第5話「石」

「殺し……た?」


 思わず一歩後ずさった僕に構うことなく石は語り続ける。


「前任者は襲撃で手傷は追いましたが、即死することはなかったのです。ですので、主人を守るため私は内部に残っていた力を使いました」


 刺客はそうしてこの石が使った力で死に、手傷を負っていた前任者というのもその傷がもとで息絶えたのだろう。


「前任者の最後の命令は、状況の隠蔽。前任者の血と遺体、および襲撃者の死体は私が吸収したので命令はほぼ完遂され」

「そこに僕がやって来た、という訳か。しかし」


 ダンジョン運営を強制しないと聞いて最初に思いついた候補の一つが、まさに前任者の生き方だったのだが、なぞろうとすれば僕も同じ末路をたどりかねない。刺客を差し向けられていたということはコイツの存在はその刺客の雇い主にはバレていたということなのだから。


「参考までに聞くが、ここから僕が抜け出した場合、前任者を狙ってたやつらとやらは」

「まず間違いなくご主人様を狙うでしょう」

「……なんてこった」


 あいにくと僕には荒事に巻き込まれて生き延びられるような武術の心得だとかはない。状況は割と詰んでいる言って差し支えない。


「なあ、お前はダンジョン・コアなんだよな? だったらここから一方通行の隠し通路を伸ばすとかは可能か?」


 忌むべきこいつの力を使いでもしない限りは。


「可能です。加えてご主人様はこの部屋へのテレポート能力が使用可能です。過去の主人はこの能力を用いてここをセーフティハウスとして使われる方もおられました」

「なるほど、ね」


 少なくとも前任者の遺産に頼ってダンジョンを使えばこの窮地を乗り越えることは出来るらしい。


「お前なんて拾わなきゃよかったよ……そう言いたいところだが」


 あそこで無視していたなら、コイツを手に入れるのに殺人も辞さない輩にコイツが渡っていた可能性がある。


「どうしろってんだ……」


 迷宮運営なんて死んでも御免だと思っていたんだから皮肉が聞いていると言えばそうだが。


「ここで僕が意地を張れば、僕は殺されてコイツはよからぬ輩の手に渡る、と」


 自己満足と引き換えに災厄を残して死んでゆくか、己を曲げて石の主であり続けるか。


「どっちも御免って言っても、無駄なんだろうなあ」

「おそらくは」


 質問だと思ったのかわざわざ答える石が癪に障る。


「……聞くが、お前をつかえば無関係の人間には被害を出さず、前任者を狙ってたやつらだけ始末することは可能か?」


 ここで手を罪に染め自分を曲げる決断をするとしたなら、それだけは出来なければ話にならない。


「それは、ご主人様の才覚次第かと」


 にもかかわらず、石はそんなことを言いやがったのだった。もっともだけどさ。

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