番外「告知」
「くそっ」
舌打ちした男は自分の机に平手を叩きつけ、立ち上がるや書きかけの書類を残しドアに向かって歩き出す。
「何で何もかも俺がやんなきゃいけねぇんだよ、ざけんなっ!」
苛立たし気に机をたたいて若干赤くなった手を握り締めるが、悪態に何か言う者は居ない。男の机の隣には同じ机が一つ置けるスペースが空いていたが、そこには何もない。かつては男が上司にあることないこと吹き込んで馘首にさせた同僚の席があったことぐらいは男も覚えていたが、同僚が一人辞めた分仕事のしわ寄せが自分居降りかかってくることになるなど当時は想像だにしていなかったのだろう。
「人の一人や二人、回しゃあいいだろうがよ」
加えて自業自得であることに気づいた男から出たのは、そんな身勝手な言葉。自分の仕事をさぼり部屋を去った元同僚に押し付けていたこともどこかに漏れたらしく、そんな人物の手伝いに回りたいという人間が現れる筈もない。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうッ!」
荒れた男が屑籠を蹴飛ばすと中身が散乱し、散らばったごみを蹴散らして男は乱暴にドアノブへ手をかけた。そのままにしておけば部屋の惨状を見とがめられて叱責されるのは目に見えているが、苛立つ男にはそんな単純なことも理解できていないのか。一顧だにすることなく外に出る。
「冗談じゃねぇ」
仕事が遅いのは同室のヤツの仕事が遅いから。隣の席に同僚が居た時の言い訳は今は通用しない。それどころか振られた仕事を処理できない日々が続けば続くほど、信用は落ちそれまでの言動が疑われてゆく。すべては身から出た錆であるはずだが。
「おい」
「あぁ? 後に、なっ?! の、ノホット――」
破滅は男が思うより早く訪れた。呼び止められて凄むような態で振り返った男が目にしたのは、同僚についてあることないことを吹き込んだ上司その人であり、驚きのあまり上司に役職をつけることすら忘れた男を待っていたのは、嘘がバレたことへの叱責だけではなく。
「お、俺が……殺される?」
「かもしれない、と言う話だがね」
自分が馘首にさせた同僚ともめた男が一人殺されたのだと聞かされた男の目に映るのは上司とその隣にもう一人。初めて見る女が何者なのかは抱く杖を見れば流石に男にもわかった。
「あ、あいつが殺しに来るってのか……」
「いや、彼にはアリバイがあってね。罪をなすりつけようともめてた相手を犯人が狙ったとしたら、当人から恨まれてる人物が次に狙われることは充分考えられる。こちらで調べたところだと、この部署には該当者が二人」
「わっ、私は悪くないぞ……私は部下に騙されてたんだ!」
二人と言われて女に視線を向けられた上司が取り乱し、落ち着かないように視線を彷徨わせながら叫ぶが、男はそれどころではなかった。
「う、うわぁぁぁっ」
悲鳴を上げると魔法使いの女に背を向け、倒けつ転びつ外に向かって走り出したのだった
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