第8話「一歩」
「っ」
ただ出口も入り口もなかった部屋が、変わってゆく。壁の一方が凹み、生じた空洞がどんどん奥へ奥へと広がり、通路を形成してゆくのだ。幅は成人男性が一人通るのがやっと。それでも、僕はこうして初めて他人の命を使った。
「後悔がないと言えば嘘になる、けど」
賽は投げられた。僕は選んだ、生きることを。
「すぅ」
深呼吸。大きく息を仕込んで、そして吐く。気持ちを落ち着かせて、足を一歩前に踏み出した。僕の作らせた通路へ、生きるための活路へ。
「あ……コア、ダンジョンの操作は僕が外に出た場合、どうなる?」
ただ、割と重要なことを聞き忘れていたことに気づいた僕は、振り返って尋ね。
「飛び地の認定と同じとなります。ご主人様が迷宮の一番近いところから離れれば操作に必要な力は加増し、ご主人様が一定範囲以上離れると操作は不能に。また、私を持ち歩けば周辺が管理室と認識され、迷宮の外でも力の行使が可能です」
「そうか。まあ、最後のは前任者がそうしていたんだろうが……お前を持ち出した場合、このダンジョンは消失するという認識でもいいな?」
「はい。尚、その場合持ち出し時に消失する部分の維持に回していた力の一部を回収することもできます。ただし、回収までに少し時間を要しますが」
「なるほど。だったら回収はしない。その代わり糸のように長く延長したダンジョンへ僕の身体を追尾させる」
いうなれば有線ケーブルであり、命綱と言ったところだろう。これの先端を拡張して部屋を作り避難することもできるしケーブル部分を用いて罠を設置、作動させることだってできる筈だ。
「命を狙われてるかもしれない今、籠りっぱなしの方が安全かもしれないとは思うんだけどな」
不安と緊張のせいか、どうも独り言が多くなる。一応まだ会話は届く距離、コアという話し相手が居るには居るが、あれの会話機能は円滑にダンジョン運営をするためのモノであろうし。
「とにかく、このままじゃいけない。あそこで僕が行方不明になったままだということになったら、コアを狙ってる連中は僕がコアを継承したと疑うだろう」
その前に姿を見せる。そもそも僕は仕事の都合でモノを届けに行く途中だった。
「もう遅刻は確定だろうけど」
届けるモノは幸いにもポケットに突っ込んでいたおかげで手元にある。遅くなったことを怒られてでも顔を見せて生存の証を立てておいた方がいい。
「こんな力を手に入れたら、普通の人間ならほとぼりが冷めるまでダンジョンに引きこもってやり過ごすのを選ぶはずだ」
たとえばパン屋まで通路を伸ばし、隠した小さな出入り口を店内に設けて、パンを失敬すれば飢えることはないし、同様の手口で衣食住の衣と食は賄える。
「それも倫理観に目をつぶればという話だけど……そもそもが外に出るつもりの僕には関係ない」
僕は敢えて外に出る。狙われるかもしれないと思っている人物なら外は出歩かない、そう考えるところの裏をかくのだ。
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