とは言えないが、橋一つ架ける程のことを下級役人が一人でやれる筈もない。そう言ったことを吹聴したなら。


「では僕はこれで失礼させていただきます。色々用意するにもあちこち掛け合わないといけないところがありますから」


 そういう名目で僕はソレにお引き取りを願った。もちろん用意するというのはお金を工面するとかそう言う意味ではない。先ほどの思い付きを計画に移すためのした準備の為だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る