第39話「話題」


「ご愁傷様です」


 具体的に聞いたわけではない僕にそれ以外の言葉は思い浮かばなかった。下手に興味を持った態で話を続けても藪蛇かもしれないし、今なら「この女魔法使いが嫌な思いをしたというなら、そこをつつくのはよくないと思った」という理由も出来た。


「とりあえず、ダンジョンの話はもうやめましょうか」

「すまない」


 嘘でない気遣いも込めて提案すれば女魔法使いは僕に軽く頭をさげ。


「いえ」


 薬の効能に驚いたとはいえ、ダンジョン部分に食いつく形となってしまったのは、僕だ。


「さて、では別の話をしようか。薬も効いてきたとなれば話でもしていた方が気がまぎれるからね」

「わかりました……と言いたいところですが、何の話をしましょう?」


 この間までの平穏な日々なら、とりとめのない会話なんて普通にできていたと思うのだが、今はちょっと難しい。


「最近食べた美味しいごはんの話」


 なんて話題にしようとしたとしても、連鎖的に「雪森の牡鹿亭で人が殺されたのを知覚したこと」をいやおうなしに思い出してしまう。コアの主人となり、ある意味人間をやめた僕だが、殺人事件で受けた衝撃を引きずっているあたりは一般人のままってことだろう。


「そうか。君の立場を鑑みれば難しいな」


 ふいに事件のことを連想してしまうという意味で僕の置かれた状況をある程度理解してくれたのか。


「では、私の身の上話でもしようか。もちろん部外秘に触れるような部分は話せないけれど、自分で言うのもなんだが魔法使いと話せる機会と言うのも一般人からすれば貴重だろうし」

「そうですね。と言うか――」


 記憶にある限りでも魔法使いとこれほど言葉を交わしたことは初めてだと思う。もともとめったにお目にかかれない存在だったのだ。


「あの時出会っていなければ……あっ」


 ひょっとして、初対面は殺人事件の容疑者としてこの女魔法が訪ねてきてという形になったんじゃないだろうか。


「出会って? ああ、そういうことか」


 思わず声を漏らしてしまったことと表情でおおよそのことは察されたんだと思う。


「『運命』なんて言葉で片付けたくないけどね、あの時君に尋ねたのは偶然だったはずだが……後で振り返ってみると、『あの出来事は本当に偶然だったのか』と思うことは割とあることだよ。私が魔法使いになったのもそもそもそういう『偶然』に起因することが大きくてね」


 女魔法使いは肩をすくめると傷口が引きつりでもしたのか、微かに顔をしかめてから話し出した。

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