例え何百年、何千年の月日が経ったとしても僕は君の隣にいる。
夏野海
第1話
「こんな所で何をしているんですか?」
「………君は?」
ブロンドの色をし、肩まで伸ばした髪が彼女の動きに合わせなびいている。
「相手に名を聞くときは自分から名を名乗るものですよ。」
彼女はそう言うと小さく笑い、僕の隣へ座る。
「僕は…ジル。この辺に住んでるんだ。それで君は?」
「私はカーラ。私も貴方と同じでこの近くへ住んでいるんです。それでジルはここへ何をしに?」
「何をしにって…ただ目の前に広がる景色をずっと眺めていただけだよ。」
「ふふふっ、私と同じですね。私も景色を眺めにきました。」
彼女は真っ直ぐに僕の顔を見てくる。
僕はそれが少し照れくさく、彼女とは目を合わせることができなかった。
「ジルはこの辺りへ住んでいる、吸血鬼の噂は耳にしたことは?」
彼女の口から出てきた吸血鬼という言葉に思わず、反応してしまう。
「…その様子だと…知っているみたいですね。その吸血鬼を見かけたことは?」
「…ないよ。」
「そうですか…。」
肩を落とす彼女に僕は質問をした。
「吸血鬼に会いたいの?」
彼女はまた小さく笑いだすと僕の目を真っ直ぐに見つめ始めた。
僕は彼女から目を逸らそうとするが彼女の目は逸らすことを許さなかった。
じっと見つめられる翡翠の目に僕は吸い込まれそうになっていく。
「失礼ですが、貴方の今の年齢は?」
「…年齢?」
「ええ、今…おいくつなのかと。」
「…17…だったと思う。僕はあまり自分の年齢なんて気にしてないからさ…覚えてないよ。」
僕が答えると彼女は何も言わずに微笑んでいた。
「17…そうですか…それなら私の一つ上ですか。とても年上には見えませんね。」
「どう言う意味?」
「何でもありませんわ。知っていますか、この泉の噂を。この泉では真夜中に会った男女は必ずし結ばれると言う噂があるんです。もしかしたら貴方は私の…ふふふっ。
「なっ…何を言って…。」
彼女の言葉に僕は動揺をしてしまい、固まってしまう。
「冗談です。貴方は何というかウブ…なのですね。」
「君が僕のことをからかうからだろう?」
「こうして兄以外と…人と話をしたのは久しぶりですから。」
彼女の言葉に口を紡ぐ。
「あまり気にしないでください。年頃の少女には悩みというものがたくさんあるんです。」
僕が彼女の言葉の意味を考えていると彼女がそのことに気づいたのかそう答えていた。
「僕は…父や兄と話をしたことなんて一度もないよ。悲しいことにね。」
「それはとても辛いことですね…私にも気持ちはわかります。私も父や母とは一度も会話をしたことはありませんので。」
彼女はそう言うと泉に写る満月を眺めていた。
彼女の横顔は少し遠くを見つめ寂しそうな表情に見える。
「君は…自分の両親に会って見たいと思ったことは?」
僕の質問に彼女は少し悩み始める。
腕を組み、頭を少し傾け、その姿が僕には少し可愛らしく見えてしまった。
「思ったことは山ほどあります。それに聞きたいこともね。だけど、それを答えてくれる人は私の周りには誰もいないので。」
そう言うと控えめに微笑んでいた。
彼女は一人で暮らしているのだろうか。
少し気になってしまう。
「ジルさんはいつからここへ?」
「いつからってここにいつ来たのかってこと?それともこの近くに住んでいるってこと?」
「その両方です。」
「特にやることもなくて二、三時間前にはもうここにはいたよ。それと、この近くに住み始めたのは十年くらい前からかな。母がこの辺りで生まれたらしくてね、それで父が亡くなってすぐにここへ連れてこられたんだ。そっちは?」
「私ですか?」
彼女はそう言うとにこりと微笑むと僕へ言った。
「十年…いえ、百年前から…ですかね。」
「はぁ…何言ってんだか…。それじゃ君はまだ生まれてないだろう?」
「ふふふっ…そうでしたね。」
彼女がくだらない嘘をついているのに僕は呆れていた。
十年はまだ分かるが百年なんて吸血鬼じゃあるまいし。
「ですがもし…私が吸血鬼だとしたら?」
「それだけ長生きできるって?まぁそうかもしれないけど、君は人間なんだろう?」
「さぁ…どうでしょうかね?吸血鬼も見た目は人の姿をしておりますし…見分けがつかないのでは?」
「………確かに、そうだけど。君は本当に…吸血鬼…なのかい?」
「確かめて見ます?」
彼女の手が僕の手に触れる、彼女の手はひんやりし、氷のように冷たかった。
「…!?」
そして僕の手は彼女の手に導かれ、彼女の胸に触れる。
「これで私の正体が…分かりましたか?」
僕の手からは何も伝わってこなかった。
本来なら人の暖かさ、それと心臓の鼓動が手に伝わるはずだ。
だけど彼女からは何も感じられない。
「君は…。」
「こんな夜更けに女が一人でいるのを不審に思わなかったのですか?」
彼女の言う通りだ、彼女のことをもっと怪しむべきだった。
僕はこれからどうなるんだろう。
「別に何もしません。私はただ話し相手が欲しかっただけです。ずっと一人で生きてきたので。」
「ずっと一人っていつから…?」
「目を覚ました時にはもう既に一人でした。過去のことを思い出そうとしても記憶と呼べるものが何も無いので。」
もし彼女の言う通り、何百年も前から彼女は一人で生きてきたとしたら、それはとても辛いことなのかもしれない。
「貴方、優しいのですね。」
「えっ…。」
「何でもありません。そろそろ夜が明けそうですね…。私は帰ることにします。」
彼女はそう言うと立ち上がり歩いていこうとする。
「君はっ、君は明日もここへ来るのかい?」
どうしてそんなことを聞いたのか、僕には分からなかった。
ただ口が勝手に動いてしまったのだ。
「…ふふふっ、もちろん。私には他に行くべき場所など何処にもないので、明日もここへきますよ。」
彼女の言葉を聞いて僕は少し安心してしまう。
何故かは分からないが彼女ともう一度話をして見たい、そう思う自分がいる。
「では、ジルさん。また明日。」
彼女は簡単に挨拶を終わらせると森の中へと歩いて行ってしまった。
また明日も彼女はここへ来る。
そしてきっと僕も彼女に会いにここへきてしまうのだろう。
自分の身のことを考えるなら、きっと彼女には合わないほうがいい。
そんなことは分かっていた。
だけど自分を抑えることはできない、それだけ僕の中では彼女の存在が気になって仕方がないのだ。
彼女がいなくなってもしばらくはその場で泉を眺めていた。
泉に写っていたはずの満月はいつのまにか消えてしまい、今では星や小さな光が写っている。
どれだけの時間を、彼女と話をしていたのだろう。
僕は立ち上がると足元に目をやる。
そこには薄く光るロケットペンダントが落ちていた。
もしかしたら彼女の忘れ物かもしれない。
ペンダントを手に取ると勝手に開いてしまった。
見てはいけないと思いながらも気になってしまった僕は中を覗いてしまう。
普通なら写真が入っているはずのロケットペンダント。
だが中には何も入っておらず、僕は少し拍子抜けしてしまう。
それからすぐに蓋を閉め、僕はペンダントをポケットへ入れると泉から家へと帰って行く。
帰り道、僕はずっと彼女のことだけを考えていた。
彼女がもし僕の考えている通り、本当に吸血鬼ならば何故、僕を襲ったりはしないのだろうか。
彼女は百年もの間、何をして過ごしていたのだろう。
聞きたいことや気になることが山ほどある、家に着いたら忘れないうちにメモを書いておこう。
僕には明日が少しだけ楽しみだった。
だけど僕はまだ何も知らなかった彼女と出会ったことで僕の運命が大きく変わって行くことに。
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