第15話「ただいま」

「すみません、遅くなりました」


 届け先で謝り、戻ってきてまた謝る。あの時石畳に沈まず近道出来ていたとしても、間に合ったかどうかは微妙だ。だから遅刻をあのダンジョンコアと出会った件だけのせいにするつもりはなく、ましてこの勤め先の人達は職を失った僕を拾ってくれた人たちだ。真剣に謝罪し。


「遅かったな、なにかあったのか?」

「事故にでも巻き込まれたのかと心配してたのよ。見たところ大丈夫そうだけど」


 責めるではなく心配してくれたことがわかる言葉に思わず涙腺が緩みそうになる。誤魔化そうと下に逸らした視線が滲むタイル張りの床に落ちる。


「いえ、ある方に道を聞かれて案内してたら遅れてしまって」


 ダンジョンコアの件は伏せて女魔法使いの道案内をしたことを話せば、勤め先の人達から届け先のような疑う言葉は出てこなかった。魔法使い様がと驚かれたり、紹介状についてはちょっと羨ましがられたりもしたけれど、それだけだ。これまでの日常が戻ってきた、そんな感じがして。


「いや、ダメだ」


 緩みかけた心の内でそう声には出さず頭を振る。確かにこれから就業時間が終わるまでは数字とにらめっこしてペンを動かす何時もと変わらない時間ではあるだろう。だが、ダンジョン・コアを狙う何者かの内、死亡が確認されているのは、前の持ち主と相打ちになった人物だけ。大きな組織でなくてもコアを狙っている何者かがこの街に残っている可能性は高く、今この街にはあの女魔法使いも居るのだ。状況次第では三つ巴の戦いになるかもしれず、その中で一番の弱者はコアを手に入れたばかりの僕かもしれない。


「間違えないようにしないと、な」


 仕事に戻る旨を伝えて自分に割り振られた席へつき、視線を落とす先は、これからペンを走らせる紙。職場の人達はこれから取り組む数字の羅列相手の計算のことだと思うだろう。だが、僕が間違えられないのはこの後の行動、ダンジョンマスターとしての行動だ。職場の人達は巻き込みたくない、そういう意味でもあの女魔法使いやまだ見ぬ敵に尻尾を掴まれることなく力を集めなければならないのだから。


「集中、集中」


 無論、仕事の方も手は抜けない。恩ある勤め先の為でもあり、これが僕の飯の種でもあるが故。職場の人達を巻き込まないことを考えるなら、この仕事もやめるべきかもしれないが、それは今じゃない。ダンジョンコアの持ち主が消息不明になった前後にそこを通りかかったと思われる僕が仕事を突然やめるというのは、怪しすぎる。離職するにしても自然な理由を作ってタイミングを見計らわないとダメそうだった。

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