第38話「良薬」
「傷口の表面を覆える程度でいい。深すぎる傷でなければ患部に浸透して治していってくれるからね」
そんな女魔法使いの説明につくづく常識はずれな品だなと驚く僕だったが、それもそのはずと言うべきか。
「これ、ダンジョンから得たものなんですか?」
「一部の素材と製法はそうなるかな」
こちらの驚くさまを見て補足する女魔法使いの話を聞きながら、僕はあり得ない効能の薬が存在する理由へひそかに納得していた。それだけふざけた効果の薬が得られるなら、腕に覚えのある者がダンジョンに挑もうとしても不思議はない。
「『アイテム生成』についてはコアから聞いていたけれど」
なんて女魔法使いの前で漏らすわけにはいかないが、百聞は一見にしかずという奴だろう。欲に駆られた者たりをダンジョン内に誘引すべく色々なモノが作れることは聞いていたし、理解していたはずだった。
だが、コアに貯まった力を興味で使うことは躊躇われ、事件に巻き込まれて魔法使いが側にいる状況ではアイテムを作り出す機会もなかった。ゲームか何かの画面で生命力の減ったキャラに使って数値が回復するようなモノではなく、実際にあり得ない速度で怪我が治るさまを見て、恥ずかしながら初めてその凄さが実感できたのだ。
「これ、入手するのは大変なんですよね?」
「一般市民ではそうなるね。とは言えこういった複数ある拠点に常備されているものだから――」
「あぁ、僕が思ったほど希少ではなかったりするんです?」
「ダンジョンに挑んでこの素材を取ってくるような者にとってはただの消耗品だし、ある程度裕福な人物なら持っていてもおかしくはないね」
ただし、それは件の素材を産出するダンジョンが近い地域に限るとも女魔法使いは言った。供給元が近くにあれば入手難度も価格も下がる。当然と言えば当然で。
「このあたりにダンジョンはないからここでどれくらい希少かと言うなら君の最初の認識で間違ってはいないと思うよ。そして、こういう話を聞くと割と高い確率でダンジョンに潜ってみたいとか言い出す人物が現れるんだが」
「わけのわからない方法で人が殺されたばかり、しかも罪を擦り付けられそうになったんですが……」
「うん。君のような状況に置かれれば、そんな頭の中に花畑が広がっていそうな発想に至ることはないよね」
無言で僕は頷いた。この拠点に引篭っていて件の犯人がどのように殺人を行ったかは見ていないが、まともな精神の持ち主なら、犯人のような危険な存在が生息してる場所など内部にお宝が眠っていると聞いても足を踏み入れようとは思うまい。
「そもそも僕、身を守る術すらないですからね」
二人の魔法使いから見た僕は守られて拠点に引きこもっていただけの一般人なのだ。
「こう、『事件を死なずに切り抜けた! 僕は紙に選ばれた幸運の持ち主だ!』みたいに思いあがりまくった頭が残念な人でもないと『ダンジョンへ行ってみよう』とはならないと思うんですが」
「もっともだが、世の中には想像もつかないレベルの愚か者も居てね。昔それに近い勘違いをやらかしてダンジョンに入っていった人物の救出に駆り出されたことがあるんだよ」
遠い目をした女魔法使いを前に僕はひきつった顔でうわぁと声を漏らした。
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