ダンジョンアンチのダンジョン運営

闇谷 紅

第1話「ある日の裏路地」


 偶々だった。本来通らない裏路地はまだ昼だというのに薄暗い。前世の日本ならまだしも、剣と魔法のファンタジー世界の治安を考慮すると踏み込むのも躊躇う筈の場所へ僕は正午だからという理由で足を踏み入れた。理由は割とありがちなモノで急いでいたからだ。


「ん?」


 だからこそ、素通りでも良かった筈なのに、僕は視界の端に入ったそれに目を止め、立ち止まってしまった。


「宝石?」


 ガラス製の偽物の可能性もあるだろうが、氷ではない。氷だったら正午の気温なら溶けて下にに水たまりができて居る筈だ。


「届けてお礼に一割、なんて世界じゃないしな」


 治安の悪さの理由、その一つでもあるのだろうが、今世の母国は割と腐っていた。役人が賄賂を要求するのは当たり前。遺失物を届けてもモノによってはそのまま懐に入れる役人の方が多い。これは僕の偏見で、他の都市では違うのかもしれないが、少なくとも生まれ育ったこの街ここではそうだ。


「はぁ……解かってるのにな」


 前世の記憶を引きずっているからか、拾得物横領ねこばばはしたくもないし、できなかった。


「――はほんにええ子だ」


 拾った百円を交番に届けたことを話し、頭を撫でてくれた祖父の手のひらの感触を生まれ変わってもまだ覚えているから。


馘首クビにならなきゃいいけど」


 見つけてしまった以上、届けざるを得ない。僕は壁際に転がった貴石に手を伸ばし。


「え」


 ぬるっとした感触に驚いて手を引っ込めた。


「やっぱり氷だっ」


 氷だったのかと言おうとしながら確認した指が三本、赤黒く汚れていた。


「ひっ」


 血だ。身体をすくませ、固まった様に動かない首を無理やり動かし周囲を見回そうとするけれど、とりあえず視界の中には加害者も被害者も居ない。ただ、視線がゆっくり下がりゆくだけであり。


「なんっ」


 何故視線が下がるのかと、足元を見てそれは解決した。沈んでいたのだ、足が。固体の筈の石畳へ底なし沼か何かの様に足が沈んでゆく。


「ちょっ」


 ようやく理解が追い付いて足を引き抜こうとするけど、右も左も沈み続けて居て踏ん張れる筈もない。


「くっ、んっ」


 ならばと壁に手を伸ばすも指の先すら届かない。


「だ」


 反射的に助けを求めかけたが二音目を発すことは出来なかった。壁に手を伸ばそうと前のめりになった僕の身体はバランスをとれず倒れこみ、顔面から石畳に突っ込んだのだから。液体状になった石畳が口や鼻から流れ込んでくることはなかったものの、顔が石畳に沈んだと思われる僕の視界は真っ暗で後頭部と背中の一部に正午の空気の帯びた熱を感じるだけ。その熱を感じる部分も加速度的に小さくなってゆく。


「ひょっとしたら――」


 あの血の主も加害者もこうして石畳に沈んでしまったのだろうか。やけに冷静な頭の一部分が考察する中、僕は意識を手放した。

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