第19話

耳元で声が聞こえる。

女性と多分、男の子の声がしていた。

聞いたことのある声だ。

だが誰の声なのか思い出すことができなかった。

瞼をゆっくりと開けると目の前には天井が見える。

長い間、眠っていたのか頭や体を動かそうとする度に身体中の骨がキシキシと音を立てていた。

それに何だか妙に喉が乾く。

それに身体の様子も何処かおかしい。

体を起こし、辺りを見るが暗闇の中で目がまだ慣れてなく、何も見えない。

どうしてこんなにも部屋を暗くしているのだろう。

ベッドから立ち上がると体を真っ直ぐに上に伸ばしていく。

身体中の骨が今度はピキピキと音をたてる。

どうやら本当に長い間、眠っていたようだ。

暗闇の中を手探りで歩いていく。

途中で何回か転びそうにはなったものの、なんとかドアの前まで来ることができた。

一体、ここは何処なのだろうか。

目が少しづつ暗闇に慣れ始め、部屋の中が見えてくる。

見たことがない部屋だ。

隣を見ると大きな鏡が置かれているのを見つけた。

僕は自分に何が起きたのかを確認しようと鏡へ近づいていく。

「なっ…どういうことだ…。」

鏡には本来、写っているものが写っていなかった。

僕は目を何度も擦り、目の前の自分を確認する。

だけど、そこには何も写っていなかった。

僕は悪い夢でも見ているのか。

鏡の前で自分の頬に触れると強めにつねるが頬からは弱い痛みを感じる。

どうやら夢ではないようだ。

ドアを開けて家の中を歩き回り、何処かに自分の姿が映るものないか確かめるが、結局、無駄だった。

何かの病気なのだろうか…。

だがこんな病気見たこともないし、聞いたこともない。

頭を抱えながら壁に持たれかけていると後ろから足音が聞こえてくる。

「あっジルおじさんっ。」

後ろを見ると少年が飴を舐めながら僕のことを指差していた。

彼の面影には見覚えがある。

彼は…確か…。

「僕の事を覚えてない?」

「いや…忘れるわけないだろ、ジャン。」

彼は僕が最後に見てから大きくなってる。

「っ…ジルっ…!!!」

彼の後ろから髪を短くした女性が僕の事を見つめていた。

彼女は僕の元まで走って駆け寄り、そして僕の事を抱きしめる。

「カー…ラ…かい?」

僕は彼女の体を優しく支えるとそう尋ね、彼女は肩を震わせながら小さく頷いていた。

「良かった…本当に良かったです。」

「ああ…君が無事で良かったよ。それよりも少し…印象が変わったね。」

「ふふふっ、あれからこれだけ年月が経てばいくら不死といえども見た目は変わりますよ。」

彼女は顔を上げると僕の方を見て小さく微笑んでいた。

だが、その時の彼女の瞳は涙で揺らいでいる。

きっと僕の事を心配してくれているのだろう。

「だけど、結構、髪短くしたんだね。」

彼女の髪は初めてあった時よりもかなり短くなり、なんだかふわふわしたような髪型だった。

「似合ってませんかね…。」

彼女はそう言うと自分の髪の毛の先をつまみ、上目遣いで僕の事を見つめてくる。

「いや、とても可愛らしいよ。」

顔が整っているからかどんな髪型も彼女は似合っている。

ただ少し幼くは見えてしまう。

「そうだ、ジャンはどうしてこんなに元気に?」

「話せば長いので取り敢えず、向こうに部屋があるのでそちらへ行きましょうか。」

彼女は僕の手を取り、歩いていく。

後ろからはジャンがニコニコしながら後をついてきていた。

部屋に着くとすぐに僕は椅子に座らされ、彼女から何があったのかを説明してもらった。

「屋敷を襲撃されてからもう五年程の年月が経っています。貴方は「五年だってっ!!!」

思わず大声で叫んでしまった。

まさかもうそんなにも経っているなんて…。

だけど、それならばジャンの成長も説明がつく。

「ええ、私達はかろうじて彼等の攻撃を潜り抜け、ここへ貴方を連れて逃げてきたのです。」

「なら僕らはまだ国境を越えてはいないのかい?」

「ええ、それにその間に戦争も終結しました。結果はアノーレスが勝利を収め、マアトルを壊滅させた。」

頭が痛くなってくる。

何が何だか僕にはまだ理解できなかった。

戦況は確か、マアトルが優勢だったはずだ。

それなのに何故、アノーレスが勝っているんだ。

「混乱するのも無理はありません。ですが、今、話したことは全て事実なのです。」

「それじゃ、マアトルの領土は完全にアノーレスの物に?」

「いえ、まだ残党がどこかにいるようで彼等は諦めてはいないようです。」

「なんだか、頭が痛くなってきたよ。僕が寝ている間にそんなことが起きていたなんて。」

「それと…貴方に説明しなければいけないことが三つ程、あります。」

まだ、何かあるのか。

出来れば今の話よりはもっとマシな話だといいんだけど。

「一つは………リナのことです。」

「そうだっ、そういえばリナは?」

リナのことを彼女へ尋ねると彼女は顔を下に下げていく、彼女の反応からして良くないことが起きたことだけは伝わった。

「心を強く持ち話を聞いてください…。彼女は……亡くなりました…。」

「はっ…今なんて?」

今のは僕の聞き間違いだ。

絶対にそうだ。

「リナは…屋敷から逃げる途中に……彼等に…。」

「そんな…嘘だ…よね。だってリナは…。」

ジャンの顔を見るとジャンは目に涙を溜めていた。

リナが…死んだ?

そんなことあるわけない。

「ジル…リナは死んだのです。彼女は私達を助けるために殺されたのです。」

「殺されたって…誰に…。」

「それは……ユージンに。」

嘘だ。

彼女は僕に嘘をついているに違いない。

だって彼女は僕の事をからかうのが好きなのだから。

今回の子の話もきっとそうなんだ。

「カーラ…そんな嘘はやめてくれよ。いくらなんでもついていい嘘が「本当のことです。」

「二つ目に話そうとしたこと…それはっ、ユージンが私達を裏切り、彼等に私達の居場所を話していたことです。彼はジルがあの街で隠れていたことも彼等に伝えていたのですよっ。彼はあの時、気絶をしているフリをし、私達の屋敷の場所を知った。そして彼等に私達の居場所を流したのですっ。」

「やめてくれっ!!!ユージンはそんな事をする男なんかじゃないっ。彼はだって僕の事をっ…。」

彼女の話が信じられない。

だってユージンは僕の事を彼等から暴力を受けながらも黙っていてくれたのだ。

それなのに何故、そんな事を彼が…。

「ですが、事実なのです。全ての元凶は彼。街の人が苦しめられたのも、貴方の居場所がバレたのも、全て彼が裏でアノーレスと通じていたから。」

「ユージンは今どこに…。」

「…彼はアノーレスにいます。」

椅子から立ち上がると僕は外へと向かって歩き出した。

「お待ちになって下さい。貴方が会いに行ったところで彼は貴方とはお会いになるとは思えません。今の彼は貴方が知ってるユージンではありませんので。」

僕ははやる気持ちをなんとか抑えるとまた椅子に座りだした。

「リナは…本当にユージンに…?」

「………はい。私が見つけた時には彼女は全身に火傷を負ってとても助けられる状態ではありませんでした。灰により髪の毛が白くなり、体には刺し傷があり、彼女が教えてくれたのです。ユージンが裏切ったのだと。」

「そんな…。」

ユージンがリナを…。

彼女は立ち上がると僕を連れて歩き出す。

それを静かにしながら見ていたジャンも後をついてくる。

今度はどこに連れて行かれるのだろうか。

彼女達が連れて行きたい場所は外にあるらしく、僕達は外に出てある場所まで歩いて行く。

たどり着いた場所には綺麗な花で囲まれた石が置かれていた。

その石にはリナの名前が書かれている。

「リナはここに…。」

僕はゆっくりと崩れ落ち墓石に額を押し当てた。

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